ドイツ スポット 検索一覧 (6ページ目)

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バイオリン博物館(バイオリンハクブツカン)

  • ミッテンバルト
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

昔のバイオリン職人の生活を、製作の道具や当時の寝室、居間などから垣間見ることができる。ミッテンヴァルトをバイオリン作りの町にしたマティアス・クロッツに関する展示もあり。

ヴェルニゲローデ城(ヴェルニゲローデジョウ)

  • ベルニゲローデ
外観(ヴェルニゲローデ城)

オリジナルの調度品や絵画など、歴史的な雰囲気に包まれた城で、城内は博物館になっている。丘の上に建ち、中世の面影を残したヴェルニゲローデの町や、魔女伝説のあるハルツの山の眺めを堪能できる。

4711(4711)

  • ケルン
  • その他観光スポット

「ケルンの水」という意味のオーデコロン「4711」誕生の場所にあるミュージアムを兼ねたフラッグシップストア。18世紀後半初めて製造された。館内メインフロア入口にはオーデコロンの泉があり、独特な芳香を放っている。ギャラリーでは2世紀を超える4711の歴史を語る展示品が飾られ、併設のショップでは4711にまつわる品々が多数揃っている。ケルンの人気観光スポット。

ポルシェ博物館(ポルシェハクブツカン)

  • シュトゥットガルト
  • 博物館・科学館・資料館・記念館
博物館外観(ポルシェ博物館)

ポルシェを代表する約80台の名車が展示されている博物館。展示品は400台のコレクションのなかから随時入れ替えられる。館内には高級レストランやカフェ、ポルシェのコレクターズアイテムや自動車関連の古書も揃うミュージアムショップも併設され、人気を博している。

クンストパラスト美術館(クンストパラストビジュツカン)

  • デュッセルドルフ
  • 美術館・ギャラリー

2001年にオープンした複合型の美術館で15世紀から20世紀初頭の作品を集めた絵画ギャラリー、ガラス美術館、グラフィック収集館、現代美術館、彫刻応用美術館に分かれている。絵画ギャラリーではバロック絵画の巨匠ルーベンスやデュッセルドルフで発展した絵画の流派の作品などがみどころで、現代美術館では、ドイツ表現主義の作品が充実している。

ハインリヒ・ハイネ研究所(ハインリヒハイネケンキュウジョ)

  • デュッセルドルフ
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

デュッセルドルフに生まれた世界的に有名な詩人・作家、ハインリヒ・ハイネについての研究を行っている施設。館内2階にある博物館ではハイネの生涯や作品にかかわる貴重な品々や直筆原稿、デスマスクなどが年代を追ってわかりやすく展示されている。

帝国党大会会場文書センター(テイコクトウタイカイカイジョウブンショセンター)

  • ニュルンベルク
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

ナチスの支配とその原因を辿る資料館。資料館を含む建物はヒトラーがプロパガンダ目的でナチ党の党大会を行っていた場所でもある。建物周辺の広場も行進などに使われたという。

橋猿(ハシザル)

  • ハイデルベルク
  • 記念碑・像
ユーモアあふれる姿(橋猿)

旧市街とネッカー川の向こう岸を繋ぐ古い橋(アルテ・ブリュッケ)のたもとにある猿の像。昔、外壁で守られていた旧市街の訪問者をからかう役割を果たしていた。手には鏡を持ち、撫でるとお金持ちになれるというジンクスがある。

倉庫街(ソウコガイ)

  • ハンブルク
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
レンガ色の町並み(倉庫街)

港街ハンブルクにある倉庫街。水路に沿って多くの赤れんがの倉庫が建ち並び、古き良き港の風景が広がる。近くには運河も流れており、運河や水路沿いに港へと向かえるので、港町の風景を楽しみながらの散歩してみるのもいい。2015年、世界遺産に登録された。

ミニチュア・ワンダーランド(ミニチュアワンダーランド)

  • ハンブルク
  • 博物館・科学館・資料館・記念館
南イタリアのゾーン(ミニチュア・ワンダーランド)

ハンブルクの港湾地区にあるテーマパーク。世界中の風景を電車の模型と共に再現した世界最大のジオラマがある。使用されている車両は1万台以上、人物模型は20万体以上。2001年の開業以後も制作が続けられており、今後も新しいジオラマが増える予定だ。

ゼーホーフ城(ゼーホーフジョウ)

  • バンベルク
  • 歴史的建造物

バンベルクに近いメンメルスドルフにあるゼーホーフ城は、1686年に建てられ、バンベルク司教君主の夏の離宮として使われた。現在は9つの間が公開されている。ロココ様式の庭も必見。

