フランス スポット 検索一覧 (7ページ目)

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フォーブル・サン・トノレ通り(フォーブルサントノレドオリ)

  • パリ
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路

エルメス第1号店があることで有名な高級ブランド街。エルメス以外にもカルティエ、グッチ、プラダ、ランバン、モンクレールなど一流ブランドのブティックが並んでいる。マドレーヌ教会正面を通るロワイヤル通りを境に、西側がフォーブル・サン・トノーレ通り、東側がサン・トノーレ通りになる。

マドレーヌ広場(マドレーヌヒロバ)

  • パリ
  • 広場
マドレーヌ教会(マドレーヌ広場)

マグダラのマリアを守護聖人とするマドレーヌ教会がある広場。フォション、エディアール、パトリック・ロジェ、キャビア・カスピア、メゾン・ドゥ・ラ・トリュフなど高級食品店やKENZO、ラルフローレンなど一流ブランド、カフェやレストランが広場を囲んでいる。

ユダヤ芸術歴史博物館

  • パリ
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

ユダヤ民族の歴史と伝統を知ることができる博物館。マレ地区はユダヤ人が多く住む地域。彼らが信仰するユダヤ教やそこから派生した様々な文化・工芸品などを展示する。コレクションは多岐にわたり見ごたえも抜群。フランス始めヨーロッパの文化はユダヤ人抜きには成立しない。彼らが守り続けてきた伝統を体感しよう。

アルル、ローマ遺跡とロマネスク様式建造物群(アルルローマイセキトロマネスクヨウシキケンゾウブツグン)

  • アルル
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
アルルの歴史的建造物(アルル、ローマ遺跡とロマネスク様式建造物群)

フランス南部プロヴァンス地方のアルルは、古代から中世にかけての遺跡が多く残っており、1981年世界文化遺産に登録された。紀元前2世紀、アルルはローマの支配下となり、ローマの商業的拠点となって繁栄し、さまざまな建築物が建造された。4世紀、コンスタンティヌス帝が拠点とすると、アルルは最盛期を迎え、392年にキリスト教がローマの国教になると、初期キリスト教にとって重要な都市となった。アルルにある数ある遺跡のなかで、もっとも有名なのは、紀元前90年頃に建造された円形闘技場である。やや楕円を描いており、直径約136m、短径約107m、2万5000人収容可能だった。保存状態がよく、現在もイベントなどに利用されている。中世の遺構で特筆すべきものは、サン・トロフィーム聖堂だ。代表駅なロマネスク聖堂で、聖堂に付属する回廊はプロヴァンス一美しいとされる。2回に分けて造られたため、ロマネスク様式とゴシック様式が混在する。

アヴィニョン歴史地区:教皇庁宮殿、司教関連建造物群及びアヴィニョン橋(アビニョンレキシチクキョウコウチョウキュウデンシキョウカンレンケンゾウブツグンオヨビアビニョンバシ)

  • アビニヨン
  • 歴史的建造物
外観(アヴィニョン歴史地区:教皇庁宮殿、司教関連建造物群及びアヴィニョン橋)

アヴィニョンはフランス南東部、ローヌ川の東岸にある歴史都市で、一躍発展を遂げたのは1309年に教皇庁がおかれたからである。以降、教皇庁がローマに戻るまでの70年ほどの間にカトリック世界の中心として発展した。アヴィニョンには、7代の教皇の住居となった教皇宮殿やその周辺の、プチ・パレ(小宮殿)、ノートルダム・デ・ドン大聖堂、サン・ベネゼ橋などが残っており、これらは1995年世界文化遺産に登録された。教皇宮殿は現存するヨーロッパの中世ゴシック様式建築物のなかで最大級のものである。プチ・パレは14世紀に建立された

ボルドー、リューヌ港(ボルドーリューヌコウ)

  • ボルドー
  • 歴史的建造物
ピエール橋(ボルドー、リューヌ港)

