イタリア スポット 検索一覧 (7ページ目)

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トスカーナ地方のメディチ家の邸宅群と庭園群(トスカーナチホウノメディチケノテイタクグントテイエングン)

  • フィレンツェ
  • 歴史的建造物
庭園群のひとつであるボーボリ庭園(トスカーナ地方のメディチ家の邸宅群と庭園群)

2013年に世界文化遺産に登録。巨大な富と政治力を背景にヨーロッパの近代史に大きな影響を与えたメディチ家は、トスカーナで最も裕福で権力のあった一族であった。フィレンツェで銀行を興したメディチ家は金融界で成功し、1410年、教皇庁の取引銀行になる。芸術にも造詣が深く、実際に芸術を擁護する立場をとり、ルネサンス期の巨匠たちとも密接なつながりがあった。自らの建築にもさまざまな建築様式を取り入れ、優れた別荘や庭園をいくつも造り上げた。なかでも、トスカーナ州に15~17世紀に築いた12の別荘と2つの庭園は、イタリア

フェッラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯(フェッラーラルネサンスキノシガイトポーガワデルタチタイ)

  • フェラーラ
  • 歴史的建造物

イタリア北部、イタリア最大の川、ポー川下流に位置するフェッラーラ。河港都市として7世紀頃から発展し、13世紀から16世紀にかけての約300年、フェッラーラを治めていた一族であるエステ家により14世紀に整備された。エステ城を築き、街の広さを4倍にまで広げ、統一感のある街作りを進めた。赤レンガを使い高さを整えた建造物が並ぶのはそのためである。こうして小さな町に過ぎなかったフェッラーラがイタリア・ルネサンスを先駆ける街へと変貌したのだ。フェッラーラのルネサンス期市街地とポー川デルタ地帯は1995年世界遺産に登録

ジェノヴァ:レ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度(ジェノバレストラーデヌオーベトパラッツィデイロッリセイド)

  • ジェノバ
  • 歴史的建造物

イタリア北西部にある港町、ジェノバ。この街の金融業者は16世紀にスペイン王室の御用達銀行家となり、そのおかげで街は繁栄をきわめた。世界から訪れる来賓のための迎賓館として、富裕貴族層が住む豪華や館や大邸宅を厳選し、ロッリと呼ばれるリストに登録。国家の来賓の宿泊先としたのである。これらの建物は3~4階に統一されたもので、いずれも広い玄関や中庭を備える豪華なものだ。さらにマニエリスム様式やバロック様式を施した装飾は、その美しさからヨーロッパ上流社会で評判となった。「ロッリの館」を意味するパラッツィ・デイ・ロッリ

マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園(マテーラノドウクツジュウキョトガンクツキョウカイコウエン)

  • マテーラ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

長靴の形に例えられるイタリア半島のかかとの部分にあたるマテーラ。グラヴィーナ渓谷の西斜面に位置するこの地には、地中海地域に見られる洞窟住居群が広い範囲にわたって完全な形で現存していることから、1993年世界文化遺産に登録された。小さな洞窟住居が谷の斜面にへばりつくようにある様子は圧巻である。岩山を削って築かれた洞窟住居群は、その起源を7000年まで遡ることができるとされる。マテーラの洞窟住居は、居住者の増加に伴い、上部への増築が繰り返された。段々状に追加されたため、下の階の屋根が上の階の通路となっている。

ナポリ歴史地区(ナポリレキシチク)

  • ナポリ
  • 歴史的建造物
旧市街(ナポリ歴史地区)

イタリア南部の街、ナポリの起源は紀元前5世紀に遡る。古代ギリシアによって建設された植民都市がナポリの始まりであった。初期の名称は「新しい都市」を意味するネアポリス。そこから転じて、ナポリとなる。ナポリは、さまざまな国の支配下にあり、独自の文化を発展させていった。美しいナポリ湾と雄大なヴェスヴィオ火山が作り出す風光明媚な景観は、「ナポリを見て死ね」の言葉がふさわしい。自然美だけでなく、街の誕生以来2500年にわたる支配国の変遷が見て取れる美しい町並みも必見だ。スパッカ・ナポリのような雑然とした下町情緒あふれ

ピエンツァ市街の歴史地区(ピエンツァシガイノレキシチク)

