イタリアおすすめ記事
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フィレンツェ
1982年世界文化遺産に登録。イタリア中部に位置するフィレンツェは、14世紀末から17世紀にかけてルネサンスの中心となった商業都市。12世紀に自治都市として発達し、14世紀前半から毛織物業や金融業で栄えた。ルネサンスは、フィレンツェがもつ財力を基盤として、この地で大きく花開いたのである。数々の傑作建築物があるが、なかでも有名なのはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂であろう。新しい聖堂建築スタイルを吹き込んだもので、高さ約100m、直径約42mの巨大な二重円蓋を持つ建物で、建築家ブルネッレスキの設計によ
ローマ
ニコラサルビがデザインし、1762年に完成したバロック様式の大きな噴水。後ろ向きにコインを泉へ投げ入れると願いが叶うという言い伝えはあまりにも有名。2015年11月には、500日以上に渡る修復を終え、真っ白な大理石のもつ輝きを取り戻した。
ミラノ
レオナルド・ダ・ヴィンチの大作「最後の晩餐」が、ドミニコ会修道院の食堂の壁に掛かっていることで知られる。大修復を経て再び公開されている。1980年に世界遺産に登録された。「最後の晩餐」の見学予約は公式サイトhttps://www.lastsupper.shop/ より。
フィレンツェ
ヴェッキオとはイタリア語で「古い」という意味で、その名が示す通りアルノ川にかかるフィレンツェ最古の橋。中世以前より橋が架かっており、一度は洪水で流されたが1345年に再建。橋の両脇には金細工の店がずらりと並んでおり、橋の中央からはアルノ川の眺望が楽しめる。第二次世界大戦時にフィレンツェのその他の橋はみな、交通網遮断の目的で爆撃を受けたが、ヴェッキオ橋だけはその特異な美しさから爆撃の被害をまぬがれた。橋の上にはヴェッキオ宮殿からピッティ宮殿へとつながるヴァザーリの回廊が通っている。
ベネチア
世界遺産に登録されているベネチアのシンボル的な場所。広場にはサン・マルコ寺院をはじめ、大鐘楼、時計塔、ドゥカーレ宮など、見所が集まっている。18世紀、ヴェネツィアに侵入したナポレオンは幾何学模様の敷石が美しい広場を見て「世界一美しい広場」と絶賛したという。
ローマ
「真夏のエスクイリーノの丘で雪が降る場所に教会を建てよ」という聖母マリアのお告げどおり、356年8月に雪が降ったという奇跡の地に建つ。1000年以上にもわたり修復と増築が繰り返され、各時代の芸術様式を見ることができる。旧約聖書の36場面を描いた5世紀作のモザイクは初期キリスト教時代の貴重な遺産だ。後陣ドームの金色のモザイクも必見。
ベネチア
2人のベネチア商人によって運ばれた聖マルコの聖遺骸を安置するために建造された教会。寺院内部はきらびやかな装飾が施されており、なかでも12~14世紀制作といわれる祭壇の衝立パラ・ドーロは必見。2階のバルコニーからは、サン・マルコ広場が一望でき、青銅の馬の実物のある博物館にも入ることができる。
フィレンツェ
フィレンツェ市街を一望できる小高い丘の上にある。中央にはミケランジェロのダヴィデ像のレプリカが立っており、広場のすぐ上にはサン・ミニアート・アル・モンテ教会がある。絶好の写真スポットで、夜景もロマンチック。
ローマ
コロッセオは、巨大な円形闘技場。紀元前72年にネロの黄金宮殿の庭園にあった人工池跡地にヴェスパシアヌス帝の命令により建設された。当時は、年間100日以上に渡りイベントが開催され、数百人に及ぶ剣闘士達が命を落としている。
ローマ
聖ペテロ殉教の地に建つヴァチカン市国を代表する大聖堂。4世紀にコンスタンティヌス帝が建立し、16世紀初めに大幅な改築が行われた。改築時の設計はブラマンテからラファエロ、ミケランジェロへ引き継がれ、17世紀初めにようやく完成した。堂内にはミケランジェロ作「ピエタ」やベルニーニ作の大天蓋「バルダッキーノ」などの傑作が揃う。クーポラに上ることもでき、ローマの街並みを一望することができる。
