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ペチェルスカヤ大修道院(ペチェルスカヤダイシュウドウイン)

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外観(ペチェルスカヤ大修道院)

南スラブ最大の修道院で、キーウ観光最大のスポット。1051年に2人の修道層アントニーとテオドシスが洞窟の上に寺院を建てて以来、種々の建物の建設が続き、16世紀には大修道院(ラーブラ)の称号が付けられた。ソ連時代は博物館になっていたが、現在はロシア正教のウクライナ支部の総本山になっている。修道院は教会や博物館がある丘上の修道院と地下墓地がある丘下の修道院に分かれている。

聖ソフィア寺院(セイソフィアジイン)

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外観(聖ソフィア寺院)

11世紀、ヤロスラフ賢公の時代にその原形が作られた教会。キーウの中心であり、ルーシの主要な教会としての役割を果たした。フレスコ画とモザイクの大半はこの時代のもの。その後何回か破壊と修復を繰り返し、17世紀にほぼ現在のような形になった。内部のフレスコ画やモザイク画は必見。1990年に世界遺産登録。

アンドレイ教会(アンドレイキョウカイ)

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外観(アンドレイ教会)

18世紀半ば、時のロシア女帝エリザベータ1世のキーウ訪問を記念して、イタリアの建築家ラストレッリによって建てられたロシア・バロック建築の教会。1744年の起工式には、女帝自ら礎石を置くセレモニーが行われた。途中のアンドレイ坂は、日中は土産物屋が並び、観光客でにぎわう。2020年末、11年間にわたる修復が完了し、再び内部が公開された。

黄金の門(オウゴンノモン)

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  • 歴史的建造物

11世紀の初めに、キエフ・ルーシのヤロスラフ賢公によって市の正門として造られた門を再建したもの。当時は上部と柱部分が金色に塗られていたのでこの名が付いた。ビザンチン帝国はじめ、各国の大使はこの門をくぐって市内に入った。

キエフの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群及びキエフ・ペチェールシク大修道院(キエフノセイソフィアダイセイドウトカンレンスルシュウドウイングンオヨビキエフペチェールシクダイシュウドウイン)

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外観(キエフの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群及びキエフ・ペチェールシク大修道院)

10世紀末、キエフ公国(キエフ・ルーシ)によってギリシャ正教が国教として公認され、のちにビザンチン様式の教会や修道院が建てられた。そのなかのひとつがドニエプル川岸の丘に立つペチェールスカヤ修道院だ。11世紀に建設され、ロシアへのキリスト教布教の貢献とともに、キエフ公国全盛期の象徴を現代に伝える建造物となった。修道士の住んでいた洞窟の上に2層構成で建てられ、上層の大聖堂は約100mの大鐘楼があり、下層には地下墳墓と修道院がある。クーポラという金色の半球形に作られた天井が特徴的。1990年にウクライナ初の世界遺産として登録された。この一部として、キエフ最古である聖ソフィア大聖堂や、ウクライナの宗教や教育などに大きな影響を与えたというペチェールシク大修道院、ベレストヴォの救世主聖堂も登録されている。

ケルソネソス・タウリケの古代都市とその農業領域(ケルソネソスタウリケノコダイトシトソノノウギョウリョウイキ)

  • セヴァストーポリ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

クリミア半島セヴァストポリ近郊に残る、古代の交易において栄えた都市遺跡と、その周辺の農業領域遺跡。ケルソネソス・タウリケは、紀元前5世紀にドリス人がタウリカ半島(現在のクリミア半島)南西部に築き上げた古代ギリシアの植民都市。ポリス(都市)と、それを支えたホーラ(農業領域)からなり、古代の景観が今もなお残る珍しい例である。ウクライナのポンペイとも呼ばれ、この都市の考古遺跡はウクライナの紙幣の図案にも採用されたことがある。紀元前5世紀~後13世紀の間に作られた直交する街路構造は、現在も市域外含めて400カ所の区画が残り、重要な都市遺構となっている。2000年にわたり、クリミアとスキタイを含むギリシャ北東交易圏の本拠地となっており、地域の中核都市のひとつとして極めて価値が高い。2013年に世界遺産に登録された。

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