  • ピエンツァ
  • 歴史的建造物

ピエンツァはイタリア中部に位置する街。市街地の歴史地区は1996年世界文化遺産に登録された。もともとはトスカーナ地方の小村だったが、この地出身のピウス2世が教皇に就任すると、生まれ故郷を理想の街とすべく再整備を命じる。こうして1459年に再開発が始まった。この都市計画を引き受けたのは、建築家ベルナルド・ロッセリーノ。格子状の道路で区画された街を造り上げた。中心にある華麗なピウス2世広場を取り囲むように、ルネサンス的外観の教会や宮殿が建立された。ルネサンス期の人間的な都市設計思想や透視図法を最初に採用したの

シラクーザとパンタリカの岩壁墓地遺跡(シラクーザトパンタリカノガンヘキボチイセキ)

  • シラクーサ(シチリア島)
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
パンタリカの岩窟墓(シラクーザとパンタリカの岩壁墓地遺跡)

シチリア島東部に位置。シラクサとパンタリカは、3000年前の地中海文明の歴史的遺物が残る都市で、2005年世界文化遺産に登録。シラクサは紀元前8世紀にギリシア人植民地として建設された街で、ローマの政治家キケロに「あらゆるギリシア都市のなかでもっとも美しい」と讃えられた。古代ギリシア時代に造られたギリシア劇場やローマ劇場、後に教会に改修されたアテネ神殿跡がみられるドゥオーモをはじめ、円形闘技場、要塞などが残り、当時の文明と歴史を今に伝える。一方、パンタリカは先史時代のシチリアの重要地のひとつで、周辺一帯の中

ポルトヴェネーレ、チンクエ・テッレ及び小島群(パルマリア、ティーノ及びティネット島)(ポルトヴェネレチンクエテッレオヨビショウトウグンパルマリアティーノオヨビティネットトウ)

  • ラスペツィア
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路

イタリア半島北西部、リグリア海の海岸線にある村落。11世紀以降、小さな集落が集まって形成された。「ヴィーナスの港」を意味するポルトヴェネーレは、岬や入り江などが入り組んだ海岸線上の切り立った崖の上にへばりつくように築かれたエリア。12世紀後期には、その高台にサン・ロレンツォ聖堂が建立された。この北西に連なるのがチンクエ・テッレで、イタリア語で「5つの地」の意。文字どおり、5つの村が20kmの間で等間隔に並んでいる。11~12世紀に、狭い土地を有効利用して切り開かれた集落群とされる。不便な崖を階段状に切り開

ティーノ島(ティーノトウ)

  • ラスペツィア

リグリア海に浮かぶ小島で、近隣の2つの島、ティネット島、パルマリア島、ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレとともに、その美しい文化的景観から、1997年世界文化遺産に登録された。面積は0.13平方kmほど、ラ・スペツィア湾の守護聖人、聖ウェネリウスゆかりの島である。聖ウェネリウスは当初は隠者としてこの島に訪れたが、のちに修道院長となり、没するまでティーノ島に暮らしたという。島の北岸にある聖ウェネリウスが死を迎えた場所は聖地となり、11世紀には修道院も建造された。現在もその遺跡を見ることができる。聖ウェネリウ

ティネット島(ティネットトウ)

  • ラスペツィア

ラ・スペッツィア県、リグリア海に位置する島。ティーノ島、パルマリア島の近隣の2つの島、ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレの沿岸集落とともに、1997年世界文化遺産に登録された。スペッツィーノ諸島のひとつで、最南端に位置するティネット島は、面積は約0.006平方km、植物に覆われた小さな島である。中世に遡る宗教遺跡が発見されており、島の最西部には6世紀建造とされる小さな祈祷所の遺跡がある。一方、東部には、より複雑な建造物の遺跡が残っており、2つの身廊を有する聖堂と、修道士たちが暮らしていた独居房群で構成。こ

パルマリア島(パルマリアトウ)

  • ラスペツィア

1997年、同じくリグリア海に位置するティーノ島、ティネット島の2つの島と、ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレの沿岸集落とともに、世界文化遺産に登録。リグリア州最大の島で、三角形状をしている。なだらかな地形の北側は、一般住居、店舗、軍の施設などが並ぶ。一方、西海岸は、せり出すようにそびえる高い崖が特徴で、「青の洞窟」「鳩の洞窟」などの多くの洞窟がある。うち、「鳩の洞窟」からは、カモシカ属の一種シャモアやシマフクロウといった更新世の動物の骨が見つかっている、人間を埋葬した跡は5000年以上前に人類がこの地に

