ポーランドおすすめ記事
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ワルシャワ
第二次大戦中にナチスドイツにより破壊されたが、1988年に13世紀風に再建された。現在は博物館として、破壊を免れた調度品や絵画、美術品を展示している。22人の歴代王の肖像画が圧巻。オーディオガイドを聞きながら、王冠の間、大理石の間などを進んで行く。
クラクフ
ヴィスワ川沿いにそびえ立つゴシックルネッサンス様式の城。16世紀まで国王の居城だった。敷地内には大聖堂や旧王宮、王の墓など歴史的な建造物が多い。旧王宮内には、調度品や美術品、宝飾品、武器などが展示されている。大聖堂には歴代の王の棺が安置され、フランドル産のタペストリーなどの展示も見どころだ。
ワルシャワ
14世紀初頭から今日までの、ワルシャワの歴史に関する貴重な資料が展示されている。館内の映画室では第二次大戦当時の記録映画(約20分)も上映されている。
クラクフ
現在の建物は、16世紀初頭にポーランド王ジグムント1世が建てたゴシックとルネサンス様式のもの。内部は博物館となっており、展示ごとにチケットが別。また、施設ごとに入場制限と時間指定があるので、時間がうまく合わないと見学しにくい。王宮広間、王族の私室、宝物・武具博物館、城の遺構などがある。
クラクフ
ポーランドを代表するゴシック様式の教会。1222年にゴシック様式で創建されたが、14世紀半ばに全面的に建て直されている。内部の国宝の聖壇がすばらしい。この教会の塔では1時間ごとに故事に乗っ取ったラッパの吹奏が時を告げ、旅行者の人気を呼んでいる。
クラクフ
14〜18世紀にかけて、多くのポーランド国王の戴冠式を執り行った大聖堂で、また国王の墓所でもある。中央にある棺はポーランドの守護聖人である聖スタニスワフの聖遺物で、周囲を歴代の国王の墓が取り囲んでいる。また地下は国王のほか、国王以外にもポーランドの英雄と認められた人々の墓も置かれている。
クラクフ
1801年にオープンしたポーランド最古といわれる美術館。14~18世紀のヨーロッパ絵画を中心に多くのコレクションを展示している。創始者のイザベラ・チャルトリスカ公爵夫人のモットー「未来のための過去」を引き継ぎ、美術品の保護に努めている。
クラクフ
かつてクラクフを守っていた城壁は19世紀に取り壊されてしまったが、旧市街の北門に当たるフロリアンスカ門だけは残っている。高さは33mあり、1300年ごろ建てられたという。この門を守るように作られた砦がバルバカンだ。こちらは15世紀に造られた。
オシビエンチム
ポーランド南部のクラクフ西部約70kmのオシビエンチムにある、第二次世界大戦中にナチスドイツがユダヤ人やポーランド人などを捕虜として強制収容した施設。強制労働やガス室での処刑など、ここで虐殺されたユダヤ人は400万人以上にものぼるといわれている。「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」との言葉が収容所の門に掲げられているのが、アウシュビッツ第一強制収容所。現在は博物館として、収容者から没収した靴や衣服、ガス室などを展示している。二度と過ちを犯さないように平和への祈りを込め、「負の世界遺産」として1979年に登録された。ビルケナウ収容所はそこから約2kmほど離れた場所にある。
ビエリチカ
クラクフ南東のヴィエリチカでは11世紀より岩塩採掘が行われており、地底岩塩採掘坑は地下64~375mに至る9層から成り、最深部は地下375m、全長は300km以上にも及ぶ。1966年に商業採掘が中止され、現在は観光地として地下135mまで一般公開。観光向けの3.5kmの坑道には当時の採掘を再現した人形や、坑夫たちが信仰のために彫った神話や歴史上人物の彫像が並び、岩塩採掘の歴史を知ることができる。見学ルートは、Tourist RouteとMiner's' Routeの2種類あり、それぞれポーランド語か英語のガイドツアーで回る。チケットはどちらか片方、または両方の2種類がある。ヴィエリチカ岩塩坑から東へ30kmほどに位置するもうひとつのボフニアの岩塩坑は、現在も採掘が行われている。ともに1978年に世界遺産に登録された。
ポーランドの首都であるワルシャワは、南北に縦断するヴィスワ川を有する町。観光の名所は川の西側に集中しており、見どころやカフェ、みやげ物店が集まるクラクフスキェ・プシェドミェシチェ通り~ノヴィ・シフャト通りまでの約2kmのエリアは歩いて回ることもできる。ワルシャワの街の始まりは13世紀。1596年以降はポーランド王国の首都として急速に発展したが、1795年の第3次ポーランド分割により、国全体が完全に滅亡してしまう。1918年に分割時代を終え首都として復活を遂げるが、第二次世界大戦時には再びナチス・ドイツ軍の
過去数世紀にわたり、ポーランドの首都であった都市。戦災をまぬがれた街のあちこちに中世の城壁、教会、城が残り、今も帝国の栄光の名残りをとどめている。
シレジア地方の中心都市の一つ。第二次世界大戦中に町のほとんどが破壊されたが、戦後見事に復興した。演劇活動も盛んで、前衛劇の拠点として知られている。
トルン州の州都。14世紀ごろからヨーロッパの交易の中継地として栄えた。街には古い建築物やゴシック様式の市庁舎が残され、中世の雰囲気が漂う。
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中央ヨーロッパに位置する共和制国家。欧州連合(EU)そして北大西洋条約機構(NATO)の加盟国である。ポーランドとは「平原」という意味でや湖など自然が残された国である。10世紀に国家として認知され、14世紀から17世紀にかけ「ポーランド=リトアニア連合」としてヨーロッパ最大の領土を誇った。しかし18世紀になると3度にわたり国土が隣国によって分割され消滅。第一次世界大戦後の1918年に独立したが、第二次世界大戦時、ナチス・ドイツとソビエト連邦に侵略され、再び国土が分割された。戦後、1952年に人民共和国として国家主権を復活し、1989年民主化により共和国となった。ポーランド出身の著名人:F.ショパン(作曲家)、M.キュリー(科学者)、ヨハネ パウロ2世(元ローマ法王)