平井理央のスポーツ大陸探検記

Vol.7

2019.06.19

澤 穂希さんインタビュー

長年、サッカー界を牽引し、2015年に引退した澤穂希さん。現役時代にはワールドカップ優勝、FIFA最優秀選手に選ばれるなど輝かしい成績を収めるとともに、素晴らしいプレーで多くのファンを魅了してきました。現在、2歳の娘さんの育児に奮闘中でもある澤さんに、子育てのこと、現役時代のこと、夢に向かって頑張っている女子アスリートへの思い等をうかがいました。


撮影:竹見脩吾


平井理央さん(以下、平井):今はライフスタイルとしては、仙台をベースにして東京などでもお仕事をされているということですよね。

澤穂希さん(以下、澤):そうです。その月によって仕事の回数は違いますが、基本的には仙台で暮らして仕事がある時に出てきています。

平井:仙台での子育てはいかがですか?

:仙台は緑も多いし、ご飯もおいしいし、人もすごく親切で、住みやすいです。新しいところに住むとなると最初は緊張したり、不安に思ったりしますけど、もう4年目になりますが楽しい生活を送っています。

平井:子育てと家事、東京などでのお仕事と、現役時代とは全く違った生活ですが、子育てで楽しいなと思うところはどんなところですか。

:たくさんあります。昨日できなかったことが今日できるようになる、言えなかったことが言えるようになるといった日々に感動しますし、本当に楽しいです。これっていうのではなくても、一緒にいて抱っこしているだけで幸せを感じますね。ありがたいことに仕事もいただいて、それがあるから育児と家事をバランスよく頑張れるというところもあります。よく、毎日、子育てで子供と1対1で向き合っていると息がつまるというのを耳にしますが、私自身は1対1で朝から晩まで娘と一緒ですが、仕事のタイミングで自分の時間ができます。仕事があると、いい意味で自分の時間や息抜きもできますし、すごく楽しいです。娘は娘で、その間いろんな人に会えますし、いろんなものを見ることができます。オンとオフをもつことで、両方バランスがとれているように感じています。

平井:子供が小さいと抱っこしたり、睡眠時間が短くなったりして体力も使いますが、出産してから今までで体の不調を感じたことはありますか。

:3時間おきくらいに起きなくてはいけないですし、娘がちょっと“うーん”と言っただけでも目が覚めてしまい、熟睡はなかなかできませんでしたね。生まれたばかりの頃は初めてのことばかりで、そういう意味では現役の時と比べると大変な時もありました。思ったのは、もう少し上半身を鍛えておけばよかったということ。抱っこすることが多いので、上半身が強かったらラクかなと(笑)。出かける時に、片手で抱っこして、リュックがあって、荷物を持って、さらにスーツケースが増える時もありますから、母は逞しくなりますね。


撮影:竹見脩吾


平井:ちょうど私が出産した直後に、澤さんから「母は強しだよ」っていうメッセージをいただいて、澤さんがもっと強くなるって、どんなふうになってるの!?と思ったのを覚えています。現役時代のコンディショニングについてもうかがいたいのですが、女性アスリートとして、女性だから気を付けていたことはありますか。

:私は20歳の時から毎日基礎体温を測り記録し始め、今でも続けています。基礎体温を測ると自分のバイオリズムがわかり、その時のコンディションも把握できます。サッカー選手は前十字靭帯を切るケガが多いのですが、チームトレーナーによると、ちょうど排卵日前後は女性ホルモンの変化で靭帯が緩むそうで、ケガが多いというデータがあるそうです。それはもしかしたら偶然かもしれませんが、気をつけることができます。それと、生理の時に試合があると生理痛でパフォーマンスがあがらない、気になる等があるので私はピルを活用していました。そういうことに関しては、他の選手以上に気を遣ってやっていました。

