イラン スポット 検索一覧
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チョガ・ザンビール(チョガザンビール)
- アンディメシュク
- 歴史的建造物
1935年、イラン南西部で油田探索中に発見されたエルム王国の都市遺跡。古くはドゥール・ウンタシュ(ウンタシュ王の都)とよばれ、紀元前1250年ごろ宗教の拠点としてに造られた。3層の巨大な壁に囲まれており、たくさんの寺院や王墓が残る。中心はピラミッドのようなジッグラト(聖塔)になっており、これはメソポタミアで発見されたジッグラトの中でいちばん大きく保存状態がよい。現在の高さは25mだが、もとは60mあった。未使用のレンガが大量に残っていることからも分かるように、アッシリア王アッシュールバニパルの侵入後、都市
ペルセポリス(ペルセポリス)
- ペルセポリス
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ペルセポリスは首都テヘランの南650km、イラン南部のマリブ・ダシュト平原の山のふもとにある壮大な遺跡。アケメネス朝ペルシアの首都としてダレイオス1世が紀元前518年に建設を始めた。メソポタミアを意識した壮大な造りで、統治の中枢としてだけではなく、祭りや宴、壮大な儀礼の場としての役割もあったと考えられる。紀元前330年にアレクサンドロス大王が率いるマケドニア軍に焼き払われ、今は廃墟が残っているのみ。あらゆる民族を迎え入れるという意味を持つ万国の門、王に謁見するためにやって来たさまざまな民族を彫ったレリーフ
イスファハンのイマーム広場(イスファハンノイマームヒロバ)
- イスファハン
- 広場
テヘランから南に340km、イラン高原の砂漠の中に突然現れる緑のオアシスのような街。その中心が17世紀初めにサファヴィー朝の王アッバース1世によって造られたイマーム広場。広場の南には青いドームが印象的な王のモスク、西には15世紀のアリ・カプ宮殿、東にはシャイフ・ロトフォーラ・モスク、北には壮大なカイサリヤー門があり、これらは2階建ての回廊で囲まれている。素晴らしいイスラム装飾の中でも王のモスクの正面玄関の美しさは格別で、モスクのタイル装飾はイラン芸術の最高美といわれている。サファヴィー朝の社会的、文化的レ
タフテ・ソレイマーン(タフテソレイマーン)
- ザンジャン
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
イラン北西部、西アゼルバイジャン州の火山地帯の谷にある考古学遺跡。ササン朝末期(6~7世紀)のゾロアスター教の聖地で、タフテ・ソレイマーンとは、ソロモンの王座を意味し、ソロモン王が火口湖に怪物を封じ込めた伝説に由来する。ここは3大聖火のうちの一つで、戦士の火の座であると考えられており、火口湖を中心にして造られた神事を行う建物跡などが残る。火を拝むゾロアスター教寺院のデザインや宮殿の造りなどは後のイスラム建築に大きな影響を及ぼすことになる。ササン朝の終わりに破壊されたが、13世紀に修復、一部再建された。
パサルガダエ(パサルガダエ)
- シラーズ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
アケメネス朝ペルシアの最初の首都で、紀元前6世紀にキュロス2世によって建てられた。パサルガダエとは「ペルシア人の本営」の意。160haの遺跡の中に残る宮殿や庭園、キュロス2世の霊廟、丘の上の砦や王室の守衛詰所群、公開堂などはアケメネス朝初期の芸術と建築の特徴をよく表している。東地中海やエジプトからインダス川まで及んだパサルガダエは、異民族のさまざまな文化を受け入れた西アジアで初めての帝国。アケメネス朝の建築には優れた文化が融合が随所に見られる。いわゆる4分割のペルシア式庭園の最初のもので、これが西アジアの
バムとその文化的景観(バムトソノブンカテキケイカン)
- ケルマーン
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
