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兵庫遺産街道

日本海の城崎から瀬戸内の飾磨津、家島まで、人と産業、時の輝きが織り成す、めくるめく歴史探訪浪漫譚_。
  • 銀の馬車道とは
  • 銀の馬車道周辺MAP
  • レトロ洋食街道とは
  • Y(洋食)1グランプリ
  • 銀の馬車道クラスターラリー

北は日本海、南は瀬戸内から大阪湾を臨む近畿地方で最も大きな面積を持つ兵庫県。
山陽と山陰、関西と中国、四国、九州を結ぶ要衝として古の時より栄えたこの地にはその長い歴史の中で、
たくさんの繁栄の花が咲き、文化の実を結び、多くの遺産が残され、現代に伝えられています。

日本海に臨み、千三百余年の昔より温泉に湧く城崎、大地の営みを感じる山陰海岸ジオパーク。
社寺や町家、武家屋敷、魅力溢れる出石の城下町。幽玄な美しさを放ち、朝霧に沈む竹田城。
平安の雅の頃より、織田、豊臣の戦国の世を経て天下泰平の江戸時代となり、
そして激動の明治を迎え現在に至り、脈動する時代が常にその手に擁して歩みを進めた生野鉱山。
生野鉱山の物資とともに、最先端の知識、情報、文化を運んだ
わが国に初めて築かれた高速産業道路である生野鉱山寮馬車道、銀の馬車道。
生野から神子畑、明延へと、明治・大正・昭和の躍動を伝える、鉱石の道。
そして瀬戸内海は、イザナギとイザナミの命によって最初に作られたという、
国生み伝説を持つ「家島諸島」へと続く道。

世界遺産姫路城を有する姫路市、飾磨港から、近代日本の牽引力となった生野鉱山をつなぐ、
わが国初の流通革命となった銀の馬車道を核に、日本海へと臨む城崎への道、
近代日本の鉱山開発、発祥となった鉱山の道をともえて、
その魅力あふれるエリアを「兵庫遺産街道」と名付けました。

銀の馬車道 周辺観光MAP

おすすめコースはこちら ウォーキング・サイクリングマップ

銀の馬車道とは

「銀の馬車道」(正式名称:生野鉱山寮馬車道)は、生野鉱山と飾磨津(現姫路港)の間約49kmを結ぶ馬車専用道路として、フランス人技師のもと、当時の日本では最新の舗装技術を導入した3年がかりの工事を経て、1876年(明治9年)に完成しました。“日本初の高速産業道路”として、生野鉱山の採掘・精錬に必要な機械や日用品などの物資、産出された銀の輸送ルートとして、大きな役割を果たしましたが、1895年(明治28年)の播但鉄道(現JR播但線)の開通により、徐々にその役割を譲ることとなりました。
完成から140年以上が経過した今では、大部分が国道や県道などに姿を変えましたが、「銀の馬車道」でつながれ発展してきた沿線地域には、豊かな自然と歴史・文化が息づいています。
2017年(平成29年)4月、鉱石の道とともに、「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道 〜資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍〜」のストーリーが日本遺産に認定されています。

鉱石の道とは

明治維新後、日本初の官営鉱山となった生野鉱山、神子畑鉱山(朝来市)、明延鉱山(養父市)は、西洋の進んだ鉱山技術を導入するためフランス人技師を招聘し、近代化の模範鉱山の第1号として日本の近代化を牽引してきました。特に生野鉱山は、日本初の最新技術が数多く導入されました。機械式製錬技術や本格的な火薬による発破法の他、鉱業用送水路やダムの建設、トロッコ軌道(鉱山鉄道)の敷設、日本最初の鉱山学校の設立など、近代化日本の鉱山開発はまさに“ここ”から始まったのです。

これらの3つの鉱山のエリアは平成16年に「鉱石の道」と命名され、平成19年には経済産業省の近代化産業遺産群に認定されました。この「鉱石の道」エリアは、今も残る鉱山遺産とともに鉱山町の景観、歴史、生活、文化など様々な地域の姿を通じて、日本の鉱山史を丸ごと体感できる貴重なエリアです。

