エジプト スポット 検索一覧 (2ページ目)
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72 件 (51-72件を表示)
ムハンマド・アリ・モスク(ムハンマドアリモスク)
- カイロ
- 社寺・教会・宗教施設
シタデル(城塞都市)内にあるモスク。1824年、ムハンマド・アリによって建設がスタートし、息子のサイード・パシャの時代に完成した。重厚な石造りのオスマン様式の巨大なモスクで、天井ドームには繊細な彫刻が施されている。
軍事博物館(グンジハクブツカン)
- カイロ
- 博物館・科学館・資料館・記念館
イスラーム地区の南東に築かれたシタデル(城塞都市)内にある博物館で、ムハンマド・アリのハーレム(後宮)だった建物を利用している。古代から近代にいたるまでのエジプトの戦争の歴史や武器、軍服などを展示。戦車や戦闘機もある。
国立警察博物館(コクリツケイサツハクブツカン)
- カイロ
- 博物館・科学館・資料館・記念館
イスラーム地区にあるシタデル(城塞都市)内の城塞の一部を利用した小さな博物館。エジプトの警察の歴史を展示している。1954年のナセル大統領の暗殺に犯人が使用した武器も展示されており、興味深い。
ムカッタムの塔(ムカッタムノトウ)
- カイロ
- タワー・展望施設
高さ25mのシタデル内最大の塔。16世紀の建物。このあたりの城壁の厚さは7mを超える。ムカッタムとは少し南にある小高い丘の名称。この場所も以前はムカッタムの丘のはずれに位置していたが、城塞が建設された後は丘から切り離された。
フスタート(フスタート)
- カイロ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
東ローマ帝国の支配下にあったエジプトを、639年にイスラーム軍が侵攻した際に軍営地となった場所。バビロン要塞陥落後も軍事拠点(ミスル)となりエジプト侵攻の足がかりとなった。商業都市として発展したが、12世紀に焼き払われ、今は廃墟が残るのみ。
アブシンベル神殿(アブシンベルシンデン)
- アブシンベル
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
大神殿と小神殿がある、ラムセス2世が建造した巨大岩窟の神殿。大神殿の正面には高さ約20mのラムセス2世像が4体、内部には、ファラオの戦争での活躍を示すレリーフが刻まれた列柱室などがある。小神殿は、ラムセス2世の妻ネフェルタリ王妃とハトホル女神に捧げられたもので、正面には、2体のネフェルタリ像と4体のラムセス2世像が並び立つ。
アスワン・ハイダム(アスワンハイダム)
- アスワン
- ダム
1970年に完成した巨大なダム。これにより人造湖ナーセル湖に貯水し、十分な農業用水と電力が確保された。また村々を破壊することもあるナイルの氾濫を防げるようにもなった。ダムの大きさは、長さ3600m、水面からの高さは111mにおよぶ。
ツタンカーメン王墓(ツタンカーメンオウボ)
- ルクソール
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
新王国時代の歴代王が眠る王家の谷にある墓の一つ。17歳で亡くなった少年王ツタンカーメンの墓だ。1922年、英国人ハワード カーターが発見し、世界中の注目となった。盗掘をまぬがれていたため、有名な黄金のマスクを始め多くの副葬品が発見された。玄室にはファラオと神々を描いた美しいレリーフがある。
ハトシェプスト女王葬祭殿(ハトシェプストジョオウソウサイデン)
- ルクソール
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
エジプト初の女王、ハトシェプストによって建造された。崖を利用した建物は3階建てで、3つのテラスで構成されており、2階にはハトホル女神の礼拝堂、南方の国プントとの交易図、ハトシェプストの誕生伝説のレリーフなどが残されている。
メムノンの巨像(メムノンノキョゾウ)
- ルクソール
- 歴史的建造物
フェリー乗り場から王家の谷に行く途中の道沿いにある2体の巨大な坐像。新王国時代のアメンヘテプ3世の像で、かつては坐像の後ろに彼の葬祭殿があった。また,右側の像が地震によるひび割れで夜明けに音を発するようになったため、曙の女神の息子メムノンの名と結びつけられた。後年、像の修復後、夜明の音は聞かれなくなったという。
ルクソール博物館(ルクソールハクブツカン)
- ルクソール
- 博物館・科学館・資料館・記念館
ルクソール周辺にある多くの遺跡から発掘された遺物が展示されている。ルクソール(テーベ)全盛期のものが充実しており、トトメス3世のレリーフ、木造のツタンカーメン像、ソベク神とトトメス3世の像、ミイラなど見どころも多い。
ミイラ博物館(ミイラハクブツカン)
- ルクソール
- 博物館・科学館・資料館・記念館
規模は小さな博物館だが、150体の人のミイラに加え、ほかではあまり見ないネコ、ワニ、ヒツジなど動物のミイラも置いている。内臓を納めたカノプス容器、副葬品、棺、ミイラ作りに用いられた道具類や薬品、ミイラ作りの工程の解説、葬儀の様子を描いた絵画などもある。
ポンペイの柱(ポンペイノハシラ)
- アレキサンドリア
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
かつてセラピス神に捧げられた神殿の遺跡に立つ、高さ25mの柱。かつては同じような柱が400本立っていたという。アスワン産の花崗岩を使用している。現在のものは、ローマ皇帝への感謝の念を込めて、298年に建てられたもの。セラピス神とは、ギリシアの神々とエジプト土着の神オシリスなどを受け継ぐ混成神。
シタデル(シタデル)