ポルトヴェーネレ(ポルトベーネレ)

  • ラスペツィア
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路

チンクエ・テッレの5つの集落のうち、最大の人口を擁する東南端のリオマッジョーレから南東約9kmほどのところに位置するポルトヴェーネレ。1997年、チンクエ・テッレや近隣の沖合の島々とともに世界文化遺産に登録された。チンクエ・テッレ同様、切り立った崖に人々が開墾して集落を築いたポルトヴェーネレは、1000年にわたり、自然と人間が共存してきた地域である。景勝地としても知られ、観光客も多い。小さな港に面してカラフルな建物が並び、その裏に回ると、細い小道が入り組み、絵画のような美しい風景が広がる。ポルトヴェーネレ

パドヴァ大学の植物園(オルト・ボタニコ)(パドヴァダイガクノショクブツエンオルトボタニコ)

  • パドバ
  • 庭園・植物園・ハーブ園
外観(パドヴァ大学の植物園(オルト・ボタニコ))

1545年にパドヴァ大学の別館として建設された、西洋最古の大学植物園。植物学者フランチェスコ・ボナフェデの構想に基づき、建築家アンドレア・モローニがダニエーレ・バルバロの協力を得て設計。ヨーロッパで初めてヒマワリの開花とジャガイモの栽培に成功、以来、植物学や生態系の研究に大きく貢献してきた。1585年には大友宗麟、大村純忠、有馬晴信といった大名を代表とする初めての日本外交使節団を迎え、園長は貴重な書物を贈呈した。ドイツの詩人ゲーテは1786年にこの植物園を訪れた際に自然に対する観念を身につけたという。園内

カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群(カゼルタノジュウハチセイキノオウキュウトコウエンバンビテッリノスイドウキョウトサンレウチョテイタクグン)

  • カゼルタ
  • 歴史的建造物

イタリア南部、ナポリから20kmほど離れたところにあるカゼルタ。この地にある巨大な宮殿はブルボン家のカルロス3世により建立された。フランスのヴェルサイユ宮殿に対抗すべく贅を尽くしたもので、18世紀にヨーロッパで造られたなかでもっとも巨大な宮殿とされる。建設が始まったのは1752年。以降30年もの歳月をかけて築かれた。宮殿内には1200の部屋、34の階段があり、バロック様式の彫刻、絵画、調度品がさらなる彩りを添える。120万平方mもある庭園は丘陵地形に広がっており、典型的なバロック様式のフランス式のほかイギ

ラヴェンナの初期キリスト教建築物群(ラベンナノショキキリストキョウケンチクブツグン)

  • ラベンナ
  • 社寺・教会・宗教施設
外観(ラヴェンナの初期キリスト教建築物群)

ラヴェンナはアドリア海沿岸の街。西ローマ帝国の皇帝ホノリウスがローマから遷都した都で、5世紀に西ローマ帝国の首都として繁栄した。その後、ゲルマン王、東ゴート王の支配を経て、6世紀にビザンツ帝国の重要な拠点となった。このラヴェンナには初期キリスト教建築が多数残っており、サン・ヴィターレ聖堂、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂、ガッラ・プラチディア霊廟、サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂、テオドリック廟など8つの建造物が、1996年世界文化遺産に登録された。初期キリスト教建築は、色大理石や色ガラスを使用した鮮や

ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(ローマレキシチクキョウコウリョウトサンパオロフオーリレムーラダイセイドウ)

  • ローマ
  • 歴史的建造物

イタリアの首都ローマは、ローマ帝国の首都、キリスト教世界の中心地、ルネサンス以降は芸術・文化の発信地として、2600年もの長きにわたってヨーロッパの歴史のなかで重要な役割を果たしてきた。1980年世界文化遺産に登録された「ローマの歴史地区」は、紀元前1世紀~3世紀のローマ帝国の遺跡や建造物が残るエリアで、都市の長い歴史を今に伝えている。主な建築物には、古代の公共広場であるフォロ・ロマーノ、世界最大の円形闘技場のコロッセウム、パンテオン、カラカラ浴場、コンスタンティヌスの凱旋門などが挙げられる。当初、世界遺

ヴェネツィアとその潟(ベネツィアトソノガタ)

  • ベネチア
ヴェネチアの風景(ヴェネツィアとその潟)