宮廷庭園(キュウテイテイエン)

  • ビュルツブルク
  • 庭園・植物園・ハーブ園
庭園と宮殿(宮廷庭園)

ヴュルツブルクの大司教が住んでいた宮殿(レジデンツ)の隣にある宮廷庭園。18世紀末にロココ様式に造られた。噴水や彫刻品もあり、のんびりと散歩を楽しめる。宮殿と共に世界文化遺産に登録されている。

ヨハニスブルグ城(ヨハニスブルグジョウ)

  • ビュルツブルク

17世紀初頭に建てられ、1803年までマインツ市の大司教のセカンドハウスだった城。現在は一部の部屋を公開するとともに、ルネサンス期のドイツ人画家ルーカス・クラナッハの絵画やマインツ市の大聖堂の宝も展示されている。

レントゲン博物館(レントゲンハクブツカン)

  • ビュルツブルク
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

1895年にX線とよばれる放射線を発見した物理学者、レントゲンが教授を務めていた場所を記念館に改造。19世紀末の物理実験に関するデータやレントゲンが利用していた講義室、放射線に関する資料が展示されている。ヴュルツブルク・シュヴァインフルト大学内にある。

ヴェーザーシュタディオン(ベェーザーシュタディオン)

  • ブレーメン
  • スポーツ観戦施設

ドイツサッカーのブンデス・リーガのチーム、ヴェルダー・ブレーメンのホームスタジアム。国際親善試合なども行われ、ヴゼウム(Wuseum)というスタジアムとサッカー関連の博物館も併設されている。

シュノア地区(シュノアチク)

  • ブレーメン
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
かわいらしい通り(シュノア地区)

15~16世紀に建てられた木組みの家が立ち並ぶ、ブレーメンで最も長い歴史を持つ地区。小さな金細工やアート作品を販売するショップや、レストラン、カフェなどがあり、街歩きをしながらこの街の歴史を感じることができる。

ベルリンの壁記念館(ベルリンノカベキネンカン)

  • ベルリン
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

ベルリンの壁を見学できる施設。ベルリンの壁の多くは壁だけしか残されていないが、ここでは壁の他に緩衝地帯や監視塔など、西ベルリンと東ベルリンの境界にあったものが当時のまま残されている。記念館ではベルリンの壁の歴史や資料が展示されていて興味深い。

マリオネット博物館(マリオネットハクブツカン)

  • リューベック
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

およそ1000個のマリオネット、影絵、指人形など、演劇に関する人形が集まった博物館。中には300年前のものもあり、ヨーロッパ、アジア、アフリカの人形文化に触れられる。

職人の家(ショクニンノイエ)

  • ローテンブルク
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

ローテンブルク城壁内の名所のひとつで、中世の職人文化をリアルに再現した博物館。かつては桶職人や、染物師、靴職人などさまざまな職人たちがひとつ屋根の下に住み、ともに働いていた。

タウバー谷(タウバータニ)

  • ローテンブルク
  • ハイキング・自然研究路・遊歩道・探勝路
ブルク公園からの眺め(タウバー谷)

ローテンブルクを流れるタウバー川沿いにある谷。のんびりとした散歩を楽しみたいなら、長く、木々に挟まれたタウバータール道(Taubertalweg)を歩くことがおすすめ。タウバー谷では毎年、8月にロックフェスティバルも開催される。

プレーンライン(プレーンライン)

  • ローテンブルク
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
ローテンブルクのアイコン(プレーンライン)

ローテンブルク市内のウンテレ・シュミード通り(Untere Schmiedgasse)とノイ通り(Neugasse)が交差する分岐点がプレーンラインと呼ばれる。カラフルな木組みの家と塔がメルヘンチックな風景を造り上げていることから、ローテンブルクの象徴として、しばしばガイドブックやポストカードにも使われるスポット。

ライヒシュタット博物館(ライヒシュタットハクブツカン)

  • ローテンブルク
  • 博物館・科学館・資料館・記念館
外観(ライヒシュタット博物館)

元はドミニコ会の修道院だった建物をローテンブルク史の博物館に改装。8世紀にわたる教会関連の美術品や、個人で収集した絵画や彫刻などを鑑賞できる。建物内の台所は、ドイツに残る修道院最古のキッチン。

バウハウス博物館(バウハウスハクブツカン)

  • ワイマール
  • 博物館・科学館・資料館・記念館
外観(バウハウス博物館)