イタリアの首都であり、ラツィオ州の州都。「紀元前753年4月21日にロムルスによって建国された」という歴史家リヴィウスの記述が伝説として残っており、4月21日は祭日に定められている。初代国王ロムルスからローマ七王時代の発展を経て、紀元前27年にオクタヴィアヌスがアウグストゥス(尊厳者)の称号を与えられたことにより、ローマ帝国が成立した。現在も、ローマ市内には、コロッセオなど当時建造された古代遺跡が残されている。また、17世紀には豪壮・華麗、劇的な迫力に満ちたバロック芸術が開花した。市内にはカトリックの総本山サン・ピエトロ大聖堂がある(バチカン市国)。
海に連なる潟湖(ラグーン)上に栄えて来た都市で、水の都として世界的に知られる観光地。大運河をはじめ100を超える運河が町全体に網の目のようにはりめぐらされている。
トスカーナ州の州都であり、紀元前10世紀にエトルリア人が現在のフィエーゾレの丘に集落を作ったころに歴史は始まる。「花の女神」を意味する「フロレンティア」と命名したのは、紀元前1世紀に町を建設したローマ人だ。自由な発想が気風として定着する町らしく、14世紀にはルネッサンスが開花。その先駆者であるダンテや、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチらを輩出した。これは当時この街を支配していたメディチ家の庇護によるところが大きいといわれ、メディチ家が収集した美術品の数々は、ウッフィツィ美術館やピッティ宮殿などに収蔵されている。また、皮革製品や金銀細工など幅広い分野で職人技が受け継がれており、専門店で購入することができる。フィレンツェを擁するトスカーナ州の郊外はキャンティワインの産地でもあり、アグリツーリズモ体験も楽しめる。
ロンバルディア州の州都であるミラノが、最初に歴史の表舞台に立ったのは、コンスタンティヌス帝がキリスト教を認める「ミラノ勅令」を発布した313年。これ以降、説教家・聖アンブロシウスが皇帝を改宗に導いたり、教会の権利を主張したりと、キリスト教信仰の中心都市として名を広めた。そんなミラノが黄金時代を迎えたのは、文化・芸術に力を注いだ14世紀末~15世紀。ミラノの象徴であるドゥオーモの建築が始まり、町の原型が造られ、ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』をはじめとする多くの芸術作品が制作された。16~19世紀には産業都市としての地盤を確立。繊維産業の大きな発展がファッション産業の下地となり、1890年代にアルマーニやヴェルサーチといったデザイナーが台頭したことで、ミラノは「ファッションの都」の名を世界に広めている。
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アルプスから地中海に延びる長靴型の半島と、シチリア、サルディーニャなど約70の島から構成される共和制国家。民族はイタリア系のほか、ドイツ、フランス、スイス系が少数含まれ、90%以上がキリスト教のカトリック信者である。西ローマ帝国崩壊後は神聖ローマ帝国に属したが、地中海貿易の拡張によって各都市が発展を遂げると、11世紀後半には自治権を獲得し都市国家へと発展していった。現在でもイタリアは地域ごとの個性が際立っているが、それはローマ帝国崩壊後1400年もの間、統一国家が存在せず都市国家に分裂していたためと考えられる。オーストリアの支配下となった19世紀には自由主義が高まり、カルボナリ党革命が勃発。1922年にはファシスト党のムッソリーニが政権を掌握し、一党独裁体制を強固なものとするが、第2次世界大戦に敗戦して失脚した。イタリアはルネッサンスが花開いた芸術の国で、町のあちこちに遥かなる歴史が感じられる。映画にも登場した数々の名所や本場のオペラ、人気のサッカー、地方ごとに特色のある料理や、フランスと生産量で1、2を争うワインなど魅力にあふれ、世界中から多くの旅行者が訪れる。