イタリアきっての観光地として知られるヴェネツィアは、街全体と潟が1987年に世界文化遺産に登録されている。イタリア北東部のアドリア海に浮かぶ海上に築かれた都市で、118の小島、176の運河、400以上の橋で構成される。6世紀頃から人々が住み始め、本格的な建物が建立されるようになったのは7世紀のこと。8世紀にはヴェネツィア共和国となる。9世紀に入ると、聖マルコの聖遺物が持ち込まれ、そのときに建てられたのが、かのサン・マルコ大聖堂である。その後300年もの間、東西貿易の拠点として繁栄をきわめた。ドゥカーレ宮殿

サン・ジミニャーノ歴史地区(サンジミニャーノレキシチク)

  • サンジミニャーノ
  • 歴史的建造物

イタリア中部、エルサ渓谷にあるサン・ジミニャーノは、聖フランチェスコの通った道とされるフランジェナ街道を通ってローマ巡礼をする者にとって、重要な中継地であった。また、交易の要路に位置したことから、10世紀頃から人と富が集まり始めた。12世紀末には自由都市として独立したが、その後、皇帝派(ベギリン)と教皇派(ゲルフ)に分裂し、内戦状態に陥る。両派とも襲撃に備えるため、そしてその力を誇示するために高い塔を備えた邸宅を建立。そのため、高さ50mもの塔が林立する町となった。最盛時には72基あった塔だが、現在は14

シエナ歴史地区(シエナレキシチク)

  • シエナ
  • 歴史的建造物

シエナはトスカーナの丘陵地帯にあり、中世の歴史的建造物がほとんど当時のまま残っている。この地域が発展を始めたのは、12世紀に市民による政治組織、コムーネが成立して以降のこと。商業、金融の中心となる自治都市として発展し、数百年にわたり、銀行家などの大商人からなるコムーネが指揮をふるった。この頃のシエナの代表的な建物のひとつにドゥオーモ(大聖堂)がある。9世紀に建立された古い聖堂をベースに、12世紀半ばに着工された。改築を重ね、大聖堂が完成したのは1382年。実に200年以上もの歳月を要したのである。また、世

サヴォイア王家の王宮群(サボイアオウケノオウキュウグン)

  • トリノ
  • 宮殿
外観(サヴォイア王家の王宮群)

イタリア北西部、ミラノの西南約140km進んだところにあるトリノ。この地にあるサヴォイア家の王宮と邸宅が、1997年世界文化遺産に登録された。フランス出身だったサヴォイア家が領土を広げその支配力を誇示するために造営した大規模な邸宅群である。15世紀にサヴォイア公国、18世紀にサルディーニャ王国に発展したサヴォイア家が、トリノにこの王宮と邸宅群を築いたのは16世紀半ばのこと。サヴォイア公国の首都をトリノに移転する際に造られたのがここである。当時の著名建築家であったユヴァッラをはじめ、トップクラスの建築家や芸

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)(ビッラアドリアーナティボリ)

  • ティボリ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

ローマ帝国の全盛期に君臨した5人の名君、五賢帝のひとり、ハドリアヌス帝の別荘遺跡で、1999年世界文化遺産に登録。ローマの東約30km、穏やかな気候と豊かな緑に囲まれたティヴォリの街に位置する。この地は、古代ローマ時代から上級階級の保養地として知られている。ヴィッラ・アドリアーナは118年から十数年の歳月をかけて造営さたもので、建築の知識に長けていたハドリアヌス帝が設計のほとんどを手掛け、視察先で魅了されたものが随所に再現されている。アテネの哲学者ゼノンが講義を行ったストア・ポイキレを模した貯水池ポイキレ

ウルビーノ歴史地区(ウルビーノレキシチク)

  • ウルビーノ
  • 歴史的建造物

イタリア中部に位置し、ルネサンス期に多くの学者や芸術家が集い、ヨーロッパで最も洗練された文化都市と称されたウルビーノ。ルネサンス絵画の巨匠、ラファエロが生まれ育った町としても知られる。この丘の上の小さな町が、このような栄華をきわめたのは、当世随一の武将と呼ばれたフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの功績によるものだ。彼は芸術を手厚く保護し、その結果、ヨーロッパ各地から画家、建築家、学者などが来訪。さらに15世紀半ばには、驚くべき宮殿と称されるドゥカーレ宮殿が建立され、多くの文化人が集う場となった。ヨーロッパ

ベローナ市(ベローナシ)

