ギリシャおすすめ記事
おすすめの観光スポットや過ごし方をご提案
イラクリオ(クレタ島)
クレタ島を支配していた王の建設した宮殿跡で、紀元前2600年頃に始まり、前18~16世紀に栄えたミノア文明の中心地であった。宮殿は、行政や宗教行事を司った西翼と、住居や工房が並ぶ東翼に分かれており、建築技術や残された絵画などから、古代の高度な文明の跡を見ることができる。遺跡の発掘は1900年から1931年にかけてアーサー エバンスによって行われた。
アテネ
アゴラとは「人の集まる所」を意味し、古代ギリシアでは市場や集会所などがある公共広場を指す。アテネ市民にとって信仰の中心がアクロポリスであるのに対し、その麓にあるアゴラは生活の中心であり、政治や経済、文化の拠点として機能。市民はここで商取引をし、政治家の熱弁に耳を傾け、様々な情報交換を行った。紀元前6世紀頃から発展し、商店や評議会場、裁判所などの公的施設が置かれた。紀元前1世紀頃から衰退し始め、次第に住宅地へと姿を変え、活動の中心は100mほど東のローマ時代のアゴラへと移っていった。
アテネ
アクロポリスとは「上の都市」を意味し、古代アテネ人が神々の住む場所として神殿を捧げた聖域。高さ約70m、全周約800mの石灰岩の丘の上にあり、3方は断崖絶壁、西側が唯一の参道となっている。紀元前12世紀頃に最初の神殿が建てられたが、現在残る主な遺跡が建設されたのは、都市国家アテネが最盛期を迎えた紀元前450年頃。当時の指導者ペリクレスの再建計画に基づき、パルテノン神殿をはじめとする壮麗な建築物が完成した。それから数世紀にわたり人々の信仰を集めてきたが、紀元5世紀以降は他宗教国家の侵入により荒廃していった。
アテネ
アクロポリスとその周辺で発掘された出土品を収蔵する博物館。エレクティオン神殿のカリアティード(柱の代わりになっている女神像)や、アテナ・ニケ神殿のフリーズ(小壁の浮彫)、パルテノン神殿の破風やメトープなど、アクロポリスの神殿群を飾った彫刻類のオリジナルを鑑賞することができる。アルカイック期(紀元前8世紀末~5世紀末)の彫像など、丘の上から出土した神殿への奉納物も多数展示されている。
アテネ
ギリシア各地で出土した展示品を集めたギリシア美術に関する世界有数の博物館。広い館内には多数の展示室があり、先史時代~ローマ時代にわたる豊富な展示品が収められている。ミケーネ遺跡から出土した「黄金の仮面」、海底からみつかった「馬上の少年像」、デロス島の「アフロディーテと牧神パンとエロスの像」など、貴重なコレクションは必見だ。
アポロコースト
アテネから南東へ70km、アポロコースト先端にある岬。高台にそびえる優美な神殿跡は海の守護神ポセイドンを祭ったもの。神殿は紀元前5世紀のペルシア戦争で崩壊したが、のちのペリクレスによるアテネ再建計画の一環として再建。現在見られる15本の優美なドリス式の柱はこの当時のものだ。この岬から見る風景やサンセットは素晴らしく有名だが、海に突き出た高台にあるため、神殿周辺は常に強風にさらされる。訪問時は防寒対策を万全に。
アテネ
古代アテネの墓地で、紀元前4世紀ごろの墓碑が多く残る。古代には陶工が数多く住んだエリアの一角にあり、英語の陶器(Ceramics)の語源ともなった。園内には出土品を展示する博物館もある。
アテネ
アテネの政治家であり大富豪だったイロディス・アティコスは、父の遺産を公共建築物の建設費にあてた。この音楽堂もその一つで、死んだ妻の思い出として紀元161年にアテネ市に寄付したもの。舞台の幅は左右約35m、観客席は32段で5000人を収容するローマ様式の音楽堂だ。舞台裏の建物は3層構造になっており、1階部分正面には3つの入口と彫刻を飾るための8つのくぼみがある。古代には音楽の競演や朗読コンクール、ドラマの公演が行われた。現在も、毎年アテネフェスティバルが開催される。
アテネ
標高277mの岩山。頂上へはケーブルカーまたは徒歩でアクセスでき、アクロポリスからエーゲ海まで見渡せる。中腹には野外コンサート会場、頂上にはアギオス・ヨルギオス教会、カフェ、レストランがあり、デートや夜景スポットとしてアテネっ子にも人気。
アテネ
オリンポス山のゼウスに捧げられた神殿の跡。ハドリアヌスの門のすぐ後ろにある。神殿が完成したのはローマ皇帝ハドリアヌスの時代。ゴート族の侵入により破壊され現在は15本の柱が残るだけ。
ギリシアの首都であり、政治・経済・文化の中心地。古代オリンピック発祥の地としても知られ、1896年に第1回、2004年に第28回大会が開催された。紀元前8世紀に成立した都市国家(ポリス)のなかでも、著しい発展を遂げたアテネ。紀元前508年には、最高官のクレイステネスが市民投票や比例代表制などを創設し、民主政治の基礎を築いた。芸術・文化・学問も発展し、後世に名を残す偉大な人物を次々と輩出した。アテネのみどころは、パルテノン神殿が立つアクロポリスの後ろに控えるフィロパポスの丘と、アテネの町を見下ろせるリカヴィ
ギリシア北西部、セサリア(テッサリア)地方北端の奇岩群とその上に建設された修道院共同体、いわゆるメテオラ修道院群の総称。その地形及びギリシア正教の修道院文化の価値からユネスコ世界遺産に指定されている。
アレキサンダー大王の妹にちなんで名づけられた。数々の民族に支配された歴史が独特の魅力を醸し出している。ビサンチン時代の教会等見所が多い。冬には降雪がある。
古代ミノア文明の遺跡で知られるクレタ島の首都。島内で発堀された数々の品を展示する考古学博物館近郊にある迷路で知られるクノッソス宮殿遺跡などが見所。
おすすめの観光スポットや過ごし方をご提案
地中海東部に位置するギリシアは、バルカン半島の先端とペロポネソス半島からなる本土と、エーゲ海などに点在する大小3000もの島々から構成される。海岸線は複雑に入り組んだリアス式で、山を中心とした変化に富んだ地形が特徴。ギリシア正教が国教に定められているためギリシア正教徒が人口の約97%を占めている。ヨーロッパ文化の基礎を築いた国で、彫刻、演劇、哲学などの学問、政治や言語体系など、古代ギリシアの文化は現代社会にも多大な影響を与えている。紀元前3000年ごろからエーゲ海で文明が開花し、紀元前16世紀ごろにはミケーネ文明が興る。その後、各地で都市国家(ポリス)が形成され、2大都市アテネとスパルタが勢力を強めた紀元前5世紀に黄金時代を迎えた。古代ギリシアの口承を元にしたギリシア神話は世界的に有名で、神々の名前はギリシア各地に点在する遺跡や町のいたるところで見ることができる。近代ギリシャの歴史は、1830年にトルコから独立したことで幕を開けた。第2次世界大戦で中枢国の支配下となり、戦後も混乱を極めたが、1974年、王政が廃止され共和制が誕生、1981年にはEC(現EU)への加盟も果たした。