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シミエン国立公園(シミエンコクリツコウエン)

  • ゴンダール
  • 国立公園

シミエン国立公園はエチオピア北西部、シミエン山地の西にある。とがった山頂、深い谷、時には1500mの高低差のある切り立った断崖など、何千年もの年月をかけて浸食されてできた壮観な景観が広がる。厳しい自然環境の下、独自の進化を遂げた動植物が生存している。ワリアアイベックス(ヤギの仲間)やゲラダヒヒ、エチオピアウルフなど、ここにしかいない希少動物や絶滅危惧種も生息しているが、同時に2000年も前から農業が営まれていた。現在、急速な人口増加と開発、民族紛争のあおりもあり、公園存続のための国際機関の関与が求められて

ラリベラの岩窟教会群(ラリベラノガンクツキョウカイグン)

  • ラリベラ
  • 社寺・教会・宗教施設
ラリベラの岩窟教会群(ラリベラの岩窟教会群)

エチオピア中心部の山地にあるキリスト教の教会群。12世紀、第2のエルサレムをと考えた、サグウェ朝のラリベラ王によって、ヨルダン川の両岸に一枚岩をくり抜いて造られた。川の北側にはゴルゴダ・ミカエル教会、聖マリア教会など、川の南側にはエマニュエル教会、ガブリエル・ラファエル教会など11の教会がある。11番目の聖ギョルギス教会は巨大な十字架を象った独創的な建築。イスラム教国に囲まれたエチオピアのキリスト教信者は、異教徒の襲撃を避けるために、このような教会を造ったという。ラリベラはエチオピアのキリスト教にとって崇

ファジル・ゲビ、ゴンダール地域(ファジルゲビゴンダールチイキ)

  • ゴンダール
  • 歴史的建造物

標高2000mのエチオピア高原北部に位置するゴンダールにある。13~17世紀までエチオピアの支配者たちは定住地を持たずキャンプのように移動するのが常だったが、16~17世紀、エチオピア皇帝ファシリデスは要塞のような都市ファジル・ゲビを定住地と定めた。全長900mもの城壁に囲まれた中に、宮殿や教会、修道院、公共の建物や人々の家々などが建てられた。当初はヒンズーとアラブの影響を強く受けていたが、やがてゴンダールにやってきたイエズス会の伝道師がインドからもたらしたバロックスタイルに変わっていった。こうして生まれ

アワッシュ川下流域(アワッシュガワカリュウイキ)

  • アジスアベバ
  • 川・滝・湧水・渓谷

アワッシュ川下流域はアジスアベバから北東に300km、アファール低地の西にあり、150平方kmもの広範囲にわたる。人類の進化を研究する上で最も重要な場所の一つ。ここで発掘された最古の化石は400万年以上前のもので、それまでの人類の歴史の概念を覆すものだった。最も素晴らしい発見は1974年の、52の骨のかけら。320万年前の猿人アウストラロピテクス・アファレンシスの骨で、その骨はルーシーと名付けられ、世界に知れ渡った。こうした発見からエチオピアは人類発祥の地ともいわれる。

ティヤ(ティヤ)

  • アジスアベバ
  • 石・奇岩

アジスアベバの南、ソッド地方で発見された謎の石碑群。一枚岩を1~5mの大きさに削り出したもので、人間のような形、半円状、円錐形、シンプルな一枚岩など、形はいくつかの種類に分類できる。北のほうでは剣の形や謎めいたシンボルが彫られたものもある。中でも貴重な約160の石碑がティヤ周辺にあり、その中の36の石碑が世界遺産に登録された。32の石碑にはぼんやりと何かが彫られているのがわかるが、ほとんどが判読不能。年代も正確にはわからない古代エチオピアの巨石文化を知る貴重な遺産。

アクスム(アクスム)

  • アクスム
  • 遺跡・史跡・旧跡・城址

エチオピアの北の国境付近で発見された古代アクスムの都市遺跡。アクスムは東ローマ帝国とペルシャの間で最も強大な力を持つ王国で、古代エチオピアの中心地だった。1~13世紀の大規模な遺跡で、巨大なオベリスク、大きな石碑、王墓や古代の城の跡が残る。石碑は3~4世紀のもので、最も高いオベリスクは23m以上、優美な彫刻が施されている。いちばん大きいオベリスクは33mあるが横になっている。おそらく建設途中で倒れたと思われる。4世紀にはキリスト教が入り、シオン聖メアリー教会のような教会が建てられた。17世紀に建て直された

オモ川下流域(オモカワカリュウイキ)

  • アジスアベバ
  • 川・滝・湧水・渓谷

エチオピア南西部を流れるオモ川がトゥルカナ湖に流れ込む下流域。ここの堆積層からは、ホモ・サピエンスを含む先史時代の人類や動物の化石が大量に発掘されており、人類の進化を研究する上で非常に重要な場所となっている。とりわけホモ・グラシリスが使用した石器類の発見は特筆すべき。この地が他と異なるのは、何千年にもわたり、ごく狭い地域に多種類の人類が生息していたこと。現生人類に直結する種類だけでなく、枝分かれして絶滅した種類も含め、さまざまな時代の化石人骨がたくさん出土しており、学術的に極めて重要な一帯となっている。

ハラール・ジャゴル要塞歴史都市(ハラールジャゴルヨウサイレキシトシ)

  • アジスアベバ
  • 繁華街・町並み・散歩道・観光道路

ハラール・ジャゴル要塞歴史都市は、エチオピア東部、砂漠とサバンナに囲まれた深い渓谷の中の台地にある。イスラム第4の聖地であるこの街は、13~16世紀に建てられたジャゴルと呼ばれる城壁に囲まれており、10世紀に建てられた3つのモスクを含む82のモスクと、102の霊廟が建つ。ハラリ王国の首都となった16世紀に現在の姿となった。都市計画をはじめ、アフリカやイスラムの伝統文化の影響を受けた建造物や、19世紀にインド商人たちが建てた家屋にはハラール固有の特徴が顕著に現れており、質の高い手工芸や家屋の内装などにも、ハ

コンソの文化的景観(コンソノブンカテキケイカン)

  • アジスアベバ
  • その他建物・史跡

エチオピア南部、乾燥したコンソ高原に広がるコンソの文化的景観は、石垣を組み上げた段々畑と要塞のような集落から成る。21世代、400年以上の歴史を持ち、乾燥した厳しい環境に順応しながら伝統文化を受け継いできた。農耕を中心とする昔ながらのコンソの人々の暮らしぶりからは、コミュニティで共通の価値観を持ち、社会的に結束し、土木知識があることがうかがえる。また、コミュニティで尊敬されていた人物や英雄が亡くなると、木像をつくってあがめる葬儀の習俗があり、消滅の危機に瀕してはいるがかろうじて残っている。集落にある石碑は

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