私は国内外の温泉地を訪ね、レポートをして25年以上が経ちました。大学でも観光温泉学を教えています。温泉や旅を案内することは、とても幸せな仕事だと思っています。
ただ、そんな私には、幼少の頃、事故により身体に障害を負った妹がいました。家族皆で力をあわせて、妹が少しでも生きやすい環境を作ってきました。その過程では、妹と行く先々がバリアフリーかどうかが非常に重要でした。
今でも心残りなのは、妹と一緒に温泉に行けなかったこと。
妹が他界したのは2012年初夏。これ以前は、まだ温泉宿にバリアフリールームがあるかどうかは表記されていませんでしたし、私は既に温泉専門家として仕事をしていましたが、「温泉宿に妹を連れて行けるわけがない」と思い込み、はなから諦めていたのです。
誰もが温泉で愉しめるように
妹を見送ったあとは、「どんな身体の状態の方にも、温泉を諦めて欲しくない」という想いで、バリアフリー温泉の取材と周知に力を注ぎました。同時に、温泉地や旅館が受け入れやすくなるように環境整備のお手伝いもしてきました。その活動も、始めてからかれこれ10年以上が経ちます。
時が経ち、今度は親が高齢になりました。身体が弱った父を温泉に連れて行った時に、入浴後のつやつやで満足気な父の顔を見て「親孝行温泉」という言葉が浮かびました。その父も2021年に他界しましたので、今は母を誘っています。
こうして原稿を書く時には、いつも妹を、父を、温泉に連れて行きたいという気持ちで綴っていますし、誰もが安心して温泉で寛いで欲しい、と、願っています。
山崎まゆみさんのプロフィール紹介
山崎まゆみ 温泉エッセイスト・跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学・観光取材学)
現在33カ国の温泉を訪問。観光庁や地方自治体の観光政策会議に有識者として多数参画。
ユニバーサルツーリズムについての活動は、内閣官房東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部事務局「ユニバーサルデザイン2020評価会議」、観光庁「ユニバーサルツーリズム促進事業」など、様々な委員を歴任。
NHKラジオ深夜便で「バリアフリーで温泉を楽しむ」に出演中(毎月第4水曜日)
東京新聞で「バリアフリーで行こう!」連載中(毎月第2・4水曜日掲載)
著作には『行ってみようよ! 親孝行温泉』は「バリアフリー温泉で家族旅行」のシリーズ第3弾。この他、温泉や旅にまつわる書籍『宿帳が語る昭和100年』など多数。
4月8日には新刊『おいしいひとり温泉はやめられない』(河出文庫)が発売。