フランス南西部に位置するボルドーは古くからワイン産地として知られている。ガロンヌ川が三日月形に湾曲した部分が港として発達し、その形にちなんでボルドーの歴史地区は「月の港」とも呼ばれる。街の起源はガリア人の集落で、ローマ帝国の植民地となって以降は交易都市として発展した。12世紀にはイングランドなどとの貿易により一大商業都市となり、18世紀に絶頂を迎える。フランス革命前には同じく貿易で大きく栄えたナントやマルセイユの2倍以上もの貿易額をたたき出した。現在の街並みはこの時代の、新古典主義の都市計画によるもので、エントランスホールの大階段がパリのオペラ座のモデルとなった大劇場、12万?以上もあるヨーロッパ最大の都市広場のカンコンス広場、トゥルニー通りやピエール橋などにその姿を残す。2007年世界遺産に登録された。

歴史的城塞都市カルカッソンヌ(レキシテキジョウサイトシカルカッソンヌ)

  • カルカソンヌ
  • 歴史的建造物
カルカッソンヌの城塞都市(歴史的城塞都市カルカッソンヌ)

フランス最南部、スペインとの国境であるピネレー山脈の北にあるカルカッソンヌは、ローマ時代より大西洋と地中海を結ぶ交通と戦略上の要塞だった場所である。そのため、カルカッソンヌは堅固な二重の城壁に囲まれており、その総計は1.7kmに及ぶ。最初の城壁が造られたのは古代ローマ時代。新たな城壁は、13世紀半ばの国王ルイ14世の時代であった。これは隣国のアラゴン王国に対しての防御として築かれたのである。1659年、フランスとスペインの国境を定めたピレネー条約が締結されると、城壁の本来の目的は失われた。放置されていた城壁の歴史的価値が見直されたのは19世紀に入ってからである。建築家ヴィオレ・ル・デュクにより修復プロジェクトが進められ、壮麗な姿を復活させた。1997年世界文化遺産に登録。現在、フランスでも有数の観光スポットとして、国内外から多くの人が訪れる。

ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場及びアリアンス広場(ナンシーノスタニスラスヒロバカリエールヒロバオヨビアリアンスヒロバ)

  • ナンシー
  • 歴史的建造物
ナンシーのスタニスラス広場(ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場及びアリアンス広場)

フランス北東部のロレーヌ地方にある都市、ナンシーにある3つの広場。世界文化遺産には1983年に登録された。スタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場があり、整備されたのはいずれも18世紀。ロレーヌ公スタニスラス・レシチニスキーの命による都市計画により建設された。スタニスラス広場は、1756年に完成した当時は国王広場と呼ばれ、ここにバロック様式の市庁舎や裁判所、劇場などの公共性の高い建物が集約された。3つの公園が造成された目的は、中世期に造られた旧市街と、16~17世紀の新しい市街を結ぶためで、それが顕著なのがこのスタニスラス広場である。また、この広場は華麗なロココ様式で装飾された門や鉄柵で囲まれ、優雅な雰囲気を醸し出している。北側のカリエール広場には、バロック様式で建てられたロレーヌ公宮殿などが並ぶ。東側にあるのはアリアンス広場で、その中央にある噴水は、ベルニーニが設計したローマのナヴォーナ広場にある噴水を模したものだ。

アルビ司教都市(アルビシキョウトシ)

  • アルビ
  • 歴史的建造物
アルビの町(アルビ司教都市)

フランス南西部、スペインとの国境近くの町アルビに残る中世の建造物群は、2010年世界文化遺産に登録された。中世の時代に、ローマから派遣されたキリスト教司祭が治めたことから、アルビは司教都市となった。アルビには歴史的な建造物が多く残っている。とりわけ市の中心部のものは保存状態がよく、この町の栄華の時代を物語り、独特の美しい景観を生み出している。ベルビ宮殿とサント=セシル大聖堂の2つの建造物は、司教都市を構成する重要な要素である。サント=セシル大聖堂は、当時のヨーロッパでは珍しくレンガ造りでつくられ、フランスで制作されたイタリア風絵画の膨大な集積からなる内装などから、中世のゴシック様式の傑作のひとつとされる。この大聖堂を取り囲むようにレンガ造りの住宅や商店が建ち並んでいる。

ル・アーヴル、オーギュスト・ペレによる再建都市(ルアーブルオーギュストペレニヨルサイケントシ)

  • ルアーブル
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
港に面して広がる再建都市(ル・アーヴル、オーギュスト・ペレによる再建都市)

