オーストリアおすすめ記事
おすすめの観光スポットや過ごし方をご提案
ウィーン
ウィーン近郊で生まれた画家エゴン・シーレなど、多くの芸術家たちが学んだ美術学校内のギャラリー。アカデミーで教材として所有したボッシュやルーベンスの絵画や、卒業生の作品を展示している。

ウィーン
1812年に設立されたウィーンフィルハーモニー管弦楽団の本拠地。金箔で装飾された大ホールは黄金の間とも呼ばれ、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでおなじみ。「世界一の音響」と名高いこのホールで、極上のハーモニーを味わいたい。

ウィーン
リング通りとケルントナー通りの交差点に優美な姿を見せるオペラの殿堂。1869年、宮廷オペラ座として、モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』で幕を開けた。第二次世界大戦で戦災を被るが、1955年に再開。マーラーやカラヤンが活躍した。ネオ・ルネサンス様式の建物内には豪華な装飾が施され、大理石の階段や天井のフレスコ画は必見。内部はガイドツアーで見学可能。

ウィーン
9世紀創建のウィーンで2番目に古い教会。現在の建物は、ベルヴェデーレ宮殿なども手がけたバロックの巨匠ルーカス・フォン・ヒルデブラントによって18世紀に改築されたもの。ロットマイヤー作の天井画もすばらしい。ほぼ毎日、オルガンや合唱など教会音楽のコンサートも開催されている(19時~など/無料だが寄付は望ましい)。

ウィーン
オペラ座に次ぐ大きさの劇場は、1898年に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の即位50周年記念に建てられた。ここではオペラの他にオペレッタやミュージカル、バレエなども上演される。特にウィーンが本場のオペレッタは人気で、「こうもり」「メリー・ウィドー」「ウィーン気質」「チャルダーシュの女王」といったヨハン・シュトラウス、フランツ・レハールなどの作品をレパートリーに持っている。

ウィーン
19世紀末に計画されたカイザー・フォーラムの一部として建設された宮殿。新たな王宮となる予定だったが、ハプスブルク朝の終焉により実現しなかった。現在はトルコの古代都市エフェソスからの出土品を展示するエフェソス博物館(エフェソス・ムゼウム Ephesos Museum)、モーツァルトやシューベルトが奏でた楽器などを収蔵する古楽器コレクション(ザムルング・アルター・ムジークインストルメンテ Sammlung alter Musikinstrumente)、5世紀からの武具や甲冑を展示する狩猟・武器コレクション(ホーフヤクト・ウント・リュストカマー Hofjagd- und Ruestkammer)など、5つの博物館が入っている。

ウィーン
機能性や合理性を重視した世紀末建築の巨匠であり、都市計画家のオットー・ワーグナーが手がけた市営鉄道計画36駅のひとつ。2棟が向かい合って立ち、一方はカフェ、一方がワーグナー博物館として公開されている。大理石と金色の縁取りが施された建物はぜひ見ておきたい。

ウィーン
地下鉄ショッテントーア(Schottentor)駅から見える、ドイツ語圏最古の伝統を誇る大学。1365年、プラハ大学に対抗してルドルフ4世が創設した。リングに面した現在の本館は、1873年にハインリヒ・フォン・フェルステルによって造られたもの。これまでに12人のノーベル賞学者を輩出してきた。中庭には、精神分析学の創始者フロイトやユングなど、学者たちの胸像が並んでいる。

ウィーン
フォルクス庭園から徒歩2分ほどの所にある重厚なゴシック様式の教会。フランシスコ会により1224年に創建された。尖塔には、1529年トルコ軍包囲の際に受けた弾の傷跡が残る。内部にはナポレオンの命で作られたダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』の複製モザイク画が飾られている。18世紀の詩人ピエトロ・メスタジオの記念碑、『聖母マリア像』のレリーフも見逃せない。

ウィーン
1784~87年までモーツァルトが住居とした建物。彼はここで『フィガロの結婚』を作曲した。天才作曲家の生涯と作品、時代背景をたどる展示物が紹介されている。日本語のオーディオガイドあり。

ウィーンは「リング」と呼ばれる環状の大通りに囲まれた旧市街を中心とした街で、かつてはこのリングには城壁が建てられていた。市街地の北にある丘陵地帯には広大なウィーンの森が広がっており、これほどの緑地帯をもつ大都市も珍しい。1278年、スイスの地方貴族だったハプスブルク家がウィーンに本拠地を移したことが、ウィーン発展の始まり。17世紀以降は中欧文化の集積地として、国際性豊かでユニークな文化が育まれていった。1865年に城壁が撤去されると、オペラ座やウィーン市庁舎など豪奢な建物が次々と建てられた。都市大改造計画

ドイツとの国境近くにあるザルツブルクは、塩によって栄えた街で、都市名は「塩の城」という意味。紀元前2500年ごろから街の近郊で塩の採掘が始まり、街の中心のザルツァッハ川(塩の川)からヨーロッパ中に塩が出荷された。7世紀末に司教ルペルトが聖ペーター修道院を建設し、それを囲む街が現在の街の基礎となった。バロック期にはイタリア仕込みの建築家により壮大なドームや宮殿が作り上げられ、町の様相が大きく変化。「北のローマ」とも呼ばれる街並みが現れた。モーツァルト生誕の地であることから音楽の都としても名高く、街の随所にモ

オーストリア南西部の街、インスブルック。アルプス山脈の麓を流れるイン川沿いに建設されたチロル州の州都で、街の名は「イン川に架かる橋」ということに由来する。南に国境を接するイタリアの影響を強く受けており、国内の他の都市に比べて南欧の雰囲気が色濃い。古くから東西南北ヨーロッパを結ぶ交通の要衝として栄え、1363年にハプスブルク家の領土となってからは急速に発展を遂げた。美しい自然が豊富で、当時のハプスブルク帝国版図のほぼ中心に位置したことから、ハプスブルク家皇帝・マクシミリアン1世は深くこの地を愛したという。街

ウィーン、グラーツに次ぐ第3の都市。古くから水陸交通の要衝として栄え、現在は鉄鋼業、化学工業など工業の中心地。また、歴史に残る偉大な音楽家や思想家、文学者にゆかりの深い文化都市でもある。

JTB現地スタッフによる最新レポート
おすすめの観光スポットや過ごし方をご提案
ヨーロッパのほぼ中央に位置するオーストリアは、周囲を8つの国に囲まれる永世中立国。第2次世界大戦後は連合国の占領地となっていたが、1955年に独立を果たした。中立政策や地理的な条件から国際会議などが開催されることも多く、首都ウィーンはニューヨーク、ジュネーブに次ぐ第3の国連都市として国際原子力機関や国連工業開発機構も置かれている。ドナウ川をはじめ、国土のほとんどが山や丘陵地、谷、湖などに包まれる自然豊かな国で、オーストリア最高峰・グロースグロックナー一帯は国立公園になっている。ザルツブルク音楽祭の開催地であるザルツブルクや、中世の面影を伝えるグラーツ、ハイドンゆかりのアイゼンシュタット、緑豊かなチロル地方など名所も多い。オーストリアは、紀元前2世紀ごろにこの地に住んでいたとされるケルト人が築いた国家が始まりとされる。その後、約500年間はローマ帝国によって支配され、1246年から約640年間はハプスブルク家が統治した。1740年に即位したマリア・テレジアの時代は、バロック様式の宮殿や教会、後世に名を残す音楽家が活躍するなど、オーストリアの文化がより深まった時代でもあった。