1918年にドイツ人建築家グロピウスがバウハウスを建てたことを記念にした博物館。バウハウスはその後、デッサウやベルリンに移ったが、生まれはワイマール。博物館には約200点の展示品がある。

アザム教会(アザムキョウカイ)

  • ミュンヘン
  • 社寺・教会・宗教施設

ドイツ後期バロックを代表するアザム兄弟の代表作のうちのひとつでもあるアザム教会は、マリエン広場から徒歩約5分、ゼンドリンガー門へ向かう街路の途上にある。概観も十分に独特のものだが、内観は装飾とうねる曲線で埋め尽くされ、まさにバロックの極致。

フラウエン教会(フラウエンキョウカイ)

  • ミュンヘン
  • 社寺・教会・宗教施設

ミュンヘンのシンボルであるフラウエン教会は、第二次世界大戦で破壊され再構築されたもの。高さ99mの双塔はミュンヘンのシンボルでもあり、また、周辺高層ビルの高さ制限も、この教会の高さを基準に考えられている。入口付近には、悪魔が付けたといわれる足跡が残っている。

アーヘン大聖堂(アーヘンダイセイドウ)

  • アーヘン
  • 社寺・教会・宗教施設
黄金色のモザイクが荘厳な大聖堂内部(アーヘン大聖堂)

北部ヨーロッパ最古の歴史を誇る、8世紀末~9世紀に建造された大聖堂。宮廷礼拝堂を起源とする、カロリング・ルネサンスの代表的建造物でもある。アーヘンは、カール大帝によりフランク王国カロリング朝において首都のような役割を果たした街。大聖堂では、16世紀までに30人以上の神聖ローマ皇帝の戴冠式が執り行われた。この大聖堂は八角形の中心部を十六角形の周歩廊が取り囲み、各要素が中心へと集中する構成となっている。青銅で作られた扉や柵は、現存する唯一のカロリング朝時代の青銅器だ。頭上にはバロック様式の円蓋が広がり、これは17世紀に据えられたものである。13世紀、礼拝堂の奥にある主祭壇にカール大帝の聖遺物箱が奉納され、5世紀初めにはゴシック様式の内陣が加えられた。1978年世界文化遺産に登録。

ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)(ベルリンノムゼウムスインゼルハクブツカンシマ)

  • ベルリン
  • 博物館・科学館・資料館・記念館

ムゼウムスインゼルとは、ドイツの首都ベルリン市内を流れるシュプレー川の中州にある複合博物館地区のこと。ここにあるのは旧博物館、新博物館、旧ナショナルギャラリー、ボーデ博物館、ペルガモン博物館の5つの美術館と博物館。フリードヒ・ヴィルヘルム4世が博物館のある中州を「芸術と科学の聖域」とし、複数の博物館の建設を計画。周囲には大学や歌劇場もあり、ドイツでも有数の文化地区となっている。

ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像(ブレーメンノマルクトヒロバノシチョウシャトローラントゾウ)

  • ブレーメン
  • 歴史的建造物
自由都市の誇り(ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像)

ブレーメンの自由都市としての繁栄を象徴する建築物群で、2004年世界文化遺産に登録された。街の中心にはマルクト広場があり、広場に面して壮麗なる市庁舎が建つ。15世紀初頭、ゴシック様式で建設された石造りの建物で、17世紀に改築された際にルネサンス様式のファサードが造られた。隣接するのは新庁舎で、こちらは20世紀初頭に建設されたもの。第二次世界大戦時にブレーメンでは市の6割以上が爆撃されたが、市民が外壁を囲いで覆って戦火から守ったとされる。マルクト広場の中央にあるローラント像は、カール大帝に仕えた勇敢な騎士、ローラントを象ったもので、60cmの演壇に上に立つ高さ5m以上の巨大な立像である。この像が見守り続ける限り、ブレーメンの自由と独立は守られるという言い伝えがある。

エッセンのツォルフェライン炭坑業遺産群(エッセンノツォルフェラインタンコウギョウイサングン)

  • エッセン
  • 工場・施設見学
炭鉱所跡(エッセンのツォルフェライン炭坑業遺産群)

ドイツ西部エッセンにある産業遺産で、19世紀半ばに発足したドイツ関税同盟(ツォルフェライン)炭坑の跡地である。この炭坑では1851年から1986年まで採掘が行われ、世界最大規模の採掘量を誇った。しかし、燃料の主流が石油に移ると炭坑業は衰退し、ついには閉鎖となった。2001年には世界文化遺産として登録される。10以上の採掘坑があり、なかでも有名なのは第12採掘坑である。当時影響力のあったバウハウスの思想にのっとり、建築家フリッツ・シュップとマルティン・クレマーによって設計された。2本の足を有する立坑櫓は非常に先進的なデザインで、モダニズム建築の好例として知られ、「世界でもっとも美しい炭坑」と賞される。建築面だけでなく技術面でも優れたものであった。この第12採掘坑は、現在はデザインセンターとして使われている。

