ポルトガルおすすめ記事
おすすめの観光スポットや過ごし方をご提案
リスボン
12世紀後半、ブルゴーニュ王朝初代ポルトガル王アフォンソ・エンリケス(アフォンソ1世、在位1139年 - 1185年)がイスラム勢力からリスボンを奪回した後に建てた教会で、以降、砦として利用された。フランスの名匠による設計で、大震災時にも倒壊しなかった堅牢な建物だ。みどころはバロック様式の回廊や14世紀建造の聖堂など。
リスボン
全長2278m、ヨーロッパで一番の長さを誇る吊り橋。上段は車、下段は列車が通る2段式となっており、車窓からの眺めはすばらしい。南端のそばにはクリスト・レイがそびえる。1966年までは、市内とリスボン南部をつなぐ橋はなく、フェリーで往来していたが、当時の独裁者サラザールが4年をかけ建造させた。当初はサラザール橋とよばれたが1974年4月25日、無血革命にちなんで現在の名に改められた。現在、リスボンに入る車のみ料金を徴収される。
リスボン
ポルトガルを代表するルネサンス詩人、ルイス・デ・カモンイスの名を冠した広場。中央に立つ像がカモンイスの像で、多くの文学者の像を従えている。広場を飾る地面の白と黒のモザイクは彼の代表作にして国民的叙事詩『ウジ・ルジアダス』をテーマに描かれてたもの。繁華街のシアードとバイロ・アルトに隣接している。
エボラ
12~13世紀に建てられた、ゴシック様式とロマネスク様式が混在する建物。1584年に日本からの天正少年使節がここを訪れている。内部の「神秘のバラ」「明けの明星」と呼ばれる2つのステンドグラスと、少年使節たちが演奏を披露したといわれるパイプオルガンは必見。
エボラ
15世紀から16世紀に建てられたゴシック様式の教会。修道僧の瞑想場として使用された、正面右手に位置するカペラ・ドス・オッソス(CAPELA DOS OSSOS)「人骨堂」で名高い。5000体以上のおびただしい人骨で天井や壁がびっしりと埋められている光景は圧巻。
リスボン
1790年、時のポルトガル女王ドナ・マリア1世が息子の誕生を祝って建てた教会。祭壇には彼女自身の棺が安置されている。外観は2つの鐘を持つ塔がある優雅なネオクラシック、内部はバロック調の装飾になっている。この教会の一番の特徴である巨大なドームからは、まるで1枚の絵のようにリスボン市内を一望できる。通りをはさんだ向かいは、熱帯植物のコレクションが充実している広大なエストレラ植物園。園内は無料で散策が楽しめるため、市民の憩いの場となっている。
ポルトガルの首都・リスボン。イベリア半島最長の川・テージョ川の河口に広がる都市で、石畳の道路や行き交う路面電車など、素朴で趣ある街並みが美しい。この地に最初にやってきたのは、海の遊牧民ともいわれるフェニキア人。海上交易の拠点として、紀元前3世紀にはローマ帝国、8世紀以降はイスラム、ムーア人が町を支配してきた。迷路のような街並みや、絵タイル・アズレージョに彩られた建物などに、今でもイスラムの影響を見ることができる。1255年にポルトガルの首都となり、15~17世紀にかけての大航海時代にもっとも栄えた。またこの頃、海外交易によって得た莫大な富で、ジェロニモス修道院などの大建築物が築かれていった。ポルトガルの民族歌謡「ファド」の発祥の地としても知られ、レストランなどでもその独特な歌声を気軽に聞くことができる。
ポルトガル北部、ドウロ河右岸に位置するポルトガル第二の都市。対岸のガイアには世界的に有名なワイン「ポルト」の貯蔵庫が並ぶ。町の主な産業は綿工業、化学工業、治金、食品業など。
ポルトガル第3の都市。モンデーゴ川の岸に広がっている。ポルトガル屈指のコインブラ大学がある学生の街で、文化の中心。
ローマ帝国時代からアレンテージョ地方の中心地として栄え、ルネサンスの時代には、大学もおかれた学芸の都でもある。城壁に囲まれた旧市街は「エヴォラ歴史地区」の名で世界遺産に登録されている。
おすすめの観光スポットや過ごし方をご提案
ヨーロッパ大陸最西端の国・ポルトガル。国土の東側はスペインと国境を接し、西側には大西洋が広がる。南北に細長い形状をしているため、地域によって気候の差が大きい。北部は夏が涼しく過ごしやすく、南部は冬の寒さが比較的穏やかで、避寒リゾートしても人気。人口の約7割が海岸部に集中し、北部に行くほど人口密度が高い。ポルトガルでは海外移住者の流出入が多く、さまざまな民族が共存している一方、公用語はポルトガル語と統一されている。温暖な気候を利用したポートワインが世界的に有名で、ワインやコルクは国の有力産業。15~16世紀の大航海時代には、ポルトガルの王子・エンリケの資金援助と、優れた航海技術を用いた海外進出によって、繁栄を極めた。ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見、マゼランの世界一周など、多くの偉業が知られている。日本の種子島に漂着したのもこのころ、1543年で、鉄砲が伝わった。こうした航路の開拓が、西洋と東洋の文化交流に様々な影響を与え、ポルトガル本国にも多くの文化流入をもたらした。イスラムや東洋世界の影響を受けた、アズレージョと呼ばれる絵タイル芸術は、今でも町の建築物のいたるところにみられる。