JTB交流文化賞 Multicultural Communication
JTB地域交流トップページ
JTB交流文化賞
交流文化が広げる未来
第2回 JTB交流文化賞 受賞作品紹介
交流文化体験賞
優秀賞
ベドウィンの教え
渡辺 伸悟
  1 | 2 | 3

4 ベドウィンの教え、サラの教え
  サラは、ベドウィン族というアラブ系遊牧民族で、地元の有力者だった父親の跡を継いで、ここエルマルガでホテルオーナーをしているらしい。気さくな人柄で、日本語はあまり出来ないし、英語も上手なほうではないけれど、笑顔が優しくて、宿泊に来たバックパッカーとすぐに仲良くなってしまう、そんな人物だ。
  「俺はモテるからさ、いろんな国に彼女がいるんだ。うらやましいだろう?」
ということらしく、その中には日本人もいるらしいから、たいしたものだと思う。ただ、その彼女達にメールを送るのに、英語を書くのは不得意だからということで、なぜか僕がメールを打つ羽目に…。
  山の夜は早く、僕らが夕食を終えて宿に戻ると辺りはすっかり暗くなっていて、街にはイスラム教のコーランの声と、野犬と思しきうなり声が聞こえるだけ。照明はほとんどないので、頼りは月明かりばかり。月がこんなに明るいなんて、初めて知った。そんな夜、サラは僕らの部屋にやってきて、
  「ちょっと、外に出てこないか。月が綺麗だから」と言った。時刻は22時。
  「明日は、日の出を見に2時には起きる予定だから、早めに寝ようと思っています」とIさんが言っても、
  「聞かせたい物語がある。俺たちベドウィンの民の教えなんだ」と引き下がらない。
  「…わかったよ。付き合うよ」と、最初は諦めがちにサラについて外に出たのだが、この話は、今でも僕の心に深く残っている。少し長いが、ぜひ読んでいただきたい。

男がいた。
男は、ある女性をとても愛していた。
女性も男を愛していた。

男は父親に、女性と結婚したいと伝えた。
父親は、
  「お前はまだ16歳だから、17歳になったら許可しよう」と言った。
2人は待った。
そして1年後。男は父親に言った。
  「父さん、1年待ちました。彼女との結婚を許可して下さい」
  「許可しよう。だが、条件がある。これから一年間、お前は新しく妻になる女性のもとを一日30分以上、離れてはならん」
男は約束どおり、一日30分以上妻のもとを離れなかった。

そして1年後、父親は言った。
  「ラクダ3頭をもっと増やして来い。稼ぐまで帰ってきてはならん」
男はラクダ3頭と身1つで、砂漠を歩いた。来る日も、来る日も。

食料も尽き、体力の限界に達していた男の目に、オアシスが見えた。
男はそのオアシスで一人の男に出会った。
オアシスの男は言った。
  「幸せに暮らすための方法がある。カンタンだ。お前はそれを知りたいか」と。
男は、知りたい、と答えた。オアシスの男は言った。
  「じゃあ、そのラクダ3頭を渡してくれ。そうしたら教えよう」
男はしばらく悩み、そしてラクダを男に渡した。

オアシスの男は言った。
  「次の三つの教えをいかなるときも守ること。そうすればお前は幸せになる」


1、 夜中に砂漠を歩かないこと。
2、 大雨で谷が水で溢れても、その深さを確かめようとしないこと。
3、 血に汚れた手で愛する人の隣に寝ないこと。

ラクダを失った男は、その言葉だけを胸に秘めて、さらに歩いた。
そして、ある大きな街を見つけた。その街で仕事を探していると、ある仕事が見つかった。主人は言った。
  「お前に仕事をやろう。ただし20年働くのだ」
男にとって、20年は長かった。愛する妻や家族と離ればなれの20年。
しかし、働けばまたラクダが手に入る。父親からラクダを増やして帰って来いと言われている。何も持たない男は働くしかなかった。

そして、20年の月日が流れた。
男はラクダを5頭手に入れた。たったの5頭だった。
そして、家路を辿り始めた。
途中で、男は、1人の金持ちと出会った。金持ちは25頭のラクダを引き連れていた。
2人は一緒に旅をした。