マウルブロンの修道院群(マウルブロンノシュウドウイングン)

  • マウルブロン
  • 社寺・教会・宗教施設
中世の雰囲気が残る内部(マウルブロンの修道院群)

12~16世紀にかけて発展した、アルプスの北に位置するザルツァハの谷にある宗教施設群。この地で修道院を設立したのは、シトー派の修道士たちだ。彼らは贅沢な聖堂の建設や典礼を行う教会のあり方に疑問を呈し、厳格な戒律遵守をモットーとした。こうした姿勢が貴族の支持を得、12世紀半ばに300以上の修道院を設立する。そのひとつ、マウルブロンの修道院は1147年に建てられたもので、ドイツ初のシトー会修道院でもある。その後、宗教改革の時代にプロテスタントに接収。1556年には神学校となり、以降、名門神学校をとして知られ、詩人のヘルマン・ヘッセらを排出した。修道院としての期間は約400年。その間の時代によって変わっていった信仰や建築様式、文化の変遷などを今に伝える。1993年、世界文化遺産に登録された。

ハンザ同盟都市リューベック(ハンザドウメイトシリューベック)

  • リューベック
  • 歴史的建造物
旧市街(ハンザ同盟都市リューベック)

リューベックはドイツ北東部のトラーヴェ川の中州にある都市。この地は中世までスラヴ人の集落だったが、1143年ザクセン公ハインリヒ3世によって、都市へと変貌を遂げる。1226年、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から帝国自由都市の特権状が与えられ、完全な自由都市となる。また、12世紀にハンザ同盟が誕生すると、盟主となり、同盟が解散する1669年まで繁栄を極めた。世界遺産には1987年に登録され、2009年に範囲が変更されている。街の象徴であるホルステン門、ドイツ最古のゴシック建築のひとつである市庁舎、聖マリア聖堂をはじめとする5つの聖堂や聖霊病院、そして、赤レンガ造りで両側に階段状の破風を備えた特有の建築様式で建てられたハンザ商人たちの住居など、13世紀末?17世紀の建築群が建ち並ぶ。作家トーマス・マンの祖父母の家も残っており、現在はマン兄弟記念館となっている。

ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場(ビュルツブルクシキョウカンソノテイエングントヒロバ)

  • ビュルツブルク
  • 宮殿
レジデンツ内部(ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場)

11世紀頃から司教領として繁栄した都市ヴュルツブルクは、17~18世紀頃には地方領主シェーンボルン家が司教の座につくと隆盛の時を迎えた。1719年に司教に任命されたヨハン・フィリップ・フランツは、司教館の設計を建築家バルタザール・ノイマンに依頼。イタリアやオーストリアから一流の建築家や画家、装飾家が集められて造営された司教館は、1780年に完成する。長さ約170mの中央棟と、両端に直交する長さ約90mの翼棟で構成されたこの司教館は、外観は重厚だが、内部装飾は繊細で華麗に仕上げられた壮麗なものだ。18世紀バロック建築の傑作と称され、ヨーロッパでも屈指の宮殿である。入り口を入ってすぐのところに階段室が設けられ、天井は支柱がないドーム型構造であるため、耐久性が問題視された。しかし、第二次世界大戦時の空爆の際にヴュルツブルクの街の建物のほとんどは破壊されたが、ここは持ちこたえた。1981年世界文化遺産に登録。

古典主義の都ワイマール(コテンシュギノミヤコワイマール)

  • ワイマール
  • 歴史的建造物
マルクト広場(古典主義の都ワイマール)

18世紀半ばから19世紀半ばにかけて「ワイマール古典主義」と呼ばれる一群の文芸作品を生んだ芸術と文化の街、ワイマール。その時代をしのばせる建造物や公園が、1998年世界文化遺産に登録された。この「ワイマール古典主義」の代表的な作家にヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテがおり、33歳から死去するまでの50年間、この街に住んだ。ゲーテが暮らしたバロック様式の家は「ゲーテの家」として、現在は記念館として公開されている。ゲーテの誘いでこの街にやってきたのが、「ワイマール古典主義」を代表するもうひとりの作家フードリヒ・フォン・シラーである。そして、この地で書きあげたのが、かの『ヴィルヘルム・テル』だ。シラーが住んだ家も記念館となっている。ほかに、アンナ・アマーリア図書館や寡婦宮殿など彼らが利用した建物も世界遺産リストに登録されている。