平井:周りの人に相談しにくいトピックではありますよね。その辺りはどういうケアがありましたか。

:チームドクターと、他の婦人科の先生にも相談しました。私は必ずセカンドオピニオンを立てて、1人の先生ではなく、もう1人を立てて意見が合致すると、ではやろうと決めていました。その方針は今も変わっていません。自分のことでも娘のことでも、ちょっといつもと違う不調があったら、面倒だ、時間がないということを理由にせずにすぐに病院に行きます。そのままにしておいて、あとあと大きなことにならないように変化に気づいた時に対応しています。

平井:そのように対応するようになったきっかけはありますか。

:きっかけというより、テレビで情報を得たり、話を聞いたりしているうちに徐々にという感じです。特に娘ができてからは、母として元気でいなくてはとすごく思うようになったのもあります。不調を感じたらすぐに病院に行っておけば時間もお金もかからないですよね。でも、後でいいやとそのままにしてしまった結果、病気が大きくなって時間もお金もかかる、精神的にも重くなる、キツくなる。そうなるよりは早めに行くほうがいい。現役の時や、若い時は痛くても無理をしてやっていました。でも、年齢を重ねていくにつれて休む勇気が持てるようになりました。無理してやろうと思えばできますが、パフォーマンスが上がりませんし、痛みがあれば気持ちも上がりませんから。休むとポジションを取られるのではないかという心配はありますが、しっかり休んで体を治して、痛みがない状態で気持ちよく好きなことをやるほうがパフォーマンスも上がります。痛みを押して無理をするより、その方がいいというのはベテランの仲間入りをするかしないかくらいの時に気づきました。


撮影:竹見脩吾


平井:これまで取材をしてきたなかで、目の前の勝利や結果を追求し過ぎて、食事をきちんと摂れていない、過度なトレーニングをしてしまい、月経が止まったり貧血になったりいう女性アスリート特有の問題がスポーツ界にはずっとあるというお話をドクターからうかがったことがあります。その点で、澤さんから若い女性アスリートにご自分の経験からアドバイスはありますか。

:自分の好きなことに一生懸命になっているから、今はいいかもしれません。ただ、今後、歳を重ねていって、結婚、出産を考える人もいると思います。結婚したら子供が自然にできるという認識の人が多いですが、子供を授かること、子供が無事に生まれてくることは本当に奇跡です。将来的に子供が欲しいのであれば、普段から年1回でも婦人科の検診をして、きちんと排卵しているかなどを検査する必要があると考えています。自分の体を守れるのは自分です。見た目の傷はわかるけれど、体内のことは自分にしかわからないので、いつもと違うとか、少しでも感じたら検診に行くなど日頃からの体調管理はしっかりしたほうがいいと思います。

平井:それはアスリートだけではなくて、一般の女性にもあてはまりますね。


撮影:竹見脩吾


子育てのベースは褒めて自信を持たせること

平井:自分が子育てをするようになり、素敵な人に会うとどういうふうに育てられたのかが気になるようになりました。澤さんは日本のスポーツ界のトップアスリートであり、かつ強くて優しい真っ直ぐなスーパーウーマンですが、お母様はどのような育児方針でしたか。

:私の好きなことをダメとは言わなかったです。ダメと言われると反発してしまいますし、それもあってか、私も娘にはやりたいことをやらせるのが一番だと感じています。それと、娘ができるようになったことに対してすごく褒めます。例えば言葉を覚えたら、「その言葉、覚えたんだね」って、ハグしたり、褒めたりします。そうすると娘も嬉しくなり、自信がつきます。それは自分も小さい時にサッカーで褒められて、それが嬉しくてもっともっと練習しようと思ったのを覚えているからです。そういう経験が今の子育てのベースになっている気がします。子育てには正解がないので、その家族にあった子育てでいいのではないでしょうか。

平井:旦那様もかなり育児に協力的だとうかがっていますが、実際はどうですか。

:妊娠している時から、私が普段では全く怒らないようなことにイライラしているので、その理由を知ろうと本を読んだりして、調べてくれていました。今は娘とコミュニケーションをとれて、娘も“チチ(父)、チチ”と駆け寄って行くので可愛いみたいです。この前、仕事があった時に、初めて主人に娘を預けて一人で東京に来たんです。

平井:初めての父と娘のお留守番はどうでしたか。

:娘もすごく楽しかったようです。娘と父親の絆が深まったようなので、正直最初は大丈夫かなと不安な部分もありましたが、やってよかったと思いました。

平井:旦那様に協力してもらうための秘訣はありますか?