  • ベローナ
  • 歴史的建造物

イタリア北東部、アルプス山脈の麓にあるヴェローナは、古代ローマ時代から始まり、ロマネスク様式が流行した時代、スカーラ家が統治した時代、ルネサンス期にいたるまで、さまざまな遺構がそこかしこに残る街である。シェークスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』の舞台となったことでも知られる。街の中央にあるアレーナ(円形闘技場)はローマ帝国時代に造られたもの。直径約150m、2万人を収容できるほどの規模のものだったという。また、12世紀に建立されたイタリア・ロマネスク建築の代表作とされるサン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂やロ

ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々(シチリア島南東部)(バルディノートノコウキバロックヨウシキノマチマチシチリアトウナントウブ)

  • ラグーサ
  • 歴史的建造物

ヴァル・ディ・ノートとは、シチリアの古い行政区分、ヴァッロのひとつ。2002年、シチリア島の南東部にあるヴァル・ディ・ノートの、後期バロック様式の8つの町が世界文化遺産に登録された。カルタジローネ、ミリッテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニア、カターニア、モディカ、ノート、パラツォロ・アクレイデ、ラグーザ、シクリのこれらの街は、1693年に発生した大地震のあとに再建。計画的な大規模都市建築のもとに造られ、統一された美しい街並みをもつ。それぞれの街には、美しい装飾を施したバロック様式の建物が多く点在し、今も

マントヴァとサッビオネータ(マントバトサッビオネータ)

  • マントバ
  • 歴史的建造物

北イタリアのポー川渓谷に位置するマントヴァとサッビオネータの2つの街は、ルネサンス期の理想都市として整備された。指揮をとったのは時の支配者ゴンザガ家である。強い指導力のもと、ルネサンス期の建築美を具現化した。マントヴァはシェークスピアの『ロミオとジュリエット』にも登場する街で、その歴史はローマ時代に遡る。この街には、11世紀に造られた円形の建造物ロトンダやバロック様式のビビエナ劇場が今も残る。ルネサンス期には、ゴンザガ家により既存の建物が改修され、さらに華麗に造り直された。一方サッビオネータは、都市計画に

イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)(イタリアノロンゴバルドゾクケンセイノアシアトゴヒャクロクジュウハチナナヒャクナナジュウヨネン)

  • ベネベント
  • 歴史的建造物

イタリア国内に7カ所存在するロンゴバルド族政権の遺跡群の総称で、2011年世界文化遺産に登録。ロンゴバルド族は6世紀に北ヨーロッパからやって来た一族で、イタリアを拠点とし、8世紀までに広大な領域を支配するにいたった。独自の文化を発展させ、世界遺産に登録されているのは、紀元568年から774年にかけてのイタリア支配を象徴する建造物の数々。要塞、教会、修道院などがあり、これらの建物に共通しているのは、古代ローマの伝統に加えて、キリスト教の精神性やビザンツ、北ヨーロッパのゲルマン人の文化が混在していることである

チェルヴェテリとタルキニアのエトルリア古代都市群(チェルベテリトタルキニアノエトルリアコダイトシグン)

  • ローマ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

チェルヴェテリ近郊のバンディタッチャ遺跡とタルクィニア近郊のモンテロッツィ遺跡。エトルリア人が残したこの2カ所は、2004年世界文化遺産に登録された。古代ローマ以前のイタリア中央部に存在したエトルリアは、紀元前9世紀から紀元前1世紀の間、交易で栄え、高度な文明を有していた。葬祭技術にすぐれ、ネクロポリスと呼ばれる大規模な墳墓を残している。バンディタッチャ遺跡の総面積は20ヘクタール、街路、小さな広場、そして居住区といった都市計画に似た構造を持つ数千もの墓が点在。岩に掘られた溝状のものから、複数の墓を収容し

モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場(モデナノダイセイドウトッレチビカオヨビグランデヒロバ)

  • モーデナ
  • 社寺・教会・宗教施設
外観(モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカ及びグランデ広場)

イタリア北部、フィレンツェの北東100kmほどにあるモデナの大聖堂、鐘楼(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場は、この地が自由都市だった時代に造られたもので、1997年世界文化遺産に登録された。建築家ランフランコと彫刻家ヴィリジェルモの2人の芸術家によって完成した大聖堂は、ロマネスク様式の傑作とされる。1099年の起工から完成するまで85年もの年月を要して建立された。高い天井と美しいバラ窓をもち、ここにはゴシック様式も見られる。隣接する白大理石作りの鐘楼は、高さ89.32mを誇り、街のシンボルとして愛されてい