バンベルクの町(バンベルクノマチ)

  • バンベルク
  • 歴史的建造物
貫録ある町並み(バンベルクの町)

ドイツ中部の丘陵地帯、フランケン地方にある古都バンベルク。1007年、東フランク王ハインリヒ2世が、バンベルクをローマに匹敵するキリスト教の一大拠点にすべく司教座を創設。以降、発展を遂げた街である。街には聖堂や修道院をはじめとする壮麗な建造物の数々が建てられた。第二次世界大戦の被害を免れ、中世の面影をそのままに残す旧市街は、1993年に世界遺産に登録された。代表的な建築物は、ハインリヒ2世の命で造営されたものの、2度の焼失の末、13世紀に再建された大聖堂。4基の尖塔をもつ三廊式の建物で、ロマネスク様式からゴシック様式へと建築スタイルが変わったことを示す重要な建造物である。ほかに、橋の上に建つ旧市庁舎や旧宮殿、新宮殿、アルテンブルク城などの名所が点在する。

ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会(ヒルデスハイムノセイマリアダイセイドウトセイミカエルキョウカイ)

  • ヒルデスハイム
  • 社寺・教会・宗教施設
大聖堂外観(ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会)

学術文化の中心地として1000年以上の歴史をもつ街、ヒルデスハイムで世界遺産に登録されているのは、聖マリア大聖堂と聖ミカエル聖堂の2つの聖堂である。これらの建物は、11世紀頃の後期ロマネスク様式を代表する建造物だ。ヒルデスハイムは815年ルートヴッヒ敬虔帝により司教座に定められた。933年、この街の司教に任命されたベルンヴァルトにより、学術文化都市へと発展する。芸術の分野でも優れた才能があったベルンヴァルトが、1010年私財を投じて建設を開始したのが聖ミカエル聖堂だ。中央身廊と翼廊の交差部の中央方形を基準に美しいシンメトリーで構成されている。同時に聖マリア大聖堂の改装にも着手し、ここでも聖ミカエル聖堂の構造が踏襲された。1985年世界文化遺産に登録。2008年にその範囲が拡張された。

トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会(トリーアノローマイセキグンセイペテロダイセイドウオヨビセイボマリアキョウカイ)

  • トリアー
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
大聖堂(トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会)

トリーアはドイツ西部モーゼル川上流にあり、アウグストゥス帝が建設した植民市を起源とする街。4世紀末、ゲルマン人の侵入によりローマ勢力はトリーアを離れたが、キリスト教徒と司教はこの地に残った。中世に入ると、大司教座都市となり、トリーアは再び繁栄する。この歴史ある街のローマ時代以降の遺跡や聖堂が8件、近隣のイゲルに残る遺跡1件が、1986年世界文化遺産に登録された。一番有名なのは、2世紀末に建てられた巨大な城門ポルタ・ニグラ。中世には聖堂に改装されたこともあったという。同じく2世紀に造られたものにモーゼル橋があり、現在も日常的に使われている。アウラ・パラティーナはコンスタンティヌスが建てたレンガづくりの壮大な宮殿である。聖ペトロ大聖堂と聖母聖堂はローマ時代の聖堂を中世の時代に改修したものだ。

クヴェトリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街(クヴェトリンブルクノセイドウサンジカイキョウカイシロトキュウシガイ)

  • クヴェトリンブルク
  • 歴史的建造物
世界遺産の町並み(クヴェトリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街)

10世紀前半に東フランツ王ハインリヒ1世の宮殿が建てられて以来、政治、宗教、商業の中心として発展したドイツ中部の街、クヴェトリンブルク。旧市街には、木組みで造られたハーフティンバー様式の家屋が1200軒も建ち並ぶ。これらは商人の邸宅やギルドハウス(同業者組合会館)として14世紀から19世紀にかけて建設されたものだ。ヴォルト通りには、1350年頃に建設された旧市街で最古のハーフティンバー様式の家屋があり、現在は木組みの家博物館として保存されている。さらに古い時代、12世紀に建立された聖セルヴァティウス修道院聖堂は、盛期ロマネスク様式の貴重な建造物である。聖堂の内部には、ハインリヒ1世と王妃マティルデの棺、宗教フレスコ画が残されている。1994年世界文化遺産に登録。

ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群(ポツダムトベルリンノキュウデングントコウエングン)

  • ポツダム
  • 宮殿
サンスーシ宮殿(ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群)

ドイツ北東部のポツダムと隣接するベルリン南西部にある、プロイセン王国時代の宮殿群と庭園群。1990年世界文化遺産に登録され、1992年と1999年に登録物件が拡大された。数ある物件のなかで有名なのは、サンスーシ宮殿とその周囲に広がるサンスーシ庭園である。サンスーシ宮殿は18世紀半ばにフリードリヒ2世が造らせたもので、基本構想をフリードリヒ2世自身が立案し、建築家クノーベルスドルフが設計した。東西100mほどの平屋建てで宮殿としては小規模で、外装はシンプル。しかし内装は豪華な装飾で、その華麗さはドイツ・ロココ様式の代表例とされる。サンスーシ庭園で知られるのは、丘の斜面を利用してひな段場に造られたルスト公園。ガラス張りの温室には、北ヨーロッパでは育ちにくい植物も植えられている。

ワッデン海(ワッデンカイ)

  • ハンブルク
  • 国立公園
干潟(ワッデン海)

北西ヨーロッパ大陸の一部と北海の間に横たわる水域、関連する海岸の湿原を指す。陸と海が常にせめぎ合うこの地の湿地帯は、激しい潮流と潮の満ち引きによって生み出された砂州、干潟、塩田、三角江、潮の水路、海岸性植物の平原、貝類の生育地、砂丘などの多彩な環境が広がっている。アザラシやイルカなどの海洋性哺乳類を筆頭に、さまざまな動植物にとって重要な生息、生育の地となっている。また、ヨーロッパ北西部の1割に該当する年間1200万羽以上もの渡り鳥が飛来し、この地で越冬、繁殖する。2009年、ドイツとオランダの保護区が世界自然遺産として登録され、2014年にはデンマークの保護区もその対象となった。また、世界遺産に先駆けて、1987年にはラムサール条約にも登録されている。

ワイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群(ワイマールトデッサウノバウハウストソノカンレンイサングン)

  • ワイマール
  • 歴史的建造物
バウハウス大学(ワイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群)

ドイツ中部の街、デッサウと、やや南に下ったところにあるワイマールには、建築家ヴァルター・グロピウスによって創設された総合造形学校バウハウスの校舎をはじめ関連施設が残されており、1996年世界文化遺産に登録された。バウハウスとは、ドイツ語で「建築の家」を意味し、従来の美術学校と工芸学校を合併させ、建築の総合教育機関として作られた学校である。芸術家と職人が教鞭をとり、クレーやカディンスキーら、一流前衛芸術家も教授陣として名を連ねた。1919年、ワイマールに設立したバウハウスは1925年にデッサウに移転し、建築部門を開設。しかし、ナチスの弾圧により、デッサウ校は閉鎖を余儀なくされる。1932年にベルリンで再開したものの、再びナチスの圧力を受け、翌年に廃校となった。ベルリンの校舎はごく短い期間だったこともあり、世界遺産登録物件には含まれていない。

ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム(ランメルスベルクコウザントコトゴスラートオーバーハルツスイリカンリシステム)

  • ゴスラー
  • 歴史的建造物
鉱山(ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム)

ドイツ中央部、ハルツ山麓に位置する街、ゴスラー。この街の発展は、10世紀後半に、街の南方にあるランメルスベルク銀鉱山の開発によるものだ。11世紀初頭、後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世は、採掘された銀を使って「オットー・アーデルハイド・ペニヒ」と呼ばれる通貨を鋳造。さらに宮殿を建設し、1009年からはそこで帝国集会を開いた。11世紀中頃に増築され、ロマネスク様式の宮殿としてはドイツ最大級となった。ほかにもギルド会館であるカイザーヴォルトなど、街には往時の繁栄を伝える建物が残る。16世紀半ばより街の経済は衰退したが、このことがかえって古い街並みをとどめるのに役立った。1992年に、ランメルスベルク鉱山とゴスラーは世界遺産に登録された。2010年には、ハルツ山地上部にある水利システムも追加登録された。約800年間使われてきた水の管理体系で、人工池やダム、水路、排水施設などに加えて、古い時代の遺跡も含まれる。

ライン渓谷中流上部(ラインケイコクチュウリュウジョウブ)

  • コブレンツ
  • 川・滝・湧水・渓谷
ライン川(ライン渓谷中流上部)

