カイロの観光スポットランキング
カフラー王のピラミッド
カイロ
カイロから約10km郊外、ギザにある三大ピラミッドのうちのひとつ。クフ王の息子、カフラー王のピラミッドで、参道やスフィンクスが保存状態よく残っている。中は狭く、腰をかがめ、急傾斜を歩く。
ギザのピラミッド
カイロ
ギザにある三大ピラミッドとは、古王国時代に絶大な権力をもったクフ王、カフラー王、メンカウラー王の3人の王が造った3つのピラミッドのこと。一帯からはピラミッドに付随する遺跡群も見つかっており、4500年前の様子を今に伝えている。謎に満ちた奇跡の建築を目の当たりにし、当時に思いを馳せてみよう。
クフ王の大ピラミッド
カイロ
カイロから約10km郊外にあり、ギザにある三大ピラミッドの中で一番大きい。4500年以上前に、クフ王によって建造された。平均2.5トンの石灰岩を210段に重ね、各辺の誤差もわずかという、当時の建築精度の高さに驚く。中は腰をかがめたり、急傾斜を歩く。
スフィンクス神殿
カイロ
スフィンクスの前に位置し、屋根のない巨大な中庭と供物台があることから、太陽を礼拝する太陽信仰のためのものと考えられている。建設に使われた石は、スフィンクスを囲むくぼ地の石灰岩を切り出したものと、アスワン産のばら色花崗岩だ。
スフィンクス
カイロ
ライオンの体に人間の頭をもつスフィンクスは、古代エジプトの神殿などでよく見られるポピュラーなデザイン。スフィンクスという名はギリシャ語で、古代エジプト語の「シェセプ・アンク(生きている像)」がなまったものだとか。数あるスフィンクス像の中でも、ギザのスフィンクスは長さ57m、高さ20mもあり世界最大。古代においても砂に埋もれていたが、新王国第18王朝のトトメス4世が掘り出したという記録が残っている。現在は、石灰岩の風化がかなり進んでいる。建造の目的は不明である。
屈折ピラミッド
カイロ
クフ王の父スネフェル王がダハシュール地区に建設したとされるピラミッドのひとつ。途中から傾斜角がゆるくなっているのは下部の建設途中でひびが入ったためとの説もある。底辺188m、元の高さは105mあり、設計上の高さは128.5m。
ムアッラカ教会
カイロ
9世紀ごろに建てられたコプト教会で聖母マリアを祀っている。階段奥の礼拝堂では、精緻な彫刻の説教壇や聖人の遺骨などが見られる。ローマ時代の水門が教会の床になっていて、ムアッラカ(吊るされた)という名がついた。ハンギングチャーチという英語名の方が現地では通じる。
スルタン・ハサン・モスク
カイロ
14世紀半ばの建設。マムルーク時代を代表するモスク。当時は教育機関として使われており、中庭の四方のイーワーンと呼ばれる場所が勉強スペースだった。ミフラーブ(聖地の方向を示す壁のくぼみ)の大理石の細工が美しい。ミフラーブの前には、スルタン・ハサンの霊廟がある。
ベン・エズラ・シナゴーグ
カイロ
8世記に建てられたもので、19世紀の修復の際に当時の手紙や手形、証文などの大量のゲニザ文書が発見された。赤子のモーゼがファラオの娘によってナイル川の中から引き揚げられた場所と言われている。内部撮影禁止
ジェセル王のピラミッド・コンプレックス
カイロ
世界最古の階段ピラミッドを中心に、葬祭殿や柱廊、王が神との結びつきと若さを回復するためにセド(王位更新)祭を行ったヘブ・セド祭殿、南の墓などからなるピラミッド・コンプレックスが残っている。
カイロの基本情報
現在のカイロが歴史に登場するのは7世紀後半になってから。イスラム勢力にエジプトのバビロン砦が侵攻され、軍事都市エル・フスタートが建設された。この地が現在のオールド・カイロである。やがてエル・フスタートに代わって、ファーティマ朝により建設されたエル・カヘーラがエジプトの中心地となる。18世紀、ナポレオンの侵攻によりエジプトは近代化を遂げる。カイロにも西洋風の建築や幹線道路が建設され、ほぼ現在のような都市ができあがった。その後イギリスの支配を受け、1952年のエジプト革命によって主権を取り戻す。今ではカイロは
- 都市名
- カイロ
- 英語名
- CAIRO
- 位置
- エジプトの首都、カイロ県の県庁所在地。ナイル川下流のデルタにできた、アラビア語で「勝利者」という意味を持つ街。北緯30度8分、東経31度24分。
- 時差
- 日本との時差は-7時間。カイロの方が遅れている。サマータイム期間(2026/4/24~2026/10/29)は-6時間。[2026年情報]
- 日本からのアクセス
- 成田空港から直行便が運航している。その他ドバイ、アブダビ、イスタンブールなどで乗り継ぐ。