イギリス海峡を望む北フランスのノルマンディー地方に位置する湾岸都市、ル・アーヴル。第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦により街は破壊され、ヨーロッパの都市の中で最大級の惨状を呈したが、大戦後の1945~1964年に大規模な都市再建が行われ、近代的な都市へと生まれ変わった。設計を手掛けたのは、建築家オーギュスト・ペレ。大規模な鉄筋コンクリート建築のパイオニアである。当時の最新素材と技術を取り入れつつ、焼失を免れた歴史的建造物や街並みを活かして街は再建された。碁盤目状の街路を基軸とし、市庁舎、教会、学校、百貨店などを配置。パレはまた、公共建造物のみならず住居もデザインした。こうして復興したル・アーヴルは戦後行われた都市改造の成功例とされ、世界の都市復興計画に影響を与えた。2005年世界文化遺産に登録。

リヨン歴史地区(リヨンレキシチク)

  • リヨン
  • 歴史的建造物
レンガ色の屋根が並ぶ(リヨン歴史地区)

フランス南東部に位置するリヨン。歴史地区は、ソーヌ川の西側にある石畳の街並みが残る旧市街からクロワ・ルースにかけての地区で、1998年に世界遺産に登録された。リヨンの起源は紀元前1世紀前。ローマ人によって、ガリア3州と呼ばれた3つの地方の首都にリヨンが定められたことに始まる。1436年、フランス国王ルイ11世が自由市開催の特恵をこの街に与えると、フランソワ1世がイタリアから絹を持ち込み、これがきっかけとなり絹織物工業が急激に発展する。同時期には、活版印刷技術も導入され、フランス国内初のフランス語の本が出版された。これらの産業はリヨンに繁栄をもたらし、その痕跡は現在も街に残っている。ヨーロッパ最大級の広場であるベルクール広場やサン・ジャン大聖堂など歴史建造物も多い。

オランジュのローマ劇場とその周辺及び“凱旋門”(オランジュノローマゲキジョウトソノシュウヘンオヨビガイセンモン)

  • オランジュ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
ローマ劇場(オランジュのローマ劇場とその周辺及び“凱旋門”)

南フランス、アヴィニョンの北約20kmのところにあるオランジュ。この街には、紀元前1世紀頃のアウグストゥスの治世下において建設された2つの古代ローマ遺跡、ローマ劇場と凱旋門があることで知られる。ローマ軍カエサルがオランジュを征服して植民地とした後に、ローマの都市計画が持ち込まれた。こうして、今も遺構が残る街並みが造られたのである。特にローマ劇場は保存状態が非常によく、ほぼ完璧に近い形で残されている。舞台の幅は100mを超え、1万人もの観客を収容できる巨大なものだ。もうひとつの遺構、凱旋門は街の北部にある。紀元20年頃に建造され、門を飾るレリーフには、裸のまま鎖につながれたガリア人とローマ人の戦闘や戦利品などが描かれている。1981年、世界文化遺産に登録された。

パリのセーヌ河岸(パリノセーヌカガン)

  • パリ
  • 歴史的建造物

フランスの首都パリを流れるセーヌ河岸のうち、シェリー橋からイエナ橋までの約8kmのが、1991年世界文化遺産に登録された。中州のシテ島とサン・ルイ島、そしてこの範囲内に架かる橋も登録物件に含まれる。世界遺産の範囲はパリの中心部であり、この街の2000年を超える歴史を伝える建造物が数多く点在。12世紀に建立されたノートル・ダム大聖堂、13世紀に完成したサント・シャペル、この2つのゴシック様式の聖堂は後の建築に大きな影響を与えている。1527年にルーヴル宮が王宮に定められるとセーヌ右岸は政治や経済の中心として発展する。対照的に左岸はカルチェ・ラタンを中心に学問と文化が盛んになる。古い建造物が残る一方で、エッフェル塔やポンピドュー・センター、ルーヴル・ピラミッドなどモダンな建築も造られ、街は今も進化を続けている。

ストラスブールのグラン・ディル(ストラスブールノグランディル)

  • ストラスブール
  • 歴史的建造物
グラン・ディルに立つノートルダム大聖堂(ストラスブールのグラン・ディル)