ラエティア鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観(ラエティアテツドウアルブラセンベルニナセントシュウヘンノケイカン)

  • ミラノ
  • その他自然景観

アルブラ線とベルニナ線は、スイスとイタリアの国境をまたぐアルプス山脈を越える高山鉄道で、20世紀初頭にスイスの私鉄レーティシュ鉄道により開業。これらの路線はアルプスの山岳地帯の孤立集落の解消や観光客の足の整備の目的とし、当時の山岳鉄道建設における最高級の知識と技術によって厳しい自然条件をクリアして開通した。当初は蒸気機関車で牽引されていたが、開通から20年も経たないうちに電化が進められた。ラエティア鉄道は現在も稼働しており、地元の人はもちろん、多くのリゾート客や観光客に利用されている。アルブラ線は線路の

ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の邸宅群(ビチェンツァシガイトベネトチホウノパッラーディオヨウシキノテイタクグン)

  • ビチェンツァ
  • 歴史的建造物

1994年世界文化遺産に登録。紀元前2世紀に起源をもつ古い街であるイタリア北部の街ヴィチェンツァは、16世紀に建築家アンドレア・パッラーディオの手によりルネサンスの都市へと変貌を遂げた。その当時、ヴェネツィアの支配下にあったヴィチェンツァで、パッラーディオは古い建築物に新しいデザインを融合した壮麗な建築物を産み出した。このとき用いられた古代ローマ建築をベースに、回廊やドームを世俗の建築へと採用した手法は、パッラーディオ様式と呼ばれ、その後のヨーロッパやアメリカの建築に多大な影響を及ぼしている。現在も、パッ

エオリア諸島(エオリアショトウ)

  • パレルモ(シチリア島)

シチリア島の北方、ティレニア海に浮かぶ火山性の諸島。ティレニア海南部にヴルカーノ島やストロンポリ島など7つの島がY字型に並ぶ。エオーリエ諸島の火山は更新世(258万~1万年前)から活動を始め、現在も小規模な噴火を繰り返すなど活発な火山活動を行っている島もある。これまで3回の火山活動期に、7つの島を形成した。18世紀以降は学者の研究対象となり、ストロンポリ島はストロンポリ式噴火の、ヴルカーノ島はヴルカーノ式噴火の典型として、それぞれ学術用語に採用されるなど、火山学に大きな学術的価値を与えている。ちなみに、ス

アルプス山系の先史時代杭上住居跡群(アルプスサンケイノセンシジダイコウジョウジュウキョアトグン)

  • ミラノ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

イタリア、オーストリア、スイス、スロベニア、ドイツ、フランスの6カ国にまたがるアルプス山脈周辺の先史時代の住居群。2011年に世界文化遺産に登録された。この住居群は111もの集落で構成されており(イタリアにはそのうち19の集落跡が残っている)、紀元前5000年頃から紀元前500年頃の、アルプス山系の湖や河川、湿地帯のほとりに建てられた集落のあとや多数の出土品が見つかっている。集落ごと水没していることから、全体が俯瞰で分かる良好な状態で保存されている遺跡も多い。これらの遺跡を通して、アルプスの住民たちが農業

カステル・デル・モンテ(デルモンテジョウ)

  • バーリ
外観(カステル・デル・モンテ)

1240年頃、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世によって建てられた城塞。イタリア南部プーリア州バルレッタから内陸に約30kmほど入ったところにある。フリードリヒ2世は南イタリアに200以上の城郭を築いたが、この城塞は八角形の独特な外観が特徴。八角形の中庭を八角形の壁が取り囲み、壁の角には八角形の塔が取り付けられている。数学への造詣が深かったフリードリヒ2世自ら設計に携わり、人間が最も美しいと感じる1:1.6の比率「黄金比」が用いられている。貯水槽にたまった雨水を各部屋に供給する仕組みなど、機能面も充実。出

アクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バシリカ(アクイレイアノイセキチイキトソウシュキョウセイドウバシリカ)