ライン川流域一帯には、渓谷の自然、古城、ブドウ畑などが織りなす美しい景観が広がる。世界文化遺産には2002年に登録された。その範囲は、ラインラント=プファルツ州の都市、コブレンツとビン・ゲン・アム・ラインの間を流れるライン川の約65kmの渓谷である。古くよりライン川は交易の重要な通路で、堤防に連なるように小さな集落を形成してきた。時代が進むと、中流地域では、封建領主らが川を通る船に対して高い通行税を徴収。8~14世紀にかけて城や城塞が40以上も築かれ、関所の役目も果たした。17~18世紀に入ると、フランスとの抗争により荒廃。19世紀初頭にプロセインの統治下になると通行税は廃止され古城の改修が行われた。このとき再建された城に、シュトルツェンフェルス城やライヒェンシュタイン城があり、当時の流行であったロマン主義も随所に取り入れられた。

レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ(レーゲンスブルクノキュウシガイトシュタットアムホーフ)

  • レーゲンスブルク
  • 歴史的建造物
ドナウ川と旧市街(レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ)

バイエルン州にある、ドナウ河南岸のレーゲンスブルクの旧市街と対岸のシュタットアムホーフにある旧聖カタリナ慈善病院が、2006年世界文化遺産に登録された。レーゲンスブルクは17世紀半ばから19世紀初頭にかけて神聖ローマ帝国議会がおかれたところで、さまざまな時代の多彩な建築物が残っている。古いものにはローマ時代の要塞があり、時代を遡って9世紀頃の建造物にも保存状態がよいものが残る。そしてもっとも知られるのは、純粋なドイツ・ゴシック様式で建てられたレーゲンスブルグ大聖堂であろう。1275年に着工され、尖塔以外が完成したのは1634年。尖塔ができ上がったのは1869年と、実に長い歳月をかけて造られた。シュタットアムホーフは、13世紀に建造物が残る街で、堅固な防護施設が特徴。

アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群(アイスレーベントヴィッテンベルクニアルルターノキネンケンゾウブツグン)

  • ビッテンベルク
  • 歴史的建造物
教会(アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルターの記念建造物群)

16世紀の宗教改革の中心人物、マルティン・ルター。アイスレーベンとヴィッテンベルクには、ルターの足跡を知る上で重要な建物が点在し、これらの建造物群は1996年世界文化遺産に登録された。アイスレーベンはルター生誕の地で、同時に最期を迎えた土地でもある。ルターは生後9カ月目に転居したので、生家にいた期間はきわめて短い。現存する家は17世紀末に再現されたものである。晩年の家は、ほぼ当時のまま残されており、肖像画や書簡などゆかりの品も展示。一方、ヴィッテンベルクは25歳から死の直前まで、ルターが活動の拠点とした街。宗教改革史博物館となっているルターハウス(住居)、説教を行った聖マリア聖堂、ヴィッテンベルク城の付属聖堂(大学付属聖堂)、ルターの同志メランヒトンの家が、世界遺産の登録対象となっている。

デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国(デッサウベルリッツノテイエンオウコク)

  • デッサウ
  • 庭園・植物園・ハーブ園
宮殿と庭園(デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国)

18世紀にアンハルト=デッサウ侯だったレオポルト3世によって創設された庭園群。ドイツ、さらにはヨーロッパ大陸における最初にして最大級のイギリス式庭園である。デザインしたのは造園家ヨハン・フリードリヒ・アイザーベック。イギリスの先例であるクレアモント庭園やスタウアヘッドなどに手本を求めた。庭園内にある湖沼や水路は人手によって掘られたもので、自然の姿を再現したもの。この庭園がある場所は、エルベ川の支流沿いにあり、水にも恵まれている。レオポルト3世は自然と建物の調和をモットーとし、宮殿や聖堂、パンテオンといったドイツ新古典様式の建築物が周囲の自然に溶け込むように配置した。レオポルト3世は、この美しい庭園を通じて領民を感化しようと考え、早くから一般にも開放された。2000年世界文化遺産に登録。

シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区(シュトラールズントオヨビビスマールノレキシチク)

  • ビスマール
  • 歴史的建造物
塔からの眺め(シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区)