:これ手伝って、これをやってと具体的に言うことです。普段、男の人は仕事で子供と一緒にいないので、どうやっていいのか分らない部分があると思います。ただ面倒をみてと言われても、何をどうするの?という人もいるでしょうから、例えば本を読んであげて、ご飯を食べさせてなど、具体的に言ったほうがわかりやすいのではないでしょうか。

平井:その辺りの冷静な分析と仕切る力はキャプテンとして培われたものですね。

:子育てはお母さんとお父さんの両方で協力してするものなので、これを手伝ってと言うことは別に悪いことではないですよね。遠慮している部分もあるかもしれませんが、日頃から思っていることを言ったほうがストレスは堪らないですから。何が怖いかと言えばずっと我慢して一気に爆発すること。爆発が大きくなるとその後、修正が大変なので、ケンカもこまめにしてその都度対応したほうがいいのではないでしょうか。

平井:家庭のことを聞いているのに、澤さんからうかがうと競技のチームプレーのようですね(笑)。

:家族はチームプレーですから(笑)。


撮影:竹見脩吾


団体と個人、それぞれの競技の良さを学んで欲しい

平井:旦那様とは、娘さんにサッカーをやらせるかどうか等、娘さんの将来についての話をしていますか。

:はい。「サッカーは、一度は通る道だよね」という話をしています。お父さんもお母さんもサッカー関係の仕事をしていて見る機会も多いですから1回は通るよね、と。私たちは無理にやらせたいとは思っていないので、1回通ったら、その後については彼女が決めればいいと考えています。そう言っているのに、主人は家で娘とサッカーボールを蹴っていると、“左足”って言います。右足で蹴るのが多いから、左足も使って、ということなのですが、それは結局やらせていることになるのではないかなと思えておかしいです。

平井:澤さんはこの競技をやらせたいというものはありますか。

:私は子供の頃に水泳をやっていたので、水泳をやらせたいですね。それと、バレーやバスケなど団体競技もやらせてあげたいです。チームプレーでは一人でできないこと、みんなのサポートがあること、相手の立場になって考えること等を学んで欲しい。個人競技では自分に負けない力を付けて欲しいので両方経験させたい。両方を経験したうえで好きな方を選べばいいです。どの子もそうですけれど、子供はいろんな可能性を持っているから、好きなことや興味を持ったことを積極的に応援してあげたいですね。

平井:娘さんが夢に向かって頑張るのを全力で応援するのも楽しそうですね。

:私の知らない世界を娘から教わりたいという思いもあります。いろんな好きなものに出会って挑戦して欲しいですね。

平井:子育て真っただ中ですが、今の澤さん自身の夢はなんですか。

:家族がもう1人増えたらいいですね。それと、おばあちゃんになりたいですね。

平井:娘さんの子どもの、ということですか。

:私の母親と娘を見ているとすごく良い関係なんです。母も孫は特別なようで、二人を見ていると、私も娘の子供が見たい、抱きたいと思うようになりました。少し遠いけれどそういう夢があるので、なおさら健康でいなくてはと思います。


自国開催のオリンピックでプレーできる選手は幸せ

平井:スポーツ界でいうと、2020年には東京オリンピック・パラリンピックがやってきます。澤さんはスポーツ界に対してどういう思いを持っていますか。

:オリンピックの自国開催は一生に一度あるかないかです。それがもう間近に控えていて、選手は本当に幸せだなと思います。それと同時に、近くで見ることができるのが私自身楽しみです。自国開催だからというわけではありませんが、一人でも多くの選手にメダルを取ってもらいたいです。もちろん、目指すなら一番いい色の金がいいですが、銀も銅も素敵なメダルなので、一人でも多くの選手にメダルを手にして欲しいという思いがあります。