  • ベネチア
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

イタリアの北東部、アドリア海に接するアクイレイアは、ローマ帝政初期には大司教座がおかれ、商業都市として栄えた町。その後、地中海の交通の要所として発展し、西ローマ帝国崩壊後の6世紀には、中央ヨーロッパでの拠点とすべく、東方正教会の総主教座がおかれた。アクイレイアの名は、紀元前181年、ローマ人が軍事目的でこの都市を建設した際に、大空に鷹(アクイレイア)が舞ったことがその由来とされる。アクイレイアに現在も残る聖堂は、紀元313年、キリスト教弾圧から解放された信徒たちにより建てられたものを礎にし、4世紀から11

スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ(スーヌラージディバルーミニ)

  • カリアリ(サルデーニャ島)
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

イタリア、サルディーニャ島のバルーミニ村には石を積み上げて作られた防御施設があり、これはヌラーゲ・ス・ヌラクシと呼ばれる。ヌラーゲとは紀元前16世紀頃から作られた堅固な要塞のことで、サルディーニャ島には7000ものヌラーゲが残っている。先史時代の要塞を知る上で重要な遺跡である、大きいものは村人すべてが避難できるほどの収容力がある。ヌラーゲは円筒や先端を切り取った円錐状をしており、内部には天井が湾曲した部屋がある。数あるヌラーゲの中でも、ス・ヌラクシは高さ18.5m、直径11mと最大級のスケールを誇る。防壁

パエストゥムとヴェリアの古代遺跡群を含むチレントとディアノ渓谷国立公園とパドゥーラのカルトゥジオ修道院(パエストゥムトベリアノコダイイセキグンヲフクムチレントトディアノケイコクコクリツコウエントパドゥーラノカルトゥジオシュウドウイン)

  • サレルノ
  • 国立公園

ナポリから南東に約120km、チレント・ディアノ渓谷国立公園は、名前のとおり美しい渓谷と、断崖や岩礁が点在する入り組んだ海岸線を有する広大な国立公園だ。この公園と周囲一体は、先史時代から中世にかけて交易、政治、文化面で大きな変遷を遂げた地域である。それを示すかのようにふたつの古代遺跡と中世の修道院が点在。遺跡のひとつ、パエストゥムは、壮麗な3つの神殿、城壁、公衆浴場跡などがある。もう一方の遺跡、港町ヴェリアの古代遺跡は、ギリシア人の手により紀元前6世紀に造られたものだ。ディアの渓谷のふもとに位置するパドゥ

ヴァルカモニカの岩絵群(バルカモニカノイワエグン)

  • ミラノ
  • 川・滝・湧水・渓谷

イタリア北部のヴァルカモニカで発見された岩石画。アルプス山麓のオーリオ川沿いの約70mにわたる渓谷の岩に、先史人類が残したもので、14万点を超える岩絵が発見されている。約1万年前の旧石器時代からローマ帝国の侵略を受けるまで8000年もの長い期間に描かれたものだ。1979年、イタリア初の世界遺産に登録された。描かれているモチーフは、農耕や狩猟、戦争、宗教儀式、集落の地図、ローマ帝国時時代のアルファベットまで多岐にわたり、当時の暮らしぶりとその変遷を知る貴重な資料となっている。岩絵は、氷河の浸食によって表面が

ピエモンテとロンバルディアのサクリ・モンティ(ピエモンテトロンバルディアノサクリモンティ)

  • ミラノ
  • 社寺・教会・宗教施設

イタリア北部のピエモンテ州に7カ所、ロンバルディア州に2カ所あるサクロ・モンテ(サクリ・モンティは複数形)は、2003年世界文化遺産に登録された。サクロ・モンテは16世紀後半から17世紀頃に作られた聖山で、数々の小聖堂や礼拝堂で構成される山上の聖域。当時オスマントルコの脅威のため、エルサレムに巡礼に行けないキリスト教信者のために作られた。周囲の丘や森、湖などの自然環境と美しく調和し、神聖な雰囲気が感じられる。建物内部の宗教壁画や塑像などの芸術作品も素晴らしい。9カ所のサクロ・モンテのうち、最も古いものはヴ

ドロミーティ(ドロミーティ)

  • ベネチア
  • 山・丘陵
美しいドロミーティの風景(ドロミーティ)

2009年、イタリアで2番目の世界自然遺産に登録。日本では長年、ドロミテの名で親しまれていた山岳群である。イタリア北東部に位置する、東アルプス山脈の一部で、標高3342mのマルモラーダ山をはじめ、3000mを超える峰は18を数える。尖塔のように突き出た尖峰や岸壁、氷河やカルスト地形など、地形と景観の多様さを誇る。これは、頻繁に起こる地滑りや洪水、雪崩、そして地殻変動によって形成されたものだ。岩はアルプス登山家の実践の場ともなっている。多くの化石も産出され、炭酸塩を含む中生代の地層がよい状態で保存されている

