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ホーチミン
19世紀末に建てられたレンガ造りの教会。ホーチミン市のシンボル的存在で、市民劇場と同様観光の拠点として支持されている。周辺では毎日のようにウェディングドレスを纏ったベトナム人の新郎新婦が撮影をしている。教会前のマリア像は数年前に涙を流したとして地元のニュースで話題となったこともある。

ホーチミン
町の目抜き通り、グエンフエ通りの北正面にある豪華な庁舎。西側にあるレックスホテルとともに、夜にはライトアップされ、建造物のシルエットが美しく浮かび上がる。内部に入って見学することはできないが、東洋のパリといわれた時代のサイゴンを思い起こさせる一角となっている。記念撮影のスポットとしても知られ、夜も観光客に人気の場所だ。2015年グエンフエの拡張工事に伴い、長らく鎮座していたホーチミン像が一新された。

ホーチミン
ベトナム戦争を題材にした博物館。年間70万人近い観光客が訪れる。ベトナム戦争が悲惨と言われている理由は枯れ葉剤だけではなく、戦死者が軍人よりも民間人の方が圧倒的に多かったことも挙げられる。人々が戦火を逃れる姿や、ベトナム及びアメリカ軍の戦闘中の様子もジャーナリストによって撮影されている。枯葉剤の被害を受けた奇形児の写真も展示。被害を受けたのはベトナム人だけではなく、米軍も同様であることも分かる。

ホーチミン
仏塔の高さは40mで、南部ベトナムで最も大きな仏教寺院。祭りの時期には、多くの人々で賑わいをみせる。1971年に日本留学から帰国した僧が開いたお寺でもあり、新旧の仏教建築技術を駆使して建てられた寺院の造りは見事だ。境内には日本の曹洞宗寺院から贈られたという鐘があり、「平和の鐘」と名付けられている。日本とベトナムの交流を見ることができる貴重な財産だ。

ホーチミン
黄色と白が印象的なカトリック教会は、まわりの喧騒とは異なり、穏やかな異国の風を感じさせる。尖塔はチョロン地区内ならどこからでも見えるランドマーク的な存在だ。教会のなかは、ステンドグラスなどによって華やかに装飾され、洗練された雰囲気。礼拝はベトナム系と中国系の信者がいるため、両方の言語で行われる。カトリック幼稚園が隣接しているため、下校時刻は多くの子供で賑わう。

ハノイ
ホアンキエム湖の西側から歩いてすぐ。ネオゴシック様式の美しい教会。パリのノートルダム寺院を手本として建立された。周りには青々とした木も茂り、ハノイの代表的なプチパリ風景色の一つ。ガラス窓などに施された見事なステンドグラスを見ることができる。ただし、信者への配慮は忘れずに。ミサの時間は,平日が5時30分、18時30分、土曜日が5時30分、18時、日曜日は、5時、7時、8時30分、11時30分、16時、18時、20時。日曜の夕方は多くの人が集まる。礼拝時以外は、正面左側の裏門から入場可能。買い物、グルメに迷っ

ハノイ
ベトナムの民族解放と独立のために南北統一に生涯をかけた、今もベトナム国民の父として敬愛されるホーチミンの亡骸が眠る場所。廟は、バーディン広場の奥にあり、1973~1975年にベトナム全土から集められた自然の素材を用いて建造された。1945年にホー主席自身が独立宣言を読んだバーディン広場を臨む霊廟には、訪れる人の絶えることがない。訪問する際は、ノースリーブやハーフパンツなど肌の露出はNG。また、カメラなどの手荷物は見学前に預ける必要がある。廟内は私語および立ち止まり厳禁なので注意しよう。

フエ
ベトナム中部の都市フエ(Hue)の郊外にある、12代目のカイディン帝の墓所。フエは、1802年に成立し1945年まで存続した阮朝(グエン朝)の都が置かれた古都で、同市郊外には歴代の王の廟(びょう)がある。カイディン帝廟は、フランス植民地時代の1920年から11年の歳月をかけて建設された東洋と西洋の折衷様式の廟である。約6年かけて建築したこの墓所はヨーロッパ風の高い塔が建っている。カイディン王朝はフランスの影響を受けていたことで知られているが中国の影響も残っており帝廟の前には役人、象や馬の像が立つ。帝廟内部