兵庫遺産街道・銀の馬車道 公式サイトはこちら

レトロ洋食街道とは

「銀の馬車道」が完成した1876年(明治9年)は、近代化への産業革命とともに、多くの文化文明が欧州から輸入され、西洋料理もこの時期に日本に入ってきたとされています。そこでは、日本の食材を代用した日本人好みの洋食も生まれ、日本料理の一つのカテゴリーとして西洋風の料理が大衆洋食として今日に至ったといえます。
そういった懐かしく、親近感漂う美味しい日本発のレトロな洋食を地域の魅力的なコンテンツとして捉え、その開花期と共に歩んだ兵庫の遺産街道である「銀の馬車道」の沿線の飲食店でメニュー展開していくことで更なる地域への誘客に繋げていきます。

※メニューの一例:
ポークカツレツ、カレーライス、ハヤシライス、コロッケ、カキフライ、エビフライ、オムライス、スパゲッティナポリタン、グラタン、ドリア、シチュー、ビフテキ、トンテキ等々の日本発の洋食とされるもの。

レトロ洋食街道の詳細はこちら

るるぶトラベル宿泊者限定!

特典を受けるまでの流れ

@レトロ洋食のオーダー時に、るるぶトラベル予約通知を対象レストランで見せる
Aレストランに設置されている整理票に、宿泊日・宿泊施設・お名前等を記入
Bお一人様500 円割引でレトロ洋食を堪能♪

対象宿泊エリア:朝来・和田山、神河町、峰山高原、市川町、福崎町、姫路
※るるぶトラベルサイト内の上記のエリアに掲載の宿泊施設となります。詳しくはサイト内の宿泊プラン一覧をご確認ください。
※るるぶトラベル宿泊プランをご利用の旅行中、1回のみのご利用となります。

2017年11月17日(金)〜2018年2月28日(日)宿泊の方限定 ※先着600名のみ

るるぶトラベル宿泊プランの詳細はこちら

Y(洋食)- 1 グランプリとは

 今年度4月の「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道 〜資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍〜」のストーリーの日本遺産認定を機会に、銀の馬車道沿線エリアにおいて、地域の食材を活かした地元ならではの名物料理として、「銀の馬車道」を連想させるような、懐かしく、親近感漂う美味しいレトロ洋食を飲食店等で通常提供できる“レトロ洋食”を募集し、一般の皆様による実食審査を通じて今年度の銀の馬車道 レトロ洋食街道bPを決定いたします。
是非ともこの機会に本グランプリの実食審査にご参加ください。

生野鉱山とハヤシライス

昭和の高度成長期の頃、生野の町は鉱山で賑わい、全国各地から大勢の人がやってきました。昭和30年の町の人口は約1万人。町内の社宅に、鉱山に勤める人や家族が数多く暮らしていました。都会から赴任した鉱山職員の社宅には、モダンな文化が届き、町の人はハイカラな香りを感じていました。

ハヤシライスも、そのひとつ。都会育ちの奥さんが作った手作りの洋食に、町の人は「こんなうまいもんがあるんか」とビックリしたそうです。それから約60年経った平成の現代に「社宅のハヤシライス」を生野鉱山の味として地域ぐるみで復活しようと取り組んでいます。

Y(洋食)- 1グランプリの詳細はこちら

銀の馬車道クラスターラリー

開催期間 2017年11月15日(水)〜2018年2月28日(水)まで

銀の馬車道クラスターラリーとは

銀の馬車道は、生野銀山で精錬された銀の精鉱を北から南へ効率よく大量に運ぶためにつくられた日本初の高速産業道路とされていますが、同時に、精錬に必要な資材や生活物資など人々の暮らしに欠かせないものが行き来する道でもありました。
明治新政府は生野銀山を国内初の官営鉱山とし、開発の即戦力となる多くの外国人を招集したため、銀の馬車道を通して先進的で文化的な外国人の暮らしぶりが山間の小さな村々にも波及していったことでしょう。
このクラスターラリーは、銀の馬車道を軸として、ぶどうの房(クラスター)のように新しい文化が育まれた地域を巡り、そこに暮らす人々や歴史に触れてもらえるようになっています。
巡れる銀の馬車道クラスターは朝来市生野、神河、辻川、飾磨津の4つ。それぞれのお題をクリアして賞品をゲットしましょう。

銀の馬車道クラスターラリーの詳細はこちら

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