グラン・ディルとは直訳すると「大きな島」の意。ストラスブールの市内はイル川が流れており、市内で大きく2つに分かれた後、再び合流するため、ストラスブール市内にはイル川に囲まれたエリアがあり、これがグラン・ディルだ。ここはストラスブールの歴史的な中心地でもあり、その歴史が始まったのは紀元前12年頃。古代ローマ軍がグラン・ディルに駐屯地を築いてからである。ドイツ語で「街道の街」を意味するストラスブールは、名前のとおり、物や人が行き交う場所となり、次第に交易都市へと発展した。ロマネスクとゴシック様式が混在するノートル・ダム大聖堂、16~17世紀の街並みを残すプティット・フランスなどが範囲に含まれ、周辺にはハーフティンバー様式のドイツ風木造家屋など、さまざまなスタイルの建造物が点在する。1988年、世界文化遺産に登録された。

モン-サン-ミシェルとその湾(モンサンミシェルトソノワン)

  • モンサンミッシェル
  • 社寺・教会・宗教施設
外観(モン-サン-ミシェルとその湾)

1979年世界文化遺産に登録。ノルマンディー地方、モン・サン・ミシェル湾の海岸から約5kmに浮かぶ岩山は、修道院などの建物が建ち並び、「聖なる島」として崇められている。モン・サン・ミシェルとは「聖ミカエルの山」を意味する。708年、この地に住んでいた司教オペールの夢に大天使ミカエルが現れ聖堂を建てるようお告げがあり、聖堂を建てると津波がやって来て岩山が島に化したという伝説が残る。実際にこの湾は塩の満ち引きが激しい場所として知られ、干潮時には陸続きにあり、満潮時には海上に孤立する。何世紀にわたって増改築が繰り返された聖堂は、ノルマンディー・ロマネスクをはじめ、ゴシックなど中世のさまざまな建築様式が採用されたユニークな建造物である。13世紀に完成した修道院の北側にある建物は、巡礼者のための宿泊施設、貴賓室や騎士室、修道士の居住部分などで構成され、修道士の瞑想の場である最上階にある回廊は優美なゴシック様式を今に伝えるものだ。

中世市場都市プロヴァン(チュウセイシジョウトシプロバン)

  • プロヴァン
  • 歴史的建造物
中世の面影を残すプロヴァンの町(中世市場都市プロヴァン)

かつてのシャンパーニュ伯爵領の首都プロヴァンは、中世にシャンパーニュの大市が開催されていたことで知られる。この中世の時代に街は大きく発展した。現在もその面影がそこかしこに残っている。街のシンボルともいえる城塞は、1200mの距離に22の塔が幾何学的に配置されており、独特の景観を生み出している。中心的な塔は1226~1314年にかけて造られた。塔のなかでもっとも有名なのはセザールの塔。敷石の上に建ち、四角い土台の上に多角柱のドンジョンが載ったものだ。地下には中世の地下道が張り巡らされており、ウンベルト・エーコの小説『フーコーの振り子』の舞台にもなった。十分の一税用の倉庫は、大市の際の在庫の収納所だ。また、プロヴァンは古くからバラを使った製菓業の盛んなところで、現在もバラのジャムなどは街の名産である。2001年世界文化遺産に登録。

サン・テミリオン地域(サンテミリオンチイキ)

  • サンテミリオン
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
サン・テミリオンの街並(サン・テミリオン地域)

サン・テミリオンはボルドー市の東北東約35kmに位置し、ボルドーと並ぶワインの銘醸地である。ドルドーニュ川右岸の高台の土地は水はけがよく、温暖で湿潤な気候と相まってブドウ栽培に適している。そのため、古くからワイン製造が行われており、その始まりは、古代ローマ帝国の属領であった紀元前1~2世紀にかけてといわれる。現在もシャトー(ワイナリー)が点在するこのエリアは「1000のシャトーが立つ丘」と称される。ワインだけでなく中世の面影を残す街としても知られ、サン・テミリオンには7世紀以降にキリスト教徒によって建設された多くの建造物が残っている。中心部には、街の名前の由来となった聖エミリオンが隠遁生活を送った洞窟や、巨大な一枚岩をくり抜いて造ったとされるモノリス教会もある。1999年世界文化遺産に登録。

サン-サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会(サン-サバンシュールガルタンプノシュウドウインキョウカイ)

