
車窓の向こうには、広大な農耕地帯が見えてきた。カリフォルニアの"へそ"に位置し、「米国のキッチン」と言われるモデスト。一見乾いたように見えるこの土地は、農産物が豊かに育つ肥沃な土地で米国の食を支えている。この場所で、カリフォルニアの贅沢な味覚を存分に堪能し、地元の人々の心温まる交流に触れてきた。
ピーチは10種類、いちごは4種類、ブルーベリーも12種類以上とフルーツ狩りの種類が豊富
地平線まで続く農地を車を走らせ、ようやく辿り着いたのは、この土地で30年以上続く家族経営の農場「VanderHelm Farms」。育てている果物の種類が豊富で、季節のものはもちろん、日本では味わえない新種のフルーツ狩りが楽しめる。
葉の間からは燦々と降り注ぐ太陽の下、すくすく育ったフルーツが顔を出している
「まだ硬いけどいい味だ。」果樹園を案内してくれたオーナーのロンがおもむろに果物をひとつもぎ取り、かじり始めた。畑に入るとまず味見する姿に、フルーツの味を気に掛ける農家魂が見えた気がした。
経営者のロンは4歳の時から庭いじりを始めた
育てているフルーツの数を尋ねると、ロンは手のひらを上に向けて肩をすくめた。「常にいろいろな品種の果物を掛け合わせて新種を育てているから、僕自身も正確な種類は分からないんだ」と笑っていた。
プラムとアプリコットを掛け合わせると「アプリウム」でも、配合を変えると「プルオット」や「プラムコット」に。同じ種類の掛け合わせでも比率が違えば違う果物になる
プラムとチェリーを掛け合わせた「プルーエリー」を初めて食べてみる。今まで食べたことのない旨味・甘さが口に広がり後を引く。チェリーの弾力のある皮の感じと甘み、それにプラムの爽やかな酸味が加わり、永遠に食べられそうな気がした。彼の果物への好奇心や食への関心が新しい果物を産むのかもしれない。
昔使われていたトレーラーをロンが子供の遊具に改造。ファミリーフレンドリーな場所
気づくとランチの時間になっていた。モデストには美しい自然公園が数多くあり、ピクニックに最適。車で少し走ったところに、ゴールドラッシュの名残である歴史的な屋根付き橋「ナイツフェリーブリッジ」が望める川沿いの公園があると知り、そこでランチをすることに。
地元の食材を使ったシンプルなサンドイッチも贅沢な食事に感じる
この公園を訪れた時、モデストで農場とワイナリーを営み、"ファーマー・ジョン"の愛称で親しまれる農家のジョンと、クラフトビールを手がける醸造家のジェイクに出会うことができた。
ビール醸造家のジェイク(左)と"ファーマー・ジョン"(右)。作り手として仲が良い
彼らはこの土地のことを教えてくれた。はるか昔、海だったモデストは地下水が蓄えられていて、土壌も火山の堆積物でミネラルが豊富なのだという。乾いた気候、十分な地下水、栄養価の高い土壌、この3点が揃い、モデストは全米で最も肥沃な土地になった。
そして、モデストはアーモンドでも有名。カリフォルニアは世界一のアーモンドの生産地で、世界供給量の8割以上を占めている。「生」アーモンドを使ったミルクシェイクはトロトロでかなり濃厚。その美味しさに、暑さにも関わらず飲み干してしまった。
この土地のことを知り、充実した時間を過ごした後は、新鮮な果物や野菜、ナッツやドライフルーツのスナックが手に入る「ロダンファームスタンド」へ。4世代続く農家の直営店で、アーモンド園の一角に立っていた。
アーモンドの実。外皮がむけて落ちると、それは木の栄養素となる
新鮮なフルーツや野菜がかわいいパッケージで売られ、ローストナッツの味の種類も豊富。実を割ると中からは種子の「生」アーモンドが出てくる(左下)
広大なアーモンド園が隣接するこの場所は、2~3月頃の開花時期は真っ白な花の魅力的な風景が広がる。"アーモンド・ブロッサム・トレイル"(満開の道)を開放し、お客さんが自由に「お花見」を楽しめるようにした。40年前にトラックから始まった小さなファームスタンドは、いつしか大きく成長していった。
その後は、エキストラバージンオイルのテイスティングをしに「Sciabica Family」に。ここは良質なオリーブが育つ場所でもある。
オイルマスターのクレイグさんに説明してもらい、並べられたオイルをひとつずつ舐めてみる。バターのように濃厚な味のもの、フルーツのように香り高いもの、そして、黒胡椒のようにスパイシーなもの、ひと舐めするたびに味覚がどんどん刺激される。
オイルマスターのクレイグさんはオイルだけでなく、クラフトビールも手掛けている
一番驚いたのが、飲み込んだ後の喉が熱くなるような感覚。これは一番搾りの良品質のオイルの証拠なのだという。レモンや、ガーリック、バジルの自然に香り付けしたオイルもあり、どれも個性的で料理や味付けの楽しみを広げてくれる。エキストラバージンオイルは「生で味わうのが原則」と思い込んでいたが、火にかけても酸化が少なく美味しいと教わった。油料理も胃腸に負担が少なくさっぱり食べられ、消化も助けてくれるという。
クレイグさんが手がけるクラフトビールブランド「TRACK424 BREWERY」
そんな話を聞き、頭も味覚もフル活動で働かせ、オリーブオイルを味わっていたら、すっかりお腹が減ってきた。きっと、新鮮なオイルがさっき食べたランチも果物も消化してくれたのだろう。
モデストの旅のハイライトは、果樹園でのディナー。広大な畑の中に建てられた「リチャード・ランチ」は、ダウンタウンから10分ほどのところにあり、この土地の恵みを受けた食材をふんだんに使った、まさに「ファーム・トゥ・テーブル」の料理を味わえる。
ここの葡萄畑で作られた特別なワインはここでしか飲めない特別なもの
周りを葡萄畑に囲まれ、新鮮な空気に包まれていた。レストランと違って、シェフを呼んで料理をしてもらえるから、それぞれに合った特別な時間を過ごせる。結婚式を挙げたり、葬儀をした人もいるという。ここでしか刻めない貴重な時間と空間がここで生まれてきた。
6年前に建てられた伝統的なアメリカの「オレゴンハウス」の建物。古き良きカリフォルニアの雰囲気が楽しめる。
モデストの旅は、心と味覚を満たしてくれる体験の連続だった。カリフォルニアの大地から生まれた濃厚で新鮮な食材を味わいながら、地元の人々との会話に花を咲かせる。この土地を大切にしているからこそ、ここを訪れる旅人も暖かく迎え入れてくれるような気がした。彼らからこの土地を知り、そしてこの土地を食す、美味しいロードトリップだった。
旅する写真家のカリフォルニア Vol.01 はこちら
<取材協力>
・カリフォルニア観光局
・モデスト観光局