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青森県の観光ガイド

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  • JTB×たびねす
  • 2017年12月15日UP

北国武士の朴訥さ滲む生活を知る~弘前・仲町武家屋敷街~

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国内旅行業務取扱管理者、京都検定2級、温泉ソムリエ、日本城郭検定2級、国内旅行地理検定2級

平成3年、愛知県生まれ。中京大学現代社会学部卒業。現在は神戸に居を移しています。とりわけ城の構造や城下町の成り立ちに強い興味を持っていますが、郷土の陶磁漆器も蒐集しながら寺社仏閣、日本庭園、建築、温泉、名勝、美術・博物...

青森が誇る現存城郭・弘前城のある通りから1本、2本北を東西に走る通り、ここが仲町(なかちょう)武家屋敷街です。現在の町名では、若党町・馬喰町・小人町にあたります。弘前城下町建設を始めた江戸初期に弘前城の北を守るために重臣の子弟をこの一帯に配置して武家屋敷街にしました。古い冠木門や木戸、特徴的なサワラの生垣、そして当時の区画が残り、若党町には4軒の公開住宅があります。今回はこの4棟をご紹介します。

最も新しく、最も古い「旧笹森家住宅」

弘前城から最も近い公開住宅で、黒塗りの棟門を開いているのが旧笹森家住宅です。公開開始は平成25(2013)年と新しいです。移築復元はその昨年。取り壊すことも検討されていた空き家でしたが、宝暦6(1756)年の武家住宅の台帳にこれと同様の間取りの図が見つかりました。弘前城下における下級武士住宅の建築様式を伝える貴重な遺構であることが確認され、資料等で元あったと思われる状態に戻され、現在の場所に移築されました。

建築年代は江戸中期。地区で現存最古の武家住宅ですが、整備が最近のため、公開住宅4軒の中で最も新しそうに見えてしまう不一致があります。ちなみに、笹森家という名ですが、代々笹森家が住んでいたというわけではなく、台帳に笹森家とあったからに過ぎません。小人町の武家屋敷は藩が建設し、100石以下の武士が入れ替わりで住んだ、いわば市営住宅のようなものでした。

門を抜けると、L字をひっくり返した間取りをした銅板葺きの平屋家屋。すぐ右手に折れると玄関があり、式台らしい部屋を経て座敷となっています。床だけが付いた簡素なものです。式台の北には、常居、板の間と続き、座敷の北には現在、事務室になっている寝室、現在は流し台が置かれている納屋。板の間の西に土間があり、通常の玄関は門からまっすぐ入った土間、賓客は右に折れる方を通される、という形であることが分かります。

良く残る立派な「旧岩田家住宅」

L字をひっくり返して、さらに反転させると仲町武家屋敷街の東端に佇む旧岩田家住宅になります。江戸後期の建物で立派な茅葺き屋根を拵えています。間取りの改変こそあったものの、主要な構造部材、茅葺き屋根は建築当初の形式を保っており、ちゃんと受け継がれていることが素晴らしいです。岩田家の入居は明治時代。それ以前は、300石取りの近藤家が居住していました。

こちらも黒塗りの棟門をくぐります。入って左に式台の間があり、その正面に座敷。座敷の南にはささやかな庭園が設えてあります。北へは常居と納戸、板の間と奥座敷(写真)と続き、板の間に土間が付属。台所です。通常玄関は門をまっすぐ入って土間から入るわけです。

奥座敷の奥には、縁側、そして庭園があります。しかし、庭園では野菜や薬草を栽培していたらしく、柿や梅などの果樹、クコなどの薬用になる木は今も植わっていることから実質的には菜園であり、お客に見せるような意図はなさそうです。奥座敷は実質的には主人の間であり、主人が愉しむための空間であったのではないか、という説が有力です。

中級武士の田の字型「旧伊東家住宅」

仲町武家屋敷街の西端には、旧伊東家住宅と旧梅田家住宅があります。伊東家は代々藩医を務めた家柄で江戸後期に弘前城南東の元長町に建てられたものを移築してきました。屋根は銅板葺き。舞良戸にした式台構えの玄関を入ると、目の前に縁のように細長い広間と呼ばれる板の間があり、これの右に天井の低い常居と、座敷があります。

広間の先には、同じく細長い土間の台所があり、これの右に板の間、次の間と続きます。板の間の北側には玄関、次の間の北には納戸。おおむね田の字型です。石高100石前後の中級武士の居宅に似た構造になります。ちなみに、常居には階段があり、見られませんが広間と常居の上に中2階が設けられています。来客者を座敷へ通すのに極力、生活空間を跨がないようにする構造が見られるのが日本家屋ですが、それを果たせていないやや違和感の残る間取りです。

季節風の対応が見られる「旧梅田家住宅」と武家屋敷街

もう1軒、旧梅田家住宅の間取りは同じく田の字型ですが明瞭です。嘉永年間(1848~1855)に茂森町の東にあたる在府町で建てられた茅葺き屋根の武家屋敷になります。建築当初は100石取りの森家の住宅でした。

正面を入れば、眼前に式台の間と次の間。その右に座敷。座敷の奥に常居と階段を上がって屋根裏に寝室があり、壁を隔てて次の間の奥を板の間と土間が分かちます。土間にも玄関があり、普通はこちらの土間から入ります。分かりやすくて結構です。座敷と常居のある南面・東面は開口部が多く開放的であるのに対し、西面と北面は閉鎖的。これが冬季に北西から吹く季節風に対応したものと考えられます。

武家屋敷街は無論、近世までは日本全国に存在していましたが、現在までその街区の雰囲気を残している地域はそうありません。それは日本の都市の近代化や空襲などの影響を受けたためです。

弘前の仲町武家屋敷街も「武家屋敷が立ち並ぶ」という景観にまでは至りませんが、サワラの生垣や門を残し、重要伝統的建造物群保存地区の指定を受け、電線の地中化をするなど景観の保護・向上に努力しながら、譲り受けることのできた旧家4軒を整備して公開するところまで漕ぎつけました。弘前の歴史であり、弘前市と住民たちが守り、育ててきた努力の賜物でもあるこの武家屋敷街は、弘前を知るうえで欠かせない存在になっています。

仲町武家屋敷街の基本情報

住所:
弘前市大字若党町72(旧笹森家)
弘前市大字若党町31(旧岩田家)
弘前市大字若党町80(旧伊東家・旧梅田家)
電話番号:0172-82-1642(弘前市文化財課)
アクセス:弘南バス「浜の町・石渡線」亀の甲門前下車・徒歩5分
開館時間:10:00~16:00
入館料金:無料

2017年12月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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