  • サンサバン
  • 社寺・教会・宗教施設

フランス西部のポワトゥー地方にある小さな町、サン・サヴァン。この街を流れるガルタンプ川のほとりに、1983年に世界文化遺産に登録された修道院教会が立つ。もともとは、9世紀に建てられたベネディクト修道院だったとされており、11世紀にロマネスク様式で再建。ロマネスク美術の至宝を所有し、なかでも有名なのは、12世紀初頭に描かれたフレスコ画の数々である。412平方mにおよぶ身廊のアーチ型天井には、「天地創造」「楽園追放」「ノアの方舟」といった『旧約聖書』の物語の36場面、玄関廊の壁には「黙示録」が描かれている。地下納骨堂には、聖サヴァンと聖シプリヤンの遺体が納められており、内部には2人の生涯と殉教の物語をモチーフとした壁画も見られる。ほかにも、柱頭の彫刻や石造りの祭壇など、高い芸術性をもつ内部装飾が施されている。

ポルト湾:ピアナのカランケ、ジロラッタ湾、スカンドラ保護区(ポルトワンピアナノカランケジロラッタワンスカンドラホゴク)

  • コルシカ島
  • 岬・海岸・断崖

文豪モーパッサン曰く「海からそびえ出る山」。フランスに属するコルシカ島は、山と海の豊かな自然に恵まれた地中海のリゾートアイランドである。このコルシカ島にある自然保護区が、1983年世界自然遺産に登録されている。切り立った断崖の海岸線が続き、背後には2000m級の山々がそびえる風光明媚なエリアである。ポルト湾周辺は、高さ1200mの赤い花崗岩の断崖が続き、青い海とのコントラストが美しい。カランケとは岩だらけの複雑な入り江を表す現地の言葉。ピアナのカランケは、まるで斧で切り拓いたかのような巨石群を横切る道だ。見晴らしのよいビュースポットとしても知られる。ジロラッタ湾はスカンドラ半島の南側にある入り江を指す。スカンドラ保護区は、自然環境の厳格な保護のため、立ち入り制限がされている。

フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(フランスノサンティアゴデコンポステーラノジュンレイロ)

  • ペリグー
  • 社寺・教会・宗教施設
各巡礼路はサンティアゴ大聖堂(写真)へと向かう(フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路)

イベリア半島の最西端にあるスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラは、ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教三大巡礼地のひとつ。フランス各地から、またはフランスを横切り、ピレネー山脈を越えてスペインの聖地へ行く巡礼路は、1998年世界文化遺産に登録された。「トゥールの道」「リモージュの道」「ル・ピュイの道」「トゥールーズの道」のルートがあり、もっとも知られているのは「ル・ピュイの道」である。これはポーランド、ハンガリー、ドイツ、オーストリア、スイスといった国からの巡礼者も向かう巡礼路で、ル・ピュイ・アン・ヴレからサンティアゴまで1522km、歩いて65日のルートである。世界文化遺産には巡礼路のみならず、沿道に建つ大聖堂や教会などの建造物群も含まれ、なかにはほかの世界遺産物件と重複するものもある。ちなみに、聖地そのものの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」、スペイン国内のルートである「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」は別件として世界遺産に登録されている。

ベルギーとフランスの鐘楼群(ベルギートフランスノショウロウグン)

  • ダンケルク
  • 歴史的建造物

フランス北部およびベルギーのフランドル地方、ワロン地方の都市の、合わせて55の鐘楼は世界遺産に登録されている。1999年にフランドル地方、ワロン地方の鐘楼が世界遺産に登録され、2005年、ワロン地方のガンブルーの鐘楼とフランスのノール=パ・ド・カレー地域、ピカルディー地域圏の鐘楼が追加登録された。これらの地域は、中世に交通の要衝だったところで、物と人の行き来により活発な経済活動が行われた。そうして手に入れた大きな経済力によって自治権を獲得。自由と繁栄の象徴として市庁舎や聖堂、広場などに鐘楼を建てたのだ。これらの鐘楼は11~17世紀に建造されたもので、それぞれが建造された時代の建築様式を反映している。ロマネスク、ゴシック、ルネサンス、バロックなどさまざまな様式の鐘楼を見ることができる。

シュリー-シュル-ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷(シュリーシュルロワールトシャロンヌカンノロワールケイコク)

  • ロワール
  • 川・滝・湧水・渓谷
渓谷沿いに立つシャンポール城(シュリー-シュル-ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷)