4月9日広場(シガツココノカヒロバ)

  • タオルミーナ(シチリア島)
  • 広場
広場の様子(4月9日広場)

ウンベルト1世通りの中ほどにある広場で、カフェが並び、観光客でいつも賑わうタオルミナの中心。周囲を時計塔や教会が囲み、張り出したテラスからは青い海が眼下に見えるすばらしい眺めだ。

ヌォーヴォ城(ヌオーヴォジョウ)

  • ナポリ
外観(ヌォーヴォ城)

先に建設された卵城が海に近すぎて不便な場所にあったため、当時の領主だったアンジュー家が1279年に建てた城。15世紀にアラゴン家により改築。5本の塔と、塔に挟まれたアルフォンソの凱旋門、そこに刻まれたレリーフなどが見どころ。現在内部には市立美術館がある。

ドゥーモ(ドゥーモ)

  • ナポリ
  • 社寺・教会・宗教施設
正面ファサード(ドゥーモ)

サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂、またはサン・ジェンナーロ大聖堂と呼ばれる。ナポリの守護聖人である聖ジェンナーロの血液を安置する聖堂で、13〜14世紀に建てられた。ファサードは19世紀のネオゴシック様式のもの。内部にある16世紀の聖ジェンナーロ礼拝堂は必見。地下にはギリシア・ローマ時代の遺跡も残っている。

オプロンティス(オプロンティス)

  • ナポリ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
遺跡(オプロンティス)

ポンペイから約2.5km離れたオプロンティス(トッレ・アヌンツィアータ)にある、皇帝ネロの妻ポッペアのものと考えられている別荘跡。ここもポンペイ遺跡同様、火山の噴火により、灰に覆われていた。大広間にある多くのフレスコ画が美しい状態で残っている。ポンペイ、エルコラーノなどとともに、1997年世界文化遺産に登録。

ドゥオーモ(ドゥオーモ)

  • モンレアーレ(シチリア島)
  • 社寺・教会・宗教施設
聖堂内のキリストのモザイク(ドゥオーモ)

パレルモの南西5kmにある小さな街、モンレアーレ。1172年、「善良王」の異名を持つ最後のノルマン王グリエルモ2世が、カプート山の突端に修道院を建造するよう、聖ベネディクト会の修道士たちに託した。それがこの大聖堂である。修道院全体は聖母マリアに捧げられ、サンタ・マリア・ヌオーヴァの名が冠された。ビザンチン・ノルマン美術、あるいはシチリア・ノルマン美術の見事な例として知られる。内部を埋め尽くす黄金のモザイクは素晴らしく、なかでも威厳のある全能のキリストのモザイクは圧巻。

ラグーザのイブラ地区(ラグーザノイブラチク)

  • ラグーサ
  • 歴史的建造物
遠景(ラグーザのイブラ地区)

ラグーザは、旧市街のイブラ地区、新市街のスーペリオーレ地区に分かれ、それぞれ貴重な後期バロック様式の建造物があるため世界遺産に登録されている町。なかでもイブラ地区にはバロック建築傑作の一つであるサン・ジョルジョ大聖堂があり、必見だ。

サン・カタルド教会(サンカタルドキョウカイ)

  • パレルモ(シチリア島)
  • 社寺・教会・宗教施設
外観(サン・カタルド教会)

12世紀のノルマン時代に建設された教会で、3つの赤い丸屋根が特徴。装飾は他の教会に比べると簡素なのは、ほとんどの時代を介護施設や修道院など教会以外の施設として使われてきたため。そのため、後世の異なった様式が混じることなく、現在に残っている。2015年に「アラブ・ノルマン遺産」のひとつとして世界遺産に登録。

アレトゥーザの泉(アレトゥーザノイズミ)

  • シラクーサ(シチリア島)
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址
パピルスが茂る(アレトゥーザの泉)

古代からシラクーサの人々の水源となってきた泉で、アルテミス女神が妖精のアレトゥーザを泉に変えたという伝説からこの名で呼ばれている。泉にはパピルスが自生しており、周囲にはパピルス製品を扱う店や土産物屋が並ぶ。

イタリア現地レポート

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