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チュニス旧市街(チュニスキュウシガイ)

  • チュニス
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路

チュニジアの首都チュニスの旧市街は、7世紀にアラブ-イスラム都市として始まった。12~16世紀にはチュニスはアラブ世界で最も偉大で裕福な都市のひとつとなった。もとは城壁に囲まれていたが、現在はいくつかの門を残すのみだ。旧市街には宮殿やモスク、霊廟、マラドサ(宗教学校)、噴水など、当時の反映を物語る700に及ぶ貴重なイスラム様式の建物が所狭しと並んでおり、現在も街のランドマークとなっているグランド・モスク(ザイトゥーナ・モスク)やスークとよばれる市場も残されている。

カルタゴ遺跡(カルタゴイセキ)

  • カルタゴ
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

チュニス湾沿いにある都市国家遺跡。紀元前9世紀にフェニキア人によって建設され、紀元前6世紀ごろまでには金や銀、象牙、宝石、アフリカの野生動物などの貿易を独占するまでになった、まさに地中海の覇者であった。3回にわたるポエニ戦争により、紀元前146年にカルタゴは滅亡する。現在残る遺跡は、滅ぼされた後にローマ帝国が再現したもの。ビュルサの丘とよばれる広場が中心で、共同墓地や円形劇場、古代神を祭るトフェとよばれる墓地、教会、住居跡、かつての軍港、アントニヌスの共同浴場、マルガの貯水池などの遺構が残っている。

エル・ジェムの円形闘技場(エルジェムノエンケイトウギジョウ)

  • エルジェム
  • その他建物・史跡

チュニジア南東部のエル・ジェムにある、3万5000人を収容したという北アフリカで最も大きな円形闘技場。形は楕円形で、切石を積み上げて造られた。長軸148m、短軸122mで4階建て、3層のアーケードに囲まれており戦時には要塞としても使われた。地下通路には、剣闘士や囚人、奴隷、猛獣などが自分たちの出番が来るまで待機する部屋があり、地下から猛獣が飛び出す仕掛けに観客は興奮した。アリーナや地下通路はほぼ完全な状態を保つなど、保存状態は良好だ。

イシュケル国立公園(イシュケルコクリツコウエン)

  • チュニス
  • 高原・湿原・森・林・木

チュニジア北部の地中海沿岸に位置し、海とつながる汽水湖であるイシュケル湖を含む湿原。ヨーロッパからやって来るガチョウやガン、オオバンなどの何十万羽もの渡り鳥の越冬地として有名だ。古くからの生態系が保たれており、鳥類だけでなく、タテガミヤマアラシやジャッカル、エジプトマングース、ヤマネコ、ヒキガエル、カナヘビなど約200種類の動物、500種類の植物なども見られる。

ケルクアンの古代カルタゴの町とその墓地遺跡(ケルクアンノコダイカルタゴノマチトソノボチイセキ)

  • ケルクアン
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

海を見下ろすボン岬に位置するフェニキア人が造ったカルタゴ時代の遺跡。ここは紀元前250年の最初のポエニ戦争のとき放棄されたため、チュニスのようにローマ帝国によって再建もされなかった。発見されたのは1952年。フェニキア人によるオリジナルの街としては大変貴重で、非常に良い保存状態であった。街は都市計画に則って構成されていることもわかっており、各住宅には洗面所や風呂もついていて、排水設備も整っていた。街から1km離れた岩山には保存状態のよい共同墓地も発見されており、発掘されていないものも含め墓はおよそ200ある

スース旧市街(スースキュウシガイ)

  • スース
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路

地中海に面し貿易港としてまた軍港としても重要だったスースには、アラブ人のイスラム勢力に征服されたころのイスラム文化の影響が色濃く残る。堅牢な城壁に囲まれた防衛都市で、居住区にはモスクなどが点在する。なかでも最も古いモスク、リバトはビザンチン帝国艦隊の攻撃から街を守るための要塞でもあった。イスラム教徒たちの住まいも兼ねる軍事・宗教の両方の機能を兼ね備えた建物だったが、その後街に城壁ができると、リバトは軍事使用はされなくなり、宗教施設としての役割のみを果たすようになった。

カイルアン(カイルアン)

  • ケロアン
  • 歴史的建造物

チュニジアの中部に位置するマグレブ最古の都市であり、イスラムの聖地として今も多くの巡礼者が訪れる。旧市街は細く曲がりくねった道で4つに分けられた居住区から成り、3kmにわたる城壁で囲まれている。大理石の列柱が並ぶマグレブ最古のグラン・モスク、9世紀に造られたつながった池から成るアグラブ朝の貯水池、グラン・モスクの隣に立つ預言者ムハンマドの同士が眠るシディ・サハブ霊廟などがある。

ドゥッガ/トゥッガ(ドゥッガトゥッガ)

  • チュニス
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

チュニジア西北部の丘の上にあったドゥッガ(古代名トゥッガ)は、ローマ領となる前のヌミディア王国の町のひとつで、王国の最初の首都だったと考えられている。ローマ帝国支配時代に最も繁栄したが、イスラム教徒が侵攻し町は衰退した。75haのエリアにはローマ時代の数多くの遺跡が残るほか、ヌミディア王国時代のものとされる塔状の霊廟もある。ドゥッガでは寺院や公衆浴場、神殿、円形劇場、貯水場などが発掘されている。アフリカに残るローマ遺跡のなかで、規模、保存状態ともにトップクラスの遺跡だ。

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