
アメリカ西部、カリフォルニアには地球という生命体の息づかいを肌で感じられるような大自然が広がっている。特にカリフォルニア東部を南北に走るシエラ・ネバダ山脈の周辺には、息を呑むほどの美しい絶景が連なり、その自然に包まれると心の奥からエネルギーが満ちてくる。山脈沿いの雄大な山々に抱かれたハイウェイを縦断し、ロードトリップだからこそ出会えるその景色に出会ってきた。
5億年以上前の岩石に囲まれた圧倒的なスケールをもつコンビクトレイク
カリフォルニアのほぼ中央に位置し、シエラネバダ山脈に囲まれた美しいリゾートタウン、マンモスレイク。標高の高い山々に抱かれたこの地は、多くの美しい湖で形成されている。そのひとつ、コンビクトレイクのほとりに足を踏み入れた時、思わず息を呑んだ。透明度の高い湖面は鏡のように静まり返り、遠くに見える山の白い峰を映し出していた。
チップモンクと言われるリスにも遭遇(右上)。ボート乗りや、ハイカー、釣り好きの人も訪れる
湖をぐるりと囲むトレイルは起伏があまり無い心地よい道。木々の隙間から優しい光が射し込み、一歩進むたびに景色は表情を変えて飽きることがない。1周するのにおよそ1時間半。時間を忘れるほど穏やかで贅沢なひとときだった。
コンビクトレイクの他にこの地に点在する他の湖も巡ってみる。それぞれ大きさも形も異なり、湖畔では釣竿を垂らす人や小さなボートを漕ぐ人、犬と散歩を楽しむ人たちなど、皆それぞれの時間を湖で満喫している姿があった。
ホースシュー湖。火山活動によって枯れた木々が立ち並ぶ独特な景観を眺めることができる
ツインレイクス(双子の湖)。二つの湖が滝によって緩やかに繋がっていることからそう呼ばれている
アルカリ性で塩分濃度の非常に高い塩湖であるモノ湖。自然の石柱「トゥファ」が立ち並んでいる
マンモスレイクから車で30分ほどのところに、この目で見たかった場所がある。それは、モノ湖にある自然が作り上げた彫刻、石柱「トゥファ」が林立する風景。地球がまるで太古の姿を今も持ち続けているようなところで、他の惑星に来たかのようにさえ感じる。
湖周辺には塩湿地に生育するアッケシソウ(左上)や、山岳地帯に見られるホップセージ(右下)が生えていた
約76万年前に火山活動で生まれたこの湖は、アルカリ性で塩分濃度が非常に高い。湖底から湧き出る炭酸水と水中のカルシウムが結合して石灰石が形成され、気の遠くなるような年月をかけて奇岩が生まれた。今でも、ここでは火山活動が続いている。その燃えるマグマの存在を思うと、足元から地球の鼓動が伝わってくるようだった。
自然温泉に浸かる子どもたち。「滑りやすいから気をつけて!」と声をかけてくれた
モノ湖の周辺には、他にも火山の恵みを肌で感じられる場所がある。ブリジットポートという街の近くに湧き出た自然温泉「トラバーティン・ホット・スプリングス」だ。車を降りると硫黄の匂いが漂い、そこには岩肌に抱かれたいくつもの天然プールが並んでいた。
大小幾つかの温泉があり、源泉が湧き出ているところ(右上)や水路(左下)も見られる
古くから先住民や入植者たちに親しまれてきたと言われるこの温泉に、自分も足をつけてみる。何万年も前から、人はこうやって体を癒し、遠くに見える山脈を眺めていたのだろうか。数分間、足をつけると体はポカポカと温まってきた。足元から伝わる暖かさが、まるで地球のエネルギーそのもののようだった。
ハイウェイ沿いにそびえたつ花崗岩の壁
ロードトリップはさらに続く。冬の間、雪で半年は閉ざされる貴重な道を走り抜け、ヨセミテ国立公園へと向かっていく。地殻変動で隆起した花崗岩の岩盤は、数十万年にわたって氷河に削り出された。それによって生まれたヨセミテ渓谷。ハイウェイ沿いにはその岩の壁が立ちはだかっていた。
リー・ヴァイン川沿いの道を車で駆け抜けていく
車の窓を開けると風が冷たくなってきて標高が更に高くなってきたのがわかる。渓谷を覆う深い緑の木々と、残雪のある山間に鏡面のように静まり返る川、人間の存在が遠く感じるような世界が目の前にあった。
裏側の「ハーフドーム」。正面から見える厳かな壁と異なり、とんがり帽子のようで愛嬌がある。
さらに渓谷の奥へと進むと、ヨセミテのシンボル「ハーフドーム」の裏側の姿が現れた。この目の前に広がるこの壮大な景色は、氷河時代から長い年月をかけてゆっくりと生まれてきた。この景色に身を置くだけで、この星が生きているのが伝わってくる。
樹齢およそ2200年の「シャーマン将軍の木」。現存する樹木の中で世界最大の大きさを誇る
ヨセミテ渓谷を抜け、さらに南下してセコイア・キングキャニオン国立公園へ。ここには世界最大級の巨木、セコイアの森が広がっている。見上げても頂が見えないその姿は、まるで、天と地をつなぐ柱のようだ。静寂の中に佇むその巨木を前に言葉など出なかった。長い年月を生きてきた木々の放つ存在感は、自然の偉大さを物語っていた。
セコイアの巨木の群生と比べると人間がまるで米粒のように小さい
根本には人もすっぽりと入ってしまう空洞があるセコイアの木もある
車窓から見える景色も次々と変わっていく
ロードトリップ中、次の場所へ向かう道のりさえ、車窓からの景色に目が離せなかった。果てしなく続く草原、遠くに連なる山の稜線、窓を開けるたびに違う匂いと風が吹き込んできて、景色が心に残る。どこを走っているのか、あえて地図は見ず心踊るままに景色を楽しんでいた。
真っ青な湖と空は目が覚めるかのように眩しい
緑が青々としたハイウェイを通ったかと思うと、標高が高くなると雪景色が見えたりする
馬や牛が放牧され、アメリカの田舎ののどかな牧歌的風景も見える
海岸沿いには、椰子の木が立ち並び、山の景色とは変わってくる
やがて、ハイウェイは山々を抜け、風は塩の香りを帯びていく。青空のもと、椰子の木は揺れ、カモメとカイトが舞っていた。最後の目的地は、太平洋を望むカリフォルニアの海岸線。太陽が海面を照らし、波が穏やかに寄せては引き返す。海風を胸いっぱいに吸い込んだ。今まで見てきた山々の景色から白い砂浜と青い海へのコントラストが、このカリフォルニアという土地を作っているのだと実感した。
燦々と照りつける太陽の下、人々も海水浴を楽しんでいた
ロサンゼルスのベニスビーチ。山とは違った風が吹き、開放的な雰囲気が漂っていた
雄大な山々から静謐な湖、そして、エネルギーに満ち溢れた大地から大陸をつなぐ海へと、カリフォルニアを縦断する旅は終わりを迎えた。山風と海風の両方がカリフォルニアという土地に吹いている。このロードトリップで感じたのは、レンズには収まりきらないほどの「地球そのものの息づかい」だった。だからこそ、また訪れたくなる。カリフォルニアはそういう場所だった。