JTB交流文化賞 Multicultural Communication
JTB地域交流トップページ
JTB交流文化賞
交流文化が広げる未来
第5回 JTB交流文化賞 受賞作品紹介
交流文化体験賞
最優秀賞
私の韓国人疑似体験記
新井 光
  1 | 2

私の韓国人疑似体験記の写真  制限時間を計算して予行練習をしていたにもかかわらず、本番ではあっという間に時間が過ぎていく。料理をしている途中で審査員や司会者、カメラマンがテーブルに回ってきた。
 どうか私のおぼつかない手元が見られていませんように、と祈っていると、横にいたお姉さんが「この子は私の親友で日本からこの大会に出るために来たのよ」と大げさに紹介したものだから、一斉に審査員が私に注目してしまった。さあ困った。当然、司会者は私に質問してくる。カメラが向けられ、司会者は私に「日本人もニンニクをよく食べますか」と聞いてきた。
 さあ、日韓関係とニンニクを絡めた何か気の利くセリフを言わねば。咄嗟に「最近は日本では韓国ブームがあって、日本人は韓国料理をよく食べます。韓国料理と言えばニンニクですから、日本人もニンニクをよく食べますね。私も好きです」などと答えてみる。
 次に「あなたはどんな韓国料理が好きか」と問われ、「サンギョプサルですね。ニンニクと一緒に野菜で包んで食べるのがいいですね。」と答えた。料理をしながら韓国語で気の利いた事を言わなくてはならないので、実に冷や汗ものであった。

 インタビューをどうにかかわし、ほっとしている所へ今度は審査員の女性が私に近づいてきて「私の親戚も日本に住んでいるんですよ」と話始めた。助かった。その程度の日常韓国語会話ならば料理をしながらでも話ができる。笑顔で「へえ、そうなんですか」なんて話をしていたら、「ところで日本語でニンニクは何と言いましたっけ?この前教えてもらったんだけど忘れてしまったわ」と聞いてきた。
 それまで韓国語で話をしていた私の脳は一瞬止まった。あれっ、日本語で何と言うのだっけ。ニンニクという4文字が浮かんでこない。思わず横にいたお姉さんに「ねえ、日本語で何て言うんだっけ?」と助けを求める。お姉さんはプッ、と吹き出し「韓国人になんで聞くのよ。わかる訳ないでしょ。あなた日本人じゃない、忘れたの?」と言われてしまった。私の脳はすぐに日本の脳みそに戻れずにいたようである。しばらく考えてやっと、「あ!ニンニク!ニンニクって言いますよ」と答え、審査員の女性も「あ、そうそう。ニンニクよ!」と安心したように去っていった。料理が下手だという心配とは別のところに意外な落とし穴があったとは、何とも不覚であった。

 そして私がこんなやり取りを繰り広げている間にもお姉さんたちは次々と料理を仕上げていく。制限時間ぎりぎりで料理が完成し、審査へ。審査用テーブルには各チームの料理がずらりと並べられている。気になるのは他の参加者たちの作品である。
 さすが料理を学んでいる人たち、と思えるような趣向を凝らした作品もあれば、逆に何の独創性も感じられない料理もある。選ぶのは私たちではないのだが、ひょっとすると入賞くらいはするかもしれない、という淡い期待が私たちの心の中にはあった。

 ついに運命の瞬間。賞はいくつかあって、『おいしいで賞』、『アイデア賞』といった下位入賞者から順に発表されていく。
 私たちはいつ名前を呼ばれるかと、どきどきしながら発表を聞いていたが、次々と他のチームの名前が呼ばれていく。しまいには、あまりにも私たちの名前が呼ばれないので、途中から帰り支度を始めていた。アイデア賞くらいはいける、と考えていたので最初の方で名前を呼ばれなかったということはだめだった、ということだ。
 テーブルの下にある山のような生ごみやら油染みの新聞紙やらをどう処理したものか、と相談していた時に最後の最優秀賞が発表されたようである。
 もうこの時には私たちは完全に賞はあきらめていたので、まさか自分たちの名前が呼ばれているなどとは考えもしなかった。
 急にお姉さんの動きがとまる「ちょっと待って!」アナウンスに耳をかたむける。そして「ねえ、ちょっと!私たちの名前・・言ってない?」とつぶやく。「え?」ほんの数秒フリーズ。そして理解した。皆我々を見ている。初めて大会出場した素人グループがなんと最優秀賞をとってしまったのだ。
 その後のことは興奮のあまりよく覚えていないが、とにかくひたすら笑っていたことだけは覚えている。

 今思いかえすと、仮にこれが瑞山のニンニク祭りを見学に行くという事であったら、全く別の、ただの思い出となっていたはずである。しかし私にとって、今や瑞山ニンニク祭りはかけがえのない出来事となった。なぜならそれは、料理大会で優勝したという表面上の事実ではなく、その背景にある彼女たちの情(じょう)を思い出させてくれるからである。彼女たちが韓国人の懐の温かさ、情の深さを私に見せてくれたことを想い出させてくれるからである。

 彼女たちが私を外国人として特別視するのではなく、韓国人に接するのと同じように接してくれたことで、私は韓国人とはどういうものかという疑似体験をすることができた。
 良い事も悪い事も隠さないし、飾らない。そんな韓国の本当の姿が、私にはとても強く凛々しく見えた。少し乱暴だったかもしれないが、日本人には決して真似の出来ない、こんな異文化体験も私は悪くないな、と思っている。ありがとうお姉さん、そして韓国!



評価のポイント
作品全体を通して、コミカルに自らの体験と韓国人との交流を気取らずに書かれていた点で秀逸であった。身近な生活の中にある日韓の文化の違いを楽しめる作品。

<< 前のページへ

※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。