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大塚 さゆり

軽食ではあったが、若干ぎこちない初対面の場を和ますには充分で、皆で美味しいと頬張りながら会話も弾んだ。今回の卒業旅行のこと、大学や就職のこと、色々な話で盛り上がったが、話題の中心は当然軍隊生活。中でも訓練に関することに集中した。
重さ30キロの装備で、片道40〜50キロの山道を夜歩く‘夜間行軍’では、足の裏の皮がずる剥けになり、催涙ガスを充満させた部屋に入り、出ていいと言われるまで耐える‘化生放訓練’では、涙・鼻水・よだれがとめどなく流れ、その苦しさは筆舌に尽くしがたいと言う。
他にも想像を絶するような訓練が数え切れないほどあり、聞いているだけで自分の体が痛む錯覚すら覚えるほどだ。
「すみません、軍隊の話ばかりでつまらないでしょう?」
キム君がはっと我に返り、女子たちに聞いた。
「いいえ!私、軍隊の話を聞くのが好きなんです」
私は身を乗り出してそう言い、続けて、
「よく韓国女子は、軍隊の話が嫌いって言いますよね。女の子たちが嫌いな話が3つあって、1つは軍隊の話、2つ目がサッカーの話、3つ目が軍隊でサッカーする話だって、冗談で言うって聞きました」
と言うと、キム君とホダム君の目が驚きで丸くなった。
「わ!どこで聞いたんですか?女性が軍隊の話を嫌がるのは、たぶん、経験しないから理解できないし、聞いてて退屈だからじゃないかな」
「それと、同病相憐れむって感じで傷の舐めあいに見えて嫌なのかも。でも、そうは言っても語らずにはいられないよな!」
と2人が言うのを聞いて、私は急に申し訳なくなった。いくら興味深いとは言え、外国人の私が軍隊の話が好きだなんて言ったら、嫌な気持ちにならないか。彼らは遊びでここにいるのではなく、人生の、それも最も輝かしい時期の価値ある2年を国に捧げ、厳しい訓練を受けているのだ。「他人事だから面白そうに聞こえるんだ!」内心そう思っているのではとしゅんとする私に、ホダム君は、
「日本人はやっぱり真面目だなぁ」
と独り言を呟くように言い、キム君は微笑みながら首を横に振り、
「興味を持って聞いてくれるだけでも、僕らの苦労は報われます」
と否定してくれた。その言葉に私も救われる思いだった。

食事をしながら1つ気になったことがあった。キム君がツナ海苔巻きをリクエストしたことだ。韓国でとてもポピュラーな食べ物なので軍でも支給されるのではと思い聞いてみると、部隊によって差はあるが、ここでは出されないとのこと。
「ハンバーガーは出るんですけどね。‘グンデリア’って僕らは呼んでますけど」
「グンデリア!懐かしい!」
と、ホダム君が笑いながら言った。首を傾げる女子たちに、キム君がこう説明してくれた。
「ほら、ハンバーガーチェーンて言ったら韓国じゃロッテリアでしょ?グンデ(軍隊)で食べるハンバーガーだからグンデリア」
なるほど!やはりネーミングセンスが素晴らしい。
以前私が聞いて驚いたのは‘ポグリ’だ。ポグリはネーミングもさることながら食べ方も独特。軍隊で鍋や皿を自由に使えないことから考えられた食べ方らしいのだが、ラーメンの袋を開け、そのままそこに粉スープと熱湯を注ぎ、袋の口を割りばしで挟んで5分ほど待って食べるのだ。‘ぐつぐつ’を韓国語で‘뽀글뽀글’(ポグルポグル)と言い、‘ポグル’を名詞形にして‘ポグリ’となったらしい。なんともユニークで可愛くないか!そう熱っぽく語ったところ、男子2人はもはや驚きを越して言葉を失っていた。
「さゆり、もしかして軍隊行って来たんじゃないの?!」
というジウンの発言に、一同大爆笑だった。
午後4時頃、私たちは部隊を後にした。白い壁の部屋では軍服が浮いて見えるほどだったが、大きなゲートの凶暴に尖る鉄柵だとか門番の軍人が持つ銃を見て、やはりここは軍隊なんだと実感した。
キム君と握手を交わし、別れを惜しみつつタクシーに乗り込む。キム君は涙ぐみながらいつまでも手を振ってくれた。その涙が、辛い軍隊生活を代弁しているかのようだった。
「キム君泣いてたね」
と言うと、皆は「うん」とだけ言って無言になった。
私が兵役に関心があるのは、‘日本にはない制度だから’と言う単純な理由からではない。かつて朝鮮半島を支配した日本の国民として、考えるところがあるからだ。
第二次世界大戦が終結すると同時に朝鮮半島は日本から開放され、動乱の中、アメリカが管轄する資本主義国家韓国と、ソ連が管轄する共産主義国家北朝鮮とに引き裂かれた。もし日本の占領が無かったら、南と北は分断の運命を辿っていただろうか。それは神のみぞ知ることだが、日本が朝鮮半島の運命に大きく関わったのは紛れも無い事実だ。
‘近くて遠い国’と言われるほど、日本と韓国はまだまだ敏感で微妙な関係にあるが、キム君が「興味を持って聞いてくれるだけで報われる」と言ってくれたように、まずお互いを知ろうとする努力が何よりも大事ではないか。個人でできることは限られているが、国民1人1人の力が結局国を動かすのだから。
旅行から無事戻り、帰国する1週間ぐらい前に、ジウンとジンシンが送別会を開いてくれた。その時、プレゼントと共にハート型のメモ帳をくれたのだが、開いてみると、旅の仲間たちが、旅行中の思い出と共に私へのメッセージを綴ったものだった。バスの中で一生懸命書いていたのはこれだったのかと、小説の伏線が繋がった時のような驚きだった。
最後のページにはこう書かれていた。
“しかし、私たちの旅は終わらなかった。”
そう、まだ旅は終わっていない。近くて本当に近い日本と韓国になるまで。
ソウル大学に留学していた筆者が出かけた卒業旅行。今回の旅の大きな目的は、同級生の友人で現在軍役中のキム君と面会することだった。現役軍人との会話から、日本と韓国の今後のためにもお互いのことを知ろうとする努力が大切であると感じた筆者。
兵役に関心を持ったことから、実際に韓国を訪問するという行動に結びつけている行動力が素晴らしい。またそんな旅の目的の斬新さが良い。若い世代の社会的成長と将来性が感じられる。
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