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サント・ドミンゴ教会(太陽の神殿)(サントドミンゴキョウカイ)

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中央に井戸がある中庭(サント・ドミンゴ教会(太陽の神殿))

インカ帝国時代、政治と宗教の中心である太陽の神殿「コリカンチャ」があった場所。当時この神殿には黄金が満ち光り輝いていたという。征服者は黄金を全て持ち去った後、石積土台だけを残し、この教会を建てた。今ではその土台の部分からかつての栄華を想像するしかない。

サクサイワマン城塞(サクサイワマンジョウサイ)

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遺跡はクスコ市街を見下ろす高台にある(サクサイワマン城塞)

クスコ市街を見下す丘の上に、巨石で構築された城塞跡。3層からなる巨石層は22回のジグザグを描きながら360mも続き、中には推定360トンの巨石もある。1536年5月、インカ帝国と征服者の最初の戦場になった。広場では毎年6月24日に、太陽の祭りインティ・ライミが行われる。

タンボ・マチャイ(タンボマチャイ)

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今も水が湧いている「聖なる泉」(タンボ・マチャイ)

クスコの北にあるインカ時代の沐浴場。4段からなる石壁から2本の水流が下の石桶に小滝のように落下する。豊かな湧き水の量は年中変らないが、水源は不明。水神の祭礼場でもあった。

クスコ市街(クスコシガイ)

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盆地に広がるクスコ市街(クスコ市街)

インカ帝国の首都として栄えたクスコは、アンデス地方の言葉で「へそ」を意味するように、ペルー南部、アンデス東山脈と中央山脈の谷間に位置する。11~12世紀、標高3400mの高地に街は建設された。クスコの絶頂期は15世紀。9代皇帝パチャクテクの時代である。この時期に、市街整備が進められ、黄金に彩られた宮殿や神殿が建ち並び、大帝国の首都は栄華を極めた。1533年スペイン人フランシスコ・ピサロがこの地を占領すると、インカ帝国は崩壊へと向かう。神々に捧げられた黄金は略奪され、宮殿や神殿は破壊されたが、精巧かつ堅牢な

アルマス広場(アルマスヒロバ)

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クスコ旧市街の中心となる広場(アルマス広場)

クスコを占領したスペインは、町の中心にアルマス広場とそれに面して教会(カテドラル)を作り、そこから町づくりを始めた。もともとここにはインカ帝国時代から2つの中心広場があり、それをつなげてアルマス広場が造られた。カテドラルや教会、旅行会社やレストランなどが並び、現在は観光客が集まる場所になっている。

カテドラル(カテドラル)

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完成には100年を要したという堂々たる姿(カテドラル)

インカ帝国時代のピコラチャ宮殿を取り壊して建てられた聖堂。1550年に建設が始まり、完成したのはその100年後だった。内部にある祭壇画のうち特に目を引くのは「最後の晩餐」で、ペルーの伝統料理であるクイ(テンジクネズミ)を聖人たちが囲んでいるという、ペルーならではのもの。

12角の石(ジュウニカクノイシ)

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12角の石は通りの中ほどにある(12角の石)

宗教美術博物館の外壁に埋め込まれた12の角を持つ石。もともとインカの宮殿の一部だった。複雑な形の石を積み上げ、しかもビッタリと組み合わせているところに、インカの加工技術の高さを示している。

モライ遺跡(モライイセキ)

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円形の段々畑がある(モライ遺跡)

「モライ」とはケチュア語で「丸く凹んだ場所」という意味。円形状のアンデネス(段々畑)が広がっており、各段は人の背丈よりも高い。縁の深さは100mあり、インカ人たちは底部と上部の温度差を利用して、農業栽培の試験をしていたという。

マラスの塩田(マラスノエンデン)

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谷の斜面を利用して塩田が続く(マラスの塩田)

インカの時代から続く、標高3000mの場所にある塩田。塩を含んだ温水を棚田に溜めて太陽熱で蒸発させ、塩の結晶を採取している場所だ。ただし塩田に白い塩の結晶が見られるのは、乾季(4〜9月)のみ。

マヌー国立公園(マヌーコクリツコウエン)

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アマゾンの熱帯雨林が広がる(マヌー国立公園)

アマゾン川の源流のひとつ、マヌー川流域に広がる国立公園。熱帯雨林のジャングルから、標高が高い山脈までバラエティに富んだ地形で、固有の多くの動植物が観察できる。観光シーズンは7〜8月の乾季。1987年に世界自然遺産に登録。

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