フランス中部を流れる、全長約1000kmのロワール川。この川の流域のシュリー・シュル・ロワールからシャロンヌまでの約200kmの流域が、2000年世界文化遺産に登録された。ここはルネサンス期に貴族たちが次々と城館や庭園を築いたエリア。ローマ帝国末期の372年、トゥールの司教がマルムティエ修道院が設立しキリスト教の布教を始めると、ロワール川流域の中世都市は発展し、10世紀以降、貴族は荘園と城を造った。1427年、シャルル7世がロワールのシノン城に宮廷を移したことにより、ヴァロワ朝の歴代王はロワール川流域に居城を構え、大小さまざまな城が築城された。数ある城のなかでもっとも有名なのは、フランソワ1世が築いたシャンポール城である。城塞風のデザインに独創的な煙突をもつ、フランス・ルネサンス様式の傑作である。また、このエリアは、ブドウ畑が広がるワインの銘醸地でもあり、シノン、オルレアン、トゥールといった歴史ある街も点在する。

ヴェズレーの教会と丘(ベズレーノキョウカイトオカ)

  • ベズレー
  • 社寺・教会・宗教施設
ヴェズレーの丘(ヴェズレーの教会と丘)

ブルゴーニュ地方ヴェズレーにあるサント・マドレーヌ教会と教会が建つ丘は、1979年に世界文化遺産に登録された。サント・マドレーヌ教会の始まりは、860年にマグダラのマリア(聖女マドレーヌ)を祭るために創建された修道院である。875年にはベネディクト会の修道士がヴェズレーの丘に新たに修道院を建設。現在の建物は12世紀初頭に再建されたもので、東西の長さ約120m、身廊は長さ64m、幅12m、高さ18mと、大幅に規模が拡張された。マグダラのマリアの聖遺体を所蔵しているという伝承は多くの巡礼者を集めたが、真偽を問う騒動が起こったり、戦争や略奪などによって荒廃したもの、後に修復される。身廊入り口のタンパンに彫られている「使徒に使命を与えるキリスト」などは、ロマネスク彫刻の傑作の呼び名が高い。また、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路としても重要である。

アルプス山系の先史時代杭上住居跡群(アルプスサンケイノセンシジダイコウジョウジュウキョアトグン)

  • リヨン
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

イタリア、オーストリア、スイス、スロベキア、ドイツ、フランスの6カ国にまたがるアルプス山脈周辺の先史時代の住居群。2011年に世界文化遺産に登録された。この住居群は111もの集落で構成されており、紀元前5000年頃から紀元前500年頃の、アルプス山系の湖や河川、湿地帯のほとりに建てられた集落のあとや多数の出土品が見つかっている。集落ごと水没していることから、全体が俯瞰で分かる良好な状態で保存されている遺跡も多い。これらの遺跡を通して、アルプスの住民たちが農業や牧畜、冶金技術を独自の形で発展させ、フリント(火打石)や貝、金、琥珀、陶器などの交易も行っており、独特の文化を築いたことが確認されている。紀元前3200年頃からは輸送手段に車輪を使っていたことがわかっている。

ヴォーバンの要塞群(ボーバンノヨウサイグン)

  • アミアン
  • 歴史的建造物
重厚な要塞(ヴォーバンの要塞群)

ヴォーバンとはルイ14世に仕えた軍事技術者セバスチャン・ル・プレストル・ヴォーバンのこと。フランス各地には彼が手掛けた要塞が多数残されており、うち12の建造物群が世界遺産として2008年に登録された。これらはヴォーバンが1667年から1707年にかけて築いたもので、典型的な西洋式軍事建築である。その内容は稜堡式要塞や山中に設置された砲台、なかにはひとつの街全体に及ぶものもある。代表作といえるのは、ブザンソンに造られたシタデル、市壁、グリフォン砦で、建造には20年もの歳月を要した。ボルドーにも港を守る目的で、ジロンド河を見下ろす高地にブライの砦が造られた。内部は修道院や兵営が壁によって取り囲まれており、さながら小さな町といった様相である。こういったヴォーバンの要塞建築技術は、欧米のみならず日本の軍事建築にも大きな影響を与えた。

コースとセヴェンヌの地中海性農牧地の文化的景観(コーストセベンヌノチチュウカイセイノウボクチノブンカテキケイカン)