フエ
ベトナム中部のフエ(Hue)の郊外にあるトゥドゥック帝の墓所。阮朝(グエン朝)の後期に当たる4代目の皇帝。歴代皇帝の中で在位期間35年と一番長かったトゥドゥック皇帝が建てた。1864年から3年をかけて建てられた巨大な施設には住居だけでなく、お寺、墓、そして池まであり、皇帝は生前ここを別荘として愛用していた。広々とした敷地に建てられた帝廟は中国スタイルだが、どこか日本の風景に似ており異国情緒溢れる中にふっと懐かしさを感じさせる。この廟の近くには、かつてトゥドゥック帝が釣りを楽しんだという蓮池が残っている。木

ニャチャン
ニャチャン必見の場所のひとつ。ベトナム中部に残るチャンパ王国のポーナガール遺跡群の一つで、チャム族の神ポーナガールを祀っている。現存するチャンパ遺跡のなかでは最も古く、建築は8~9世紀ごろと推測される。現在は5つの祠堂しか残っていないが、アンコールワットなどに代表される、繊細なチャンパ建築を見ることができる。祠堂の外壁には、守り神であるナーガ(蛇神)などが彫られており、興味深い。また主祠堂には10本の手を持つポーナガール神が線香の煙の満ちるなか、安置されており、参拝するベトナム人が絶えない。

ベトナム最大の都市であり、現在、高度成長期であるベトナムの経済を牽引しているホーチミン。1986年の新経済改革「ドイモイ」を出発点に、多くの外国企業が投資し、ホーチミンの活気が生まれた。町にはいくつもの高層ビルが立ち並び、繁華街のドンコイ通りをはじめ、レストランやおしゃれな店が次々にオープン。ホーチミン最大のベンタイン市場では、あらゆる物と人が集まる商都ホーチミンを実感できる。中国に支配された歴史を持つが、町の基礎となっているのは1859年から始まるフランス統治時代。劇場や郵便局など、フレンチ・コロニアル

初代主席ホー・チ・ミンの墓であるホーチミン廟や、共産党本部などがあるハノイは、ベトナムの首都であり政治の中心地。その発展は1010年に建国された李朝の首都となったことに始まり、旧市街とよばれるホアンキエム湖の北には、当時の城壁や街並みが残されている。町は、青々とした街路樹が連なる通りや、レモンイエローのフランス様式の建物、静かな水面の湖など、鮮やかに彩られて穏やか。ハノイ国家大学をはじめ大学の数も多く、ベトナムの文化・芸術の中心としても知られている。フランス統治時代に有名画家たちが描いたベトナムの風景は、

1945年まで続いたベトナム最後の王朝グエン朝の古都で、一帯は17世紀末から東南アジア貿易の中心だった。町の教会や寺、各皇帝の廟には、初代ザーロン帝が好んだフランス文化や、2代目ミンマン帝が愛した中国文化など、グエン朝歴代13皇帝の好みが反映されている。街歩きの際には、どの皇帝の時代の建物か意識して見てみるのも楽しい。フエ市内は、フオン川を堺に、グエン朝王宮を中心とする旧市街と、ホテルやレストランが集まる新市街に分かれている。レストランでは、王朝の宮廷料理の流れをくむフエ料理も味わえる。また、フエの北に位

ベトナム中南部、フランス人により開拓された避暑地。

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インドシナ半島の東側に位置し、南シナ海に沿って伸びるベトナム。北緯23度から赤道近くの北緯8度にまで及ぶ国土は山脈や高原地帯に包まれ、その合間にある平地地帯に町が集中している。主な平地地帯は3つで、ハノイを中心とした北部、フエやダナンなどハイヴァン峠に広がる中部、ホーチミンを有する南部。北部は寒暖差の激しい亜熱帯気候、中部は台風や洪水などの多発地帯、南部は年間を通して27~28度の暑い地域と都市ごとに気候が異なり、地域性を豊かにしている。内乱や国際的な戦争を繰り返してきた複雑な歴史を持ち、その間に民族も多様化していった。人口は9344万人。現在は54種類もの民族が共存する多民族国家となっている。紀元前100年ごろから約1000年間は中国の支配を受け、1428年に独立。その後も内乱が続き、19世紀半ばからベトナム戦争終結の1974年まではフランスなど諸外国からの侵攻も受けた。戦後は最貧国のひとつといわれたが、1986年に改革政策「ドイモイ」が採択され、市場経済の導入やアセアン(東南アジア諸国連合)加入で発展。文学や絵画にも自由な気風が生まれ、あらゆる面でエネルギッシュな変革を遂げている。