中世の時代、西ヨーロッパから北欧にいたるまで、沿岸部を中心に隆盛を誇ったハンザ同盟。14~15世紀、北ドイツ・バルト海沿岸に位置する2つの町、シュトラールズントとヴィスマールは、ハンザ同盟都市として繁栄した。ドイツが三十年戦争に突入すると、スウェーデン領に組み込まれる。17~18世紀、両都市はスウェーデンの対ドイツ行政上および軍事上の拠点として重要な役割を果たした。旧市街の歴史地区には、レンガ造りの重厚な建物が並び、バルト海沿岸におけるレンガ造りゴシック建築の特徴と、その技術の発展が見られることから、2002年には世界遺産に登録された。代表的な建造物として、シュトラールズントの市庁舎やヴィスマールのマルクト広場を囲むように建つ14世紀の階段状破風の家屋が挙げられる。

ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト(ブリュールノアウグストゥスブルクジョウトベッテイファルケンルスト)

  • ケルン
城外観(ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト)

ドイツ西部ブリュールにある世界遺産で、1984年に登録された。登録物件のひとつ、アウグストゥスブルク城は、ケルン大司教で選帝侯のクレメンス・アウグストの命により、18世紀に建設されたものだ。設計を手掛けたのは建築家フランソワ・ド・キュヴィイエ。ほかにもバルタザール・ノイマンら、当時のヨーロッパの最高の芸術家の美意識と技が結集して造られた宮殿は、ドイツ・ロココ様式の最高傑作のひとつに数えられる。建築にかかった年月は約40年である。この宮殿から2kmほど離れた森には、同じくキュヴィイエ設計による別邸ファルケンルストがある。2階建ての母屋と狩りの獲物を入れる建物で構成。母屋は1階と2階は同じ部屋の配置で、1階は来客者の宿泊用に、2階はアウグストの集いの場として利用された。

メッセル・ピットの化石地域(メッセルピットノカセキチイキ)

  • ダルムシュタット
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
化石(メッセル・ピットの化石地域)

ドイツ南部、フランクフルトから約35km離れたところにある化石採掘地区。ここからは大量の化石が発見され、その地質学的および考古学的見地から浮上に重要な場所である。この地域で出土するのは5300万~3700万年前の始新世期に生きていた生物で、なかにはヒトとサルをつなぐ最古の生物かもしれないとされるイーダもあり、当時の生態系を網羅するほどの豊富な化石が確認されている。メッセル・ピットはもともとは鉱物の採掘所だったが、1875年に自然学者ルドルフ・ルードリッヒがワニの一部を発見。その後、さまざまな化石が発見されるものの、風化しやすい岩質のため、鉱石の採掘が優先された。この採掘場が廃坑になると、産業廃棄物の投棄場とする案が浮上。市民や学者の強い反対により、1992年に自然保護区に指定された。1995年にはドイツ初の世界自然遺産に登録された。

ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスター(ロルシュノオウリツシュウドウイントアルテンミュンスター)

  • ベンズハイム
  • 社寺・教会・宗教施設
修道院跡(ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスター)

ドイツ中西部のヘッセン州にある小さな町ロルシェは、8世紀のカロリング時代に政治や文化の拠点として栄えた。この地にある修道院は764年に建造。ローマ教皇から聖ナザリウスの遺体を譲り受けたこともあり、多くの巡礼者がやってきた。9世紀にはフランク王国随一の修道院学校、付属図書室。写本室を抱え、文化的中心地のひとつとなった。特に図書室は中世最大規模で、西洋古典やキリスト教神学の豊かな蔵書を誇っていたとされる。1564年にロルシュが解体してからは、度重なる戦禍により、再建と焼失を繰り返す。現在、創建時の姿を留めているのは、楼門「王の門」だけである。建物の正面の外壁に施された赤と白の装飾積み、内部にあるフレスコ画などは、カロリング・ルネサンス文化を伝える貴重な遺構だ。1991年世界文化遺産に登録。

アルプス山系の先史時代杭上住居跡群(アルプスサンケイノセンシジダイコウジョウジュウキョアトグン)

  • コンスタンツ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

イタリア、オーストリア、スイス、スロベキア、ドイツ、フランスの6カ国にまたがるアルプス山脈周辺の先史時代の住居群。2011年に世界文化遺産に登録された。この住居群は111もの集落で構成されており、紀元前5000年頃から紀元前500年頃の、アルプス山系の湖や河川、湿地帯のほとりに建てられた集落のあとや多数の出土品が見つかっている。集落ごと水没していることから、全体が俯瞰で分かる良好な状態で保存されている遺跡も多い。これらの遺跡を通して、アルプスの住民たちが農業や牧畜、冶金技術を独自の形で発展させ、フリント(火打石)や貝、金、琥珀、陶器などの交易も行っており、独特の文化を築いたことが確認されている。紀元前3200年頃からは輸送手段に車輪を使っていたことがわかっている。

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