
トラベル&ライフ2025年12月-2026年1月号の撮影でスペインを旅してきた。芸術と情熱が息づく刺激的な街・バルセロナと、丘陵地帯に美しい田園風景の広がるワイン名産地・ペネデス地方の2カ所を訪れた。本誌では伝えきれなかったこの対照的な2つの場所の魅力を写真とエッセイで紹介していく。
バルセロナのシンボル、サグラダ・ファミリア。荘厳な外観とは対照的に、中はステンドグラスの光で満ちていた。東の窓は青や緑などの寒色系、西は赤や黄色の暖色系のステンドグラスが多く使われ、午前と午後では光が全く違う。時と共に変わる光の表情が、訪れる人を包み込んでいた。
「チュロスなら食べたことある」そう言った自分が恥ずかしい。バルセロナで頬張った本場の味は、外はカリッと中はモチッと、揚げたての温もりとまぶした砂糖の甘さに心までとろけてしまう。現地では、甘さ控えめのチュロスをチョコレートにつけて朝食に食べるようだ。本物の味にすっかり魅了されてしまった。
バルセロナの旧市街は迷路のよう。道幅は狭く曲がりくねり、石畳のところが多い。一階には店舗やカフェがあるものの、少し見上げると洗濯物が干してあり、生活の息づかいが漂う。碁盤の目のように整った新市街から来ると迷子になりそうだった。
ピカソが若かりし頃に通い、初個展を開いたカフェ「アルス クアトラ ガッツ」。「彼も同じような光景を眺めたのだろうか」食事後の余韻が残る窓際の席を見ながらふと思った。作品を描き、友人や仲間と食事をしながら芸術について語っている彼の姿がそっと浮かんだ。
バルセロナ市内に美しいビーチがいくつもあるとは知らなかった。なかでもノヴァ・イカリア・ビーチは、人気のようで、観光客や地元の人など、老若男女が集まる場所。夏にバルセロナを訪れるとき、水着をスーツケースに忍ばせておけば、旅の楽しみの幅が広がりそうだ。
バルセロナから南西に車で約1時間、たどり着いたのはワイン名産地ペネデス地方。陽光を浴びた葡萄畑の緑が果てしなく広がる。スペインのスパークリングワイン「カヴァ」を生むこの地は、都会の喧騒を離れ、穏やかな時の流れと大地の香りを感じさせてくれた。
約450年の歴史を刻むワイナリー「コドルニウ」を訪れた。中庭を歩くとワインの木箱で作られた巣箱を見つけた。なんて素敵なのだろう。自然と寄り添いながら、こだわりのある「カヴァ」を醸造する。この土地と共生し、歴史を重ね続ける理由が静かに伝わってきた。
彼の笑顔で「カヴァ」の美味しさは倍増した。ワイナリーを案内してくれたペレスさんは、ここで50年以上働いている。年齢は聞かなかったけれど、バイタリティ溢れる姿や溌剌とした表情、そして彼のユーモア溢れる話を聴きながら、ここで充実した時間を過ごしてきたのが伝わってきた。
「この子たちは食用?!」葡萄畑を駆け回る鶏たちを見てそんな質問をして笑われた。訪れたのは、環境問題に取り組み、土壌作りにもこだわるワイナリー「ファミリア トーレス」。彼らは畑に栄養となる "糞" を届ける大切な働き手だった。生命が循環するこの場所には、自然と人の穏やかな調和があった。
ホテルの窓越しに見えた隣家の壁の日時計。ペネデス地方を旅していると、あちこちで目にした。それにしても、夕方4時以降の刻みがないのはなぜだろう。もしかしてこの土地の人は、日が傾けば時間に縛られず、伸びやかに暮らしているのかもしれない。
6月のペネデス地方は陽射しが強く、日中は半袖でよいほど真夏日が続いていた。それでも日本の夏のように湿気はなく、木陰に入れば風が心地良い。ワイナリーで見かけた犬も日陰に身を寄せ、穏やかな午後を楽しむようにまどろんでいた。
眩しいスペインの陽射しの中、カヴァと味わう料理はどれも格別だった。パンにニンニクとトマトをこすりつけてオリーブオイルと塩を振るだけのシンプルなパンコントマテから、手間ひまかけたパエリアまで、スペインの食の世界にただただ満たされた。
多くの芸術家が過ごした情熱的で刺激的な街バルセロナと、美しい葡萄畑がどこまでも続き、穏やかな時間の過ごせるペネデス地方。2つの場所で過ごしながら、華やかな街の鼓動と田園風景の静けさを感じていた。どちらも、スペインという国の豊かさを作り上げている。またこの陽だまりのような景色に出逢いに戻ってきたい。
そのほかの取材こぼれ話と一緒にお楽しみください。
取材協力=スペイン大使館観光部