パキスタンに近いイラン南東部、イラン高原の南端に広がる砂漠地帯に位置する要塞都市の遺跡。バムの起源は紀元前6~4世紀のアケメネス朝にさかのぼる。交易ルートの要衝として、また絹や綿織物の生産地として知られ、7~11世紀に最盛期を迎えた。オアシスの生活を支えた地下灌漑運河のイランで最も古い部分が残っている。日干し煉瓦と泥を重ねる独特の建築技術で造られた中世要塞都市の代表的な例。2003年にこの地方を襲った大地震によって壊滅状態となった。完全な復元は不可能といわれ、今もなお修復途中にある。
ソルターニーエ(ソルターニーエ)
- ザンジャン
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ソルターニーエはイラン北西部、ザンジャン州にある都市遺跡。13世紀にはモンゴル人が造ったイル・ハーン国の首都だった。1302~12年に建てられたオルジャイトゥの霊廟は遺跡の代表的な建造物で、ペルシア建築と発展途中にあったイスラム建築の秀作。八角形の建物はターコイズブルーの装飾陶器で覆われた高さ50mのドームを戴き、周囲を8本の細いミナレット(礼拝時刻を知らせる塔)で囲まれている。二重外殻ドームは現存するイラン最古のもの。内部の装飾もまた秀逸で、これを見たアメリカの考古学者、A.U.ポープは「タージ・マハル
ビソトゥーン(ビソトゥーン)
- ケルマンシャー
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ビソトゥーンはイラン西部、ケルマンシャー州のザグロス山脈にある山の名。イラン高原とメソポタミアをつなぐ古代の交易ルート上にあり、メディア王国、アケメネス朝、ササン朝ペルシア、イル・ハーン朝に至る先史以前からの遺跡が残っている。紀元前521年、ササン朝ペルシアの王、ダレイオス1世が即位する時に作らせたレリーフと楔形文字の碑銘が、高さ70mの断崖絶壁に刻まれている。レリーフの周りにはダレイオス1世の戦いの様子がエラム語、バビロニア語、古代ペルシア語の3言語で1200行にわたって彫られている。ダレイオス1世の帝
イランのアルメニア修道院群(イランノアルメニアシュウドウイングン)
- タブリーズ
- 社寺・教会・宗教施設
イラン北西部にあるアルメニア正教の3つの修道院。聖タディウス修道院、聖ステファノス修道院、ゾルゾル修道院の聖マリア礼拝堂を指す。聖タディウス修道院は最も古く7世紀に建てられた。いずれの修道院も、建築や装飾からアルメニアの伝統がうかがえる。また、ビザンチン文化やギリシア正教、ペルシア文化など他地域の文化との交流を示す貴重な証でもある。アルメニア文化の中心地の南東の端にこれらの修道院があり、アゼルバイジャンやペルシアへのアルメニア文化の普及にも重要な役割を果たした。何世紀にもわたってアルメニアの伝統を伝え続け
シューシュタルの歴史的水利施設(シューシュタルノレキシテキスイリシセツ)
- アンディメシュク
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
イラン最長の川、カールーン川は水量も豊富で古代から灌漑用水として使われてきた。イラン南西部の川沿いの街、シューシュタルに残る水利施設は紀元前5世紀にササン朝ペルシアのダレイオス1世の時代に造られたもの。カールーン川から引かれた2本の運河の一つギャルギャル運河は、製粉場に通じるトンネルを抜け、今もシューシュタルの街に水を供給している。運河は壮観な崖を成し、そこから水が滝のように落ち下流に流れ、4万haに及ぶ農場や果樹園を潤している。遺跡はサラセル城、水利システムの操作場、水位を測る塔、ダム、橋、ため池、水車
アルダビールのシェイフ・サフィー・ユッディーンの修道院と聖者廟複合体(アルダビールノシェイフサフィーユッディーンノシュウドウイントセイジャビョウフクゴウタイ)
- タブリーズ
- 歴史的建造物
