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interview人はなぜ旅に出るのか?沢木耕太郎
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偶然目にした赤茶けた大地が、僕をさらに遠くへと導いた

旅に憧れるすべての人にとって、沢木耕太郎さんは特別の存在ではないだろうか。「深夜特急」は刊行当時から今に至るまで旅への思い、旅への想像力をかき立ててくれる。沢木さんにあらためて旅の魅力について語っていただいた。

「バックパッカーのバイブル」の著者はなぜ旅に出たのだろう

深夜特急
沢木耕太郎著『深夜特急 1-6』
新潮文庫

「深夜特急」を読んで会社を辞めた友人がいる。かつてそういう話を聞いたことがあり、なるほどわからなくもないと思った。20代だった沢木さんの1年以上にわたるユーラシア大陸の旅を綴った紀行小説「深夜特急」はバックパッカーのバイブルと呼ばれ、いまも多くの熱狂的読者を持つ。ひょっとすると、いまの学生は「バックパッカー」という言葉を知らないかもしれないが、要するに海外個人節約旅行者と思ってくれればいい。1980年代から1990年代にかけて、この本に触発されて文字通りバックパックひとつで海外へ飛び出していった若者が少なからずいた。では、多くの人の心を旅へと向かわせたバイブルの著者は、いったい何に突き動かされて旅に出たのだろう。

実際に沢木さんがこの「深夜特急」の旅をしたのは1970年代はじめのこと。1ドルの価値が300円ぐらいだったその時代、日本ではまだ外国へ行くこと自体があまり一般的なことではなく、海外旅行といえば、胸にお揃いのバッヂを付けてぞろぞろと添乗員に付いて行く団体旅行がせいぜいだった。格安航空券という概念すらなかったその時代、沢木さんは偶然手に入れることができた安いチケットで、たったひとりで異国へ旅立ったのだ。

「当時、個人で外国に行くということは、それほど簡単ではなかった。僕自身、大学生のころは外国へ行くなんてことは視野に入っていなかった。ただ、僕たちより少し上の世代の人たちのなかに、シベリア鉄道でヨーロッパへ行き、そこでアルバイトをしてお金を貯めて東に戻って来る、という旅をする人たちが少数いて、よくそういう話を聞いたり、書かれたものを読んだりはしていました」

外国どころか、飛行機に乗ったこともなかったという沢木さんだが、大学を出てフリーランスのライターとして仕事を始めてしばらくして、ボクシングの試合を取材するため韓国へ行く機会があった。ソウル行きの飛行機から下を見ると、当然のことながらそこには朝鮮半島の大地が広がっている。その大地を上空から眺めているときに「ここに落下傘で降りたら、原理的には歩いてパリまで行けるんだよなぁ」と思ったのだそうだ。

「これが僕にとってはものすごく大きな発見で、その時はじめて僕の視野に外国、異国というものが立ち現れてきたと思います。だから、あの旅のきっかけは何かと問われれば、最初は全くの偶然かもしれないけれど、あの赤茶けた朝鮮半島の大地が、僕をさらに遠くへ行かせるきっかけになったということです」

間違いなく、旅は金がないほど面白い!

かつて大学生は卒業旅行をするものだった。1980年代にはその旅先が海外ということも珍しくなく、多くの学生たちが卒業式前のほぼ1カ月間を外国で過ごしたものだ。数人のグループでパリやニューヨークへ向かい、現地でいったんバラバラになって好きなところを旅し、またパリやニューヨークで落ち合って帰国する、というように。もっとも当時は女子大生の多くがブランド品を所有しているという時代だったので、それ以前の卒業旅行に比べれば「裕福な」旅であっただろう。

ところがいま、若い人が外国へ行かなくなったといわれている。海外へ留学する学生もこの15年ほどの間に激減しているという。彼らは「行きたいのに行けない」というより「そもそも外国へ行きたいとも思わない」のだと聞くと、なんだか寂しいではないか。

「それは本当にもったいない。臆病になっているんでしょうか。あくまでも日本の場合ですけれど、大学4年間というのは人生でたった一度許された自由な時間です。この4年間を過ごすときに重要になるのが、本を読むこと、映画を観ること、音楽を聴くこと、そして旅をすることだと僕は思います」

外に出ない理由として、金がないということを挙げる若者もいる。いまの大学生くらいの世代の人たちにとっては、物心ついたときからずっと日本は不景気で、長い間リストラだ就職難だという言葉があたりまえに飛び交うような世の中だ。とても旅行などにうつつをぬかしている余裕はない、ということか。

「しかし、ひとつ明確にいえることがあります。それは、旅は金がないほど面白いということ。なぜなら、金がないということは物事がスムーズにいかないということで、旅においてはある種の摩擦があってはじめて体感できること、理解できること、味わえることがあるわけでしょう。だから、金でスムーズさを買うことはできるけれど、それによって旅の面白さは半減してしまう。もちろん、年を取って体力も根気もないという人たちが、金で摩擦を解消するという選択をするのは正しいと思いますが」

ただ、人間というのはある種の成功体験がないと、なかなか先へ進めないものだから、いきなり一人で外国に行けといっても難しいだろうと沢木さんはいう。だから、まずは国内でもいいので、完全にパッケージされていない、少し不自由な旅を一度やってみてはどうか、と。たとえば、たった1日でいいから、ガイドブックもスマートフォンもパソコンも持たずに、どこか知らない街へ行ってみる。

「そんなに遠くなくてもいい。知らない街で1日何ができるか。何もできないかもしれない、何かに遭遇するかもしれない、ただ退屈なだけかもしれない。それでも、そこで生身の体で何かを体験するわけだから、これは面白いことなんだと僕は思うな」

プロフィール

沢木耕太郎(さわき・こうたろう)
1947年東京生まれ。横浜国立大学卒業後、ルポライターとして活動を始める。「防人のブルース」でデビュー。79年に「テロルの決算」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。82年「一瞬の夏」で新田次郎文学賞、85年「バーボン・ストリート」で講談社エッセイ賞、「深夜特急 第三便」でJTB紀行文学賞、06年「」で講談社ノンフィクション賞を受賞。86年から刊行された「深夜特急」は、いまなお旅人たちの力強い支持を受けている。08年「深夜特急」の最終便ともいえる〈旅〉論エッセイ「旅する力」を刊行。「深夜特急」ファンの注目を集めた。

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