  • ニーム
  • 高原・湿原・森・林・木

コース地方とセヴェンヌ地方は、石灰岩大地が密集するフランス中央高原にあり、羊の牧畜が盛んなエリアである。3000年以上の長きにわたる農業と畜産業の発展と自然環境の関わりが認められ、2011年世界文化遺産に登録された。その範囲は、現地においての農地や農家、平野、灌漑施設などにもおよび、総面積3000平方km以上にもなる。コースで特徴的なのは、山地の斜面に棚田状に配置された村々や石造りの農家の建物。これは11世紀からの修道院の文化を表したものだ。また、ロゼール山付近は、今も移牧が行われている最後のエリアのひとつである。コースとセヴェンヌは両地域とも牧畜が盛んなエリアで、12世紀の農業の特徴を現在も残す一方で、現代的な技術革新も採り入れられ、地中海性農業の過去と現在、その発展を象徴している。

ピレネー山脈-ペルデュ山(ピレネーサンミャクペルデュサン)

  • ルルド
  • 山・丘陵
放牧が盛んなピレネー山脈(ピレネー山脈-ペルデュ山)

ペルデュ山はフランスとスペインにまたがるピレネー山脈のほぼ中央にそびえる。標高3352mで、ピレネー山脈の山のなかでは3番目に高く、石灰質の山としてはヨーロッパ最高峰である。スペイン側にはヨーロッパ最大にして最深の2つの渓谷がある。このペルデュ山の一帯は、雄大な自然のなかに稀少な野生動物が生息しており、スペイン・アイベックスやピレネーグマなどが確認されている。また、現在ではほとんど行われなくなった放牧がスペイン側では続いている。フランス側の山の中腹で見られる、整備された牧場や高地の納屋なども、ピレネーの山の伝統的な暮らしを知る上でも貴重である。この地域で何世紀にもわたって営まれてきた農牧民の生活文化を今に伝える。1997年、世界遺産に登録された。

ヴェゼール渓谷の先史時代史跡群と洞窟壁画群(ベゼールケイコクノセンシジダイシセキグントドウクツヘキガグン)

  • ペリグー
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
渓谷内にある史跡群のひとつ(ヴェゼール渓谷の先史時代史跡群と洞窟壁画群)

フランス南西部のヴェセール渓谷には、2万~1万5000年前にクロマニョン人が描いた壁画が描かれた25の洞窟や147の集落跡などが点在。この洞窟でもっともよく知られているのは、1940年に近隣の子どもたちによって偶然発見されたラスコーの洞窟である。ここには野生の馬、バイソン、サイ、シカなど約200点が描かれており、なかには5.5mもの大きさの牛の絵もあった。これらの絵は数色の染料を使って色鮮やかに描かれており、岩肌のくぼみなどを利用し、動物の体の立体感をも表現している。ほかに、クロマニョン人の骨が発見されたアブリ・ドゥ・クロ=マニョン、ネタンデルタール人が担ったムスティエ文化の遺跡であるアブリ・ドゥ・ムスティエなどの岩陰遺跡もある。1979年に世界文化遺産に登録された。

天日製塩施設、サラン-レ-バン大製塩所からアルケ‐スナン王立製塩所まで(テンピセイエンシセツサラン-レ-バンダイセイエンジョカラアルケースナンオウリツセイエンジョマデ)

  • ブザンソン
  • 工場・施設見学

フランス東部、ブザンソン近くに位置。サラン・レ・バン大製塩所の歴史は中世以前に遡る。製塩業はこの町を成長させる原動力となり、大きく繁栄した。しかし、18世紀に入ると問題に直面する。製塩には薪が不可欠で、塩の需要拡大に伴い、大量の薪が必要になったが、周辺での調達が困難になったのだ。そんななかで誕生したのが、アルケ・スナン王立製塩所である。建設されたのは、ルイ16世統治下の1775年。クロード・ニコラ・ルドゥにより、単に製塩所としてだけでなく都市として設計された。製塩所関連施設の周囲に病院、聖堂などを円形に配置し、労働組織の効率化を図ったものである。半円形で終わったが、その後の工業都市のモデルとなった。世界遺産には、まずは1982年にアルケ・スナン王立製塩所が登録され、2009年にサラン・レ・バン大製塩所が追加登録された。

フランス現地レポート

JTB現地スタッフによる最新レポート

フランスの都市一覧