アゼルバイジャンに近いイラン北西部のアルダビールにある、16世紀初めから18世紀末にかけて造られたイスラム神秘主義スーフィーの隠遁所。イランの伝統的なイスラム建築様式を用い、図書館、モスク、学校、聖廟、貯水槽、病院、調理場、パン工房、いくつかの事務所などが、限られた空間を最大限に利用して造られた。。シェイフ(教主)の聖廟に至るルートは、イスラム神秘主義の7つの段階を示す7つの場面に分けられ、8つの心構えを示す8つの扉で区切られる。青を基調にした精緻なタイル装飾を施したファサードや豪華な内装、珍しい骨董品の
タブリーズの歴史的バザール複合体(タブリーズノレキシテキバザールフクゴウタイ)
- タブリーズ
- 歴史的建造物
イラン北西部のタブリーズは古代からさまざまな文化の交差した地であり、この歴史的バザール複合体はシルクロードの最も重要な商業の中心地の一つ。屋根で覆われたアーケードの内部は、煉瓦造りの建物がひとつながりになっており、さまざまな用途の空間から成っていた。隊商が泊まる宿泊施設や公衆浴場もあった。ここは13世紀には既に繁栄し、やがて東アゼルバイジャン州のこの街がサファヴィー王国の首都となった。16世紀には首都としての地位を失ったが、オスマン帝国の拡大とともに18世紀の終わりまで重要な商業の中心地であり続けた。イラ
ペルシャ庭園(ペルシャテイエン)
- シラーズ
- 庭園・植物園・ハーブ園
イラン各地に点在する9つの庭園から成る世界遺産。それぞれの土地の気候に合わせて発展したペルシャ庭園だが、紀元前6世紀のキュロス王時代の原則を受け継いでいる。庭園は、灌漑と鑑賞の両方の役割を持つ水路によって4区画に分割され、エデンの園、ゾロアスター教の天・地・水・植物の4元素を象徴するよう構想されている。紀元前6世紀以降さまざまな時代に造られたが、建造物やパビリオン、張り巡らせた壁、精巧な灌漑システムは共通の特徴。これらは遠くインドやスペインまで、庭園デザインに影響を与えた。9つの庭園は、パサルガダエ庭園、
ゴンバデ・カーブース(ゴンバデカーブース)
- テヘラン
- 墓地・霊園・墓所・廟所
イラン北東部ゴルガンにあるゴンバデ・カーブースは高さ53mの霊廟墓塔。1006年にジヤール朝の君主であり学者でもあったカーブース・ワシュムギールの墓として建てられた。この地は中央アジアの遊牧民族と古代イランの文明が交錯する場所で、14~15世紀にモンゴル人に侵攻されるまで芸術、科学の中心地だった。当時のもので残っているものはこの塔のみ。極めて高い技術力を持ち、その後のイラン、アナトリアから中央アジアの宗教建築に大きな影響を与えた。複雑な幾何学的構造の塔は無釉薬の煉瓦で造られ、直径17~15.5mとやや先細
イスファハンのジャーメ・モスク (イスファハンノジャーメモスク)
- イスファハン
- 歴史的建造物
イラン中部イスファハンの歴史地区にあるジャーメ・モスク(金曜モスク)。841年に建てられたイランで最も古い金曜モスクで、度重なる増改築の結果、構造と意匠に各時代の建築様式が反映されている。特に11~12世紀のセルジューク朝期の大改造時に、ササン朝の宮殿建築の特徴である、中庭を囲み4つの門を互いに向き合わせる〝4イーワーン〟形式が採用されたことで、モスクはイスラム建築の典型となった。二重外殻構造とリブを導入したドーム、鍾乳石状の装飾、アーチネットによるドームの分割なども、イスラム世界で初めて本格的に採用され
ゴレスターン宮殿(ゴレスターンキュウデン)
- テヘラン
- 宮殿
イランの首都テヘランにあるゴレスターン宮殿は、18世紀の建築と技術に伝統的なペルシャ工芸、さらに西洋的な要素を融合させた近世イラン建築の傑作。8つの重要な建築物があり、今は宮殿全体が博物館になっている。オリジナルはサファヴィー朝の時代にの制作。周壁で囲まれた宮殿はテヘランで最も古い建築物で、テヘランを首都に決めたカジャール朝が18世紀末にここを王の邸宅兼執政の場として利用した。池と植栽を特徴とする庭園の周囲に並ぶ建物群の装飾は、19世紀の製作。贅を尽くした宮殿は、今日のイランにおける芸術家や建築家の創作意