平井:自国開催は嬉しいことでもある反面、ものすごいプレッシャーがありますよね。期間中も報道は全て目に入ってしまうのかと思うと、選手のプレッシャーはとても大きいですよね。

:でも、それがプラスになるのではないでしょうか。結果がよければ選手にとってさらにプラスになりますし、たとえ負けてもオリンピックはいろんなスポーツ、選手を知ってもらう機会でもあります。世界でトップになるとか、世界で活躍するとなるとそういうプレッシャーも乗り越えていかないと、多分強くはならないのではないでしょうか。だから、プレッシャーと思うのではなく、注目してくれて嬉しいという気持ちで臨んだほうがいいです。

平井:そういうメンタルで臨めたら、自分の力が発揮できそうですね。

:結果が出ようが出まいが、それは今、持っている自分のベストだと思います。もちろん、運もありますが。自分が選手としてやってきて思うのは、自分が自信を持ってやってきたことは絶対裏切らないということです。そこでしっかりパフォーマンスを出せれば、何の問題もありません。オリンピックでしかも自国開催で、みんなに見てもらえて、さらに知ってもらうチャンスがあって、自分の好きなことをできるというのはこれ以上ない幸せです。本当に喜ばしいことですから、そのプレッシャーも楽しんで欲しいです。

平井:なでしこジャパンもワールドカップ、そして東京2020大会に向けて頑張っていますね。澤さんからエールをお願いします。

:とにかく、まずはケガをしないこと。本番まで、本番中もですが、1試合1試合、1日1日練習していくなかでコンディションを上げて100%にできればいいと思います。今、100%でもそれを1カ月持続させるのは結構難しいので、今、コンディションが100%でなくても大丈夫。とにかく今はケガをせず、本番で100%、ベストなコンディションでできるように体作りをして欲しいです。自分が経験して思うのは、本当にそこです。難しいことですが、例えば食事や休息、オフの過ごし方等、きちんと考えて行動することが大事になるということは、私の経験を踏まえて言えることです。

平井:自分のピークを、持っていきたいところに持っていけるようにすることが大事なのですね。先ほど東京2020大会では多くのアスリートにメダルを手にして欲しいとおっしゃっていましたが、なでしこに目指して欲しいところはどこですか。

:やはり目指すからには金メダルを取ってほしいです。ただ、金メダルを取るのはそう簡単なことではありません。今まで以上にもっともっとやらなくてはならないことがあります。オリンピックまではあと1年と少しですが、やるべきことをしっかりとやって、悔いのないようにプレーして欲しいという思いです。

平井:娘さんも来年ならもっとわかるようになりますね。

:ちょうど3歳半くらいになります。オリンピックの影響でこの競技をやりたいと言って始める機会になるかもしれませんね。そういう意味でも、いろんな競技を見せてあげたいですね。

平井:ますます楽しみな東京2020大会になりますね。


撮影:平井理央


Profile

澤 穂希(さわ ほまれ)

元なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)キャプテン

1978年9月6日生まれ。東京都出身。小学校卒業間際に、読売クラブ女子・メニーナに入団し、1か月後に女子トップチームのベレーザへ昇格。中1の7月に日本女子サッカーリーグデビューを果たす。15歳で日本代表初招集。6度のFIFA女子ワールドカップと4度のオリンピックに出場。2011年FIFA女子ワールドカップドイツ大会では、決勝でアメリカを破り日本の初優勝に大きく貢献し、得点王とMVPを獲得。2011年度のバロンドール授賞式にて「FIFA女子最優秀選手」を受賞。2015年8月に結婚し、同年12月の皇后杯決勝で自らのゴールで優勝し現役を引退。日本代表出場205試合、83得点は男女最高記録。

平井理央

Profile

平井理央

1982年11月15日、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、2005年フジテレビ入社。「すぽると!」のキャスターを務め、北京、バンクーバー、ロンドン五輪などの国際大会の現地中継等、スポーツ報道に携わる。2013年より、フリーで活動中。趣味はカメラとランニング。著書に「楽しく、走る。」(新潮社)がある。