ある夜、急いでいたのか、金持ちはさらに歩こうとした。
続こうとした男は、オアシスの男の教えを思い出した。


1、夜中に砂漠を歩かないこと。

男はそこにとどまることを金持ちに告げた。翌朝、男は、今にも死にそうな表情で苦しんでいる金持ちに出会った。
  「サソリに噛まれてしまった。私はもう死ぬ。君にこのラクダをあげよう」
金持ちはそういうと息絶えた。

男は30頭のラクダを引き連れて歩いていた。
すると、70頭のラクダを連れて歩く金持ちに出会った。
金持ちと男はしばらく旅をした。
ある夜、激しい雨が降って、谷が水で溢れてしまった。
男は、オアシスの男の教えを思い出した。


2、大雨で谷が水で溢れても、その深さを確かめようとしないこと。

男は明日になれば水が引くと告げ、そこにとどまると金持ちに告げた。
金持ちは、
  「私は急いでいるのだ。もしかしたら浅いかもしれない」
そういうと谷に飛びこんだ。
すると急流が金持ちを襲い、金持ちは今にも流されそうになった。
金持ちは言った。
  「私はもう死ぬだろう。そのラクダを君にあげよう」
そして金持ちは流された。

男は100頭のラクダを手に入れた。
そして、長い旅路の末、20年の時を経て、
3頭のラクダを100頭に増やして帰ってきた。
喜び家に入った男は、
最愛の妻の隣に1人の男が寝ているのを見つけた。

男は怒り狂ってナイフを取り出し、その男を殺そうとした。
そのとき、男はオアシスの男の言葉を思い出した。


3、血に汚れた手で愛する人の隣に寝ないこと。

男は、ナイフを捨て、途方に暮れて妻を見つめていた。
すると、妻がゆっくりと起き上がり男に告げた。

 「おかえりなさい。この子はあなたの息子よ」と…。

サラが話し終えたとき、一体どのくらいの時間が経っていたのか僕らには分からなかった。ただ、深遠なるこの物語の世界に引き込まれていたことは確かだった。

サラは言った。
  「ベドウィンの教え。この話は沢山のことを俺達に教えてくれる」と。

父親の言うことを聞くこと。
家族を大切にし、愛し続けること。
忍耐強く生きること。
信じること。
  「最後まで聞いてくれてありがとう」
サラは、満面の笑顔でそう言った。ありがとうと言いたいのはこっちのほうだ。
  「サラ、ありがとう。うまく言葉に出来ないけど、とても良かった。この話を聞けて本当に良かった」
僕らは、明日の朝のことも忘れて聞き入っていた。
  「この話のためにエジプトに来たと言ってもいいくらいだと思う」
Iさんは、しきりにそう言っていた。同感だ。

 もう少し、サラの話をしよう。
  サラの口ぐせは、「Life is not money」だ。僕らを宿に勧誘するときもそう言っていた。ただそれだけ聞いたのなら、単なるぼったくり宿のオーナーの戯言だと受け止めたに違いない。この「ベドウィンの教え」を聞いた後だからこそ、なぜ彼が「Life is not money」を信条にしているかを知りたいと思って聞いてみた。
  「サラ、どうして『Life is not money』だと思うようになったの?」 「シンゴ、君が15EP払ったのは、寝る場所とインターネットとトイレとシャワーと安全のためだ。違うかい?」
  「そうだけど」
  「安いと思う?」
  「安いと思うよ。この辺りにはホテルが少ないしね」
  「だろ?でも俺はそれでいいんだよ。君らが俺のためにメールを書いてくれたこと、俺の話を聞いてくれたこと、こうやってお茶を飲みながら他愛もない会話をしていること。全部、大切な瞬間だ。そしてこれは、俺と、お前がいなきゃ成り立たないんだ。わかるか?人生は金で買えるものと買えないものがある。俺とお前の今は、金じゃ買えない。俺は、金で買えないものこそ大切にしたい。だから、『Life is not money』なんだ」
  「…それも、ベドウィンの教え?」
  「いや、サラの教え、かな?」


<< 前のページへ >> 次のページへ

※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。