アルジェリア スポット 検索一覧
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7 件 (1-7件を表示)
ベニ・ハンマド要塞(ベニハンマドヨウサイ)
- セティフ
- 歴史的建造物
ベニ・ハンマド要塞はアルジェリアの中北部、ムシラの北東36kmの高地にある考古学的に貴重な遺跡。11世紀の初めハンマド王朝によって造られ、他民族の侵攻のため1090年に放棄された。ハンマド王朝の最初の首都としてイスラム文化の栄華を誇った。部分的になくなっているところもあるが7kmの壁に囲まれた要塞の中には、当時最大級だったモスクやミナレット(礼拝時刻を知らせる塔)、宮殿などたくさんの遺跡が残る。高さ25mのミナレットは3層構造で、その後各地に造られたミナレットの原型になった。要塞の美しい精緻な装飾や独自の
タッシリ・ナジェール(タッシリナジェール)
- ワルグラ
- その他自然景観
リビア、ニジェール、マリの国境に近いアルジェリア南東部の7万2000平方kmにもおよぶ広大な台地。紀元前1万年から紀元後数世紀にかけてこの地に暮らした人々の岩絵や住居跡などが残る。1933年に発見された岩絵は1万5000点以上にものぼる。岩絵には気候の変動や野生動物の変化など、人々が自然とどう向き合って生きてきたかが表現されている。また、ロック・フォレスト(岩の森)といわれる数々の砂岩のある光景はさながら月にいるかのようで、地質学的にも興味深い。砂岩の堆積物を調べると、水に浸食され風に削られてこの台地ができてき
ムザブの谷(ムザブノタニ)
- ガルダイア
- 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
アルジェの南約600km、サハラ砂漠の枯れ谷にある5つの街の建築群。異端視された「イスラム清教徒」ムザブ人が11世紀初めにこの地に住み着き、以来、当時と同じ生活様式、同じ建築技術を守り暮らしている。その背景には、厳しい自然環境に適応し、結束して自分たちを守る必要があった。小さな砦のような家々は壁で囲まれ、街の中心にはモスクやミナレット(礼拝時刻を知らせる塔)がある。他民族から攻撃された時、モスクは兵器や食料を備蓄する要塞でもあった。モスクを中心に四角い箱のような家々が円を描くように建ち並び、独自の建築美を
ジェミラ(ジェミラ)
- セティフ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
セティフの北東50km、標高900mの山肌ににジェミラの遺跡がある。1世紀、ローマ皇帝ネロウァの時代に造られた街で、かつてクイクルの名で知られた。ローマ帝国の並外れた技術の高さがうかがえ、その建築は北アフリカの花とたたえられる。山の間に造られた街には元老院や広場などがあり、3世紀の初めには、さらにセプティミウス・セウェルスの神殿やカラカラ帝の凱旋門、市場やバシリカが造られた。神話の世界や日常の場面を表した優雅なモザイク装飾が今も残り、かつてローマ帝国の美しい文化がここにあったことをうかがわせる。ローマ帝国
ティパサ(ティパサ)
- アルジェ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
アルジェの西70kmの地中海沿いにあるティパサ遺跡は、2つの考古遺跡とモーリタニア王家の墓からなる。紀元前6世紀からカルタゴの地中海貿易の要衝として栄えていた。2世紀にローマ帝国に征服されてからも発展を続け、その後モーリタニア王家の重要拠点となった。ローマ時代の3世紀から4世紀にかけてキリスト教徒が急増し、美しいモザイク模様で装飾されたバシリカや聖堂などがたくさん造られた。その後ヴァンダル族やビザンチン帝国に征服され、6世紀ごろには歴史から姿を消した。荒廃が進んだ遺跡の中に、かつの繁栄の痕跡が残っている。
ティムガッド(ティムガッド)
- コンスタンティーヌ
- 遺跡・史跡・旧跡・城址
ティムガッドはコンスタンティーヌの南110km、オーレス山地の北側にあるローマ帝国の植民都市の遺跡。西暦100年にトラヤヌス帝がローマ軍の居留地としてここに都市を造った。2本の幹線道路がまっすぐ通り、碁盤の目のように整備された街は、ローマ帝国の都市計画レベルの高さがうかがえる。他民族の侵攻で8世紀ごろには人無住となった。1881年に発掘されるまで砂に埋もれていたため、良好な状態が保たれた。トラヤヌス帝の凱旋門、14の公衆浴場、劇場、均等に揃えられた住居、上下水道システムなど、そのクオリティの高さがうかがえ
アルジェのカスバ(アルジェノカスバ)
- アルジェ
- 繁華街・町並み・散歩道・観光道路
アルジェの旧市街、アラビア語で要塞を意味するカスバは地中海の海岸近くにあるイスラムの街。紀元前6世紀、この地でフェニキア人が交易を始めたころには人々が住んでいたが、街を守る城壁がつくられたのはオスマン帝国が栄えた16世紀のこと。今も5万人近くの人々が暮らし、独特の伝統的な家々、トルコ式の浴場、スーク(市場)、古いモスク、オスマン帝国の時代の宮殿などが残っている。起伏の激しい土地のため急勾配のところでは路地は階段状になっており、建物はお互いを支え合うよう工夫が凝らされ密集して建っている。昔からのスタイルと、