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土松 真理子

彼女の家では、お母さんが手作りの麺やご馳走を作って待っていてくれた。麺は二人の末永い幸せを祈って食べる縁起物だ。木木は真っ赤な漢族風のドレスや髪飾りがとてもよく似合っている。家族や友だちに囲まれながらも、
「ママ手作りの麺を食べてね。美味しいよ。」
「こっちで一緒に写真を撮りましょう。」
と、相変わらず周りに気を配っている。
そこに、新郎が付き添いの友人達とお嫁さんを迎えに来たが、そう簡単にはいかない。新婦の友人達が入り口に立ち塞がり、
「木木には会えないわよ。本当に愛しているなら、態度で示してよ。」
というと、新郎は用意していた赤いご祝儀袋(紅包)をいくつも渡す。たくさんのお金を配ると、やっと新婦の部屋まで通してもらえる。さらに、「お嫁さんの靴を探して。」とか、「彼女への愛を歌と踊りで見せて。」「愛してるって叫んで。」なんて無理難題にも、新郎は言われるがままに笑顔でやりとげ、やっとお嫁さんを迎えて、出発できることとなる。ぽっちゃり可愛い木木は、小柄だが消防士をしているたくましい新郎に背負われて、マンションの七階から階段で下りて行くのだった。木木はこの日のためにかなりダイエットしたと言っていたのだが…。新郎新婦、家族、友人達も大爆笑、汗をかいての愉快なお迎えだ。
さて次は二人の新居のお披露目である。中国では男性が家を買わないと結婚ができないと聞いたことがある。親の財力が問われることだろう。かなり広い二人のマンションは、木木好みのピンクの花柄でロマンチックに内装されていた。ベッドやテーブルにはバラの花びらが撒かれているというお姫様待遇である。その徹底ぶりにちょっぴり笑えてしまう。
その場で、友人代表としてお祝いの言葉を言うように促され、しどろもどろの中国語で挨拶をすると、木木はかつて一緒に勉強した時のように、手をたたいて誉めてくれた。
昼も近くなり、いよいよ参加者一同は花やリボンで飾られた高級車を連ねて、結婚式場入りである。ホテルに着くと、何千発の爆竹が一斉になり、みんなの気持ちもますます高まる。朝からここまでは、日本とは違う異文化を味わい、楽しませてもらった。
ホテルでの結婚式では、新婦は真っ白いウエディングドレスに着替えていた。日本と同様の立派なウエディングケーキもあり、お酒も振る舞われた。想像していたイスラム教色は薄く、グローバル化されていることを感じた。式の間は異国にいることをしばし忘れ、言葉の壁も文化の違いも感じず、ただ二人の幸せな笑顔に見入り、嬉しくて涙がこぼれた。
短い滞在にも関わらず、結婚式や宴会の合間には、銀川の観光も用意していてくれた。
市内には回族のイスラム文化を紹介する博物館があり、タジマハールを模した建物やモスクを見学した。女性はスカーフのようなもので髪を包み、男性は白い帽子をかぶる。見学者の私たちには、入り口のお姉さんが身に付けてくれた。新郎新婦の一家は普段身に付けていないが、市内ではよく見かける服装だ。自分たちで選択できるような宗教の緩やかさがあるのだろう。

また、銀川郊外には「東方のピラミッド」と呼ばれる西夏王陵がある。独特の文化、文字を育んだ西夏王朝の皇帝達の墓である。市街地から車で一時間もかからないのに、あたりは荒涼とした茶色一色の砂漠の中。市街地は穏やかな天気だったのが、夕刻には立っているのがやっとの砂嵐となった。王陵は、建設当時は八角形の塔であったらしいが、すっかり風化して、今は大地にそびえる巨大な蟻塚のようになり、風の中にどっしりと立っていた。シルクロードの入り口として栄え、それ故に戦にも幾度と巻き込まれ、繁栄と滅亡が繰り返されたこの地の歴史を、砂嵐の中で体感することができた。出発前に井上靖氏の「敦煌」を読み返したが、やはりその場に立ってこそ感じられるのが旅の醍醐味だ。
滞在中の四度の宴席では、中国流に次々にお酒を注いで回り、乾杯の連続であった。私たち夫婦は片言の中国語で、精いっぱいのお祝いと、おもてなしへの感謝を伝えた。どれぐらい言葉が通じているのかは不安だけれど、何度も繰り返される握手の力強さと、優しくハグしてくれるぬくもりは本物だ。天津で出会い、日本で繋いだ絆を、遠く離れた銀川で確かめ合うことができた、忘れられない旅となった。
最近、近所の中国人から、「熱心腸(ルァシンチャン)」という中国の言葉を教えてもらった。心が温かく親切で、相手のことを自分のことのように世話をすることを指すという。
「日本人は礼儀正しく、みんな親切です。でも、友達になっても遠慮がちな人も多いと思います。一度親しくなれば心の距離はうんと短くなってしまう、そんな人のことを中国では「熱心腸」というのです。」
銀川で、熱意あふれるおもてなしをしてくれた木木やそのご家族と過ごした四日間を思い出しながら、私は大きくうなずいた。
退職の日に届いた真っ赤な招待状は、私にたくさんのことを教えてくれた。もう会えないと思った友人にもたった数時間でハグし合えることを。中国だから、イスラム教だからと、一面的に思い込んではいけないことを。互いの幸せを思う心に、国境はないことを。
そして、私に新しい人生の羅針盤を与えてくれた。時間的なゆとりのできたこれからは、会いたかった人に会いに行こう。行ってみたかった場所に出かけてみよう。「熱心腸」の人となって、自分から絆を紡いでいこう。
やりたいことが次々に浮かんでくる。
早期退職した筆者のもとに結婚式の真っ赤な招待状が届く。8年前に滞在した天津で出会った女性だった。シルクロードの入口、銀川での興味深い結婚式。退職後の生活に意欲を取り戻していく。
タイトルから惹きつけられた。退職した女性が現地の結婚式を体験するという話の内容も良かったが、文章表現も素晴らしい。
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