シリア スポット 検索一覧
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6 件 (1-6件を表示)
古都ダマスクス(コトダマスクス)
- ダマスカス
- 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
紀元前3000年ごろに築かれたダマスクスは世界で最も古い都市の一つ。アフリカとアジアの間、東洋と西洋の交わる地の利から文化と商業の重要な中心地だった。中世には剣やレースなどの工芸品の生産で繁栄。8世紀初めにアッシリアの聖地に建てられたウマイヤ朝のモスクは、ギリシャ正教の教会を大モスクに改築したもので、現存するモスクの中で最古のもの。イスラム教4大聖地の一つで今でも世界中から巡礼の人が訪れる。現在残っている旧市街の壁や砦、モスクや霊廟は中世のものだが、世界遺産に認められた大部分の建築は16世紀にオスマン帝国
古代都市ボスラ(コダイトシボスラ)
- ボスラ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ボスラは首都ダマスカスの南150km、ヨルダンとの国境近くの街。ローマ帝国支配下ではアラビア属州の州都で、メッカに向かう隊商の中継地でもだった。ボスラの名が最初に出てくるのは紀元前14世紀のエジプトのアマルナ文書。やがてナバテア王国の北の中心地になり、西暦106年、ローマ帝国の支配下になった。城壁の中には2世紀のローマ劇場などキリスト教初期の遺跡と、モスクがいくつか残っている。遺跡は玄武岩で造られているため、全体が黒色をしているのが特徴。ローマ、ビザンチン、イスラムの様式を残した都市遺跡として、シリア情勢
パルミラの遺跡(パルミラノイセキ)
- パルミュラ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ダマスカス北東にある砂漠のオアシス、パルミラは紀元1世紀中ごろにローマ帝国のシリア属州として築かれた。ペルシャやインド、中国とローマ帝国を結ぶシルクロードの隊商都市として発展。3世紀にわたり、文化の中心地として多いに繁栄した。パルミラの芸術と建築は、地域の伝統とペルシャの影響を受けつつ、ギリシャ・ローマの技術と融合したもの。18世紀以降の調査で石灰岩で造られた都市の全貌が明らかになった。メインストリートの列柱道路は幅11m、長さ1・2kmにわたって375本の石柱を並べた壮大なもの。その他、凱旋門、ローマ劇
古都アレッポ(コトアレッポ)
- アレッポ
- 歴史的建造物
トルコとの国境近くにあるシリア第2の都市。メソポタミアとヨーロッパを結ぶシルクロードの要衝にあるアレッポは、紀元前2000年ごろから栄え、ヒッタイト、アッシリア、アケメネス朝、ギリシャ、ローマ、ウマイヤ朝、アイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン帝国に統治された痕跡を残している。砦や12世紀の大モスク、16~17世紀のマドラサ(イスラム教の教義を教える学院)、宮殿や邸宅、公共浴場などが現代の建築物と混ざり合うように存在している。街の象徴、高さ50mの丘の上に建つアレッポ城は、12~14世紀はアラブの要塞として
クラック・デ・シュヴァリエとサラディン城(クラックデシュヴァリエトサラディンジョウ)
- ホムス
- 城
シリア北西部に残るこの二つの城は、11~13世紀の十字軍時代の中東の要塞建築の代表作。クラック・デ・シュヴァリエは、1142~1271年にかけてエルサレムの聖ヨハネ騎士団が築き、彼らの本拠地として難攻不落を誇った。13世紀の終わりにマムルーク朝が行った増築も加わり、最も保存状態のいい十字軍の城の一つ(シリア内戦の空爆により、一部が破壊された)。カル-エッサラ・エル-ディン(サラディン城)は、一部廃墟と化しているが、10世紀初めのビザンチン様式に始まり、12世紀のフランク王国の改築、12世紀終わりから13世
シリア北部の古代村落群(シリアホクブノコダイソンラクグン)
- アレッポ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
シリア北西部の広大な石灰岩の山中にある8つの考古学公園に分布する約40の村落群。古代ローマ時代の多神教からビザンチン帝国時代のギリシャ正教会への変遷と、それぞれの時代の農村生活を示す貴重な遺産。1~7世紀にかけて人々が暮らしたが、8~9世紀には放棄された。住居、多神教の神殿、教会、貯水槽や公共浴場などの建築物や景観がよく保存されている。遺跡は水利技術、防護壁、ローマの農地計画、さらにここの人々が農業に非常に熟達していたことを示している。シリア情勢悪化のため、破壊の危機にある。