- カイロ
- 歴史的建造物
イスラーム地区の南東、モカッタムの丘にある城塞都市。アイユーブ朝のサラーフ アッディーンが、キリスト教徒の十字軍を阻止するために建てた。堅固な城壁に囲まれた中には、モスク、博物館などがある。
エジプト考古学博物館(エジプトコウコガクハクブツカン)
- カイロ
- 博物館・科学館・資料館・記念館
エジプトの歴史的なコレクションでは世界最大の博物館。2階建てで100以上の部屋があり、25万点を超える文化遺物が収められている。有名なツタンカーメンの黄金のマスクをはじめとする秘宝や出土品、パピルス、棺など、いずれも見ごたえがある。
ハン・ハリーリ(ハンハリーリ)
- カイロ
- 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
細い道に多くの店が立ち並ぶ、カイロ屈指の大スーク(市場)。かつては隊商宿が立ち並び、そこを中心に発展した。観光客目当てのみやげ物店、服や小物、香辛料の店、レストランなどもあり、歩いているだけで楽しい。
メンフィス遺跡(メンフィスイセキ)
- カイロ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
初期王朝時代から栄え、首都にもなった歴史的に重要な町であったが、現在では一部の遺跡を残すのみとなっている。見どころは、体長13mのラムセス2世の巨像。地震により足首から先が崩壊したため、現在は横たわった状態で保存されている。
カイロ歴史地区(カイロレキシチク)
- カイロ
- 歴史的建造物
ナイル川東岸に位置するカイロの歴史地区には、中世の面影が色濃く残る。イスラム学の中心地エルアズハルモスクや、数百にものぼるモスクなど歴史的な建造物が立ち並ぶ。起源は7世紀にさかのぼる。640年、カリフオマール率いるアラブ軍がナイルに到達しフスタートを建都。その後、郊外のアスカールが発展、さらに北部にカタイの町が築かれている。969年、一帯がファーティマ朝によって征服され、カタイの北に新首都カヒラ(現カイロ)が建都され、3度にわたるイスラム王朝の首都となった。中心部には宗教指導者の住居や行政府、宮殿などが建
古代都市テーベとその墓地遺跡(コダイトシテーベトソノボチイセキ)
- ルクソール
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
テーベ(現ルクソール)は、ナイル川沿岸に位置し、中王国時代から新王国時代のエジプトの首都だった都市で、1979年に世界遺産に登録されている。太陽神であるアメン神信仰の総本山として栄え、古代エジプトの芸術や宗教を物語る数々の遺跡で名高い。ナイル川東岸には、エジプト最大の神殿であるカルナック神殿や副殿のルクソール神殿があり、二つの神殿は、スフィンクスを両側に配した長い参道でつながれている。一方、西岸はネクロポリス(死者の町)となっており、ツタンカーメン王の墓の発掘で脚光を浴びた、数十人のファラオが眠る王家の谷
アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群(アブシンベルカラフィラエマデノヌビアイセキグン)
- アブシンベル
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ナイル川上流、エジプト南部からスーダン北部にあるヌビア遺跡群は、1959年から建設が開始されたアスワンハイダムにより、水没の危機にあった。ユネスコは貴重な遺跡を残すため、広く国際協力を呼びかけ、20件以上の遺跡が移築された。その結果、1979年には、アブ シンベル神殿、フィラエ島の神殿、アマダやデルの神殿、クアディ・エス・セボア、ダッカ、マハラッカの神殿 アク・カルタッシの東屋、ベイト エル クアリの神殿などが世界遺産に登録されている。また、古代からファラオにより開発されてきたアスワンの花崗岩の採石場も含
メンフィスとその墓地遺跡-ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯(メンフィストソノボチイセキギーザカラダハシュールマデノピラミッドチタイ)
- メンフィス
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
メンフィスはエジプト古代王朝の首都。カイロの南約30kmに位置し、ラムセス2世の巨像などが残されている。メンフィスの周辺には、北のギザから南のダハシュールにいたるまで、3大ピラミッドをはじめ80あまりのピラミッドが残されている。メンフィスのネクロポリス(死者を葬る町)サッカラには、最初のピラミッドである階段ピラミッド、ダハシュールには、スネフェル王が建設した赤のピラミッドや途中で傾斜角度が変わる屈折ピラミッドなどがある。ギザには、スネフェルの息子のクフ王、孫のカフラー王、ひ孫のメンカウラー王のピラミッドが
ワディ・エル‐ヒータン(クジラの谷)(ワディエルーヒータンクジラノタニ)
- カイロ
- その他自然景観
カイロの西部に広がる砂漠地帯にある、ワディエル‐ヒータン(クジラの谷)では、絶滅した初期のムカシクジラ亜目の貴重な化石が発見されている。この化石は進化の過程で、ちょうど後肢が消えようとする段階のもので、海洋に生息する哺乳類が、元は陸上にいたことを示している。またその姿は、現代のクジラ同様、流線型をしており、頭蓋骨と歯の構造は原始的なものだったという。化石の数、集中の度合い、そして質の高さが特徴で、ワディエル-ヒータンは世界的にも例を見ない重要な場所とされる。クジラ以外の化石も豊富に発見されており、当時の周
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