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ウィーン国立歌劇場

国立歌劇場外観 1625年、ウィーンで初めてオペラが上演されて以来、オペラの伝統を守り続けてきた世界屈指のオペラハウス。

皇帝フランツ・ヨーゼフの命令で始まった新都市計画の一環として、城壁を撤去したリング通りに帝立宮廷歌劇場が建設され、1869年5月25日、「ドン・ジョヴァンニ」で柿落としをしました。第1次世界大戦後のハプスブルク帝国崩壊と同時に国立歌劇場と改名。

1945年3月劇場は空爆で破壊され、再建にあたっては、舞台部分以外の客席部分は、ほぼ1869年のオリジナル通りの設計が取り入れられました。奇跡的に戦火を免れた正面と階段室の一帯は、現在も使用され、劇場の中でも最も価値あるスペースとなっています。 国立歌劇場階段室

ネオ・ルネサンス様式で建てられた劇場の正面は、5つのアーチとロッジャ(露台)に特色があり、重厚かつエレ ガントな雰囲気をかもし出しています。 馬蹄形の客席は、赤、金、アイボリーのインテリアで統一され、パルケット(平土間前部)、パルテレ(平土間後部)など6層から構成されています。

本舞台、奥舞台合わせて50mの奥行き、ステージ間口14.5m、高さ12m、舞台面積は本舞台と奥舞台は共に718u、脇舞台370u、計1700u。 オーケストラピットは奥行き7mで110名収容可能。これだけの規模に匹敵するのは、かなり後に建設されたニューヨークのメトロポリタン歌劇場、パリのバスティーユ新オペラ座だけです。

1897年から10年間はマーラー指揮による黄金時代。第1次大戦後はR.シュト ラウス、ワインガルトナー等が指揮しました。 1945年10月6日には焼け残ったアン・デア・ヴィーン劇場で活動を再開、国立歌劇場は、1955年11月5日に「フィデリオ」で再出発し、翌56年から8年間カラヤン指揮による第2次黄金時代を迎えました。

指揮台には他にベーム、マゼール、アバド等、舞台には3大テナー等豪華な歌手が立ち、常に世界のオペラ界をリードし続けています。 現在は総監督イオアン・ホーレンダーの下、民営化されましたが、国からの助成は変わっていません。2002年のシーズンから小澤征爾が音楽監督に就任。 シーズンは9月1日〜6月30日、約300回公演、オペラ40、 バレエ10演目。R.シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」や「影のない女」等が初演されています。 国立歌劇場内部

音響は上階の方が優れていますが、ウィーン国立歌劇場のような伝統的な劇場では、平戸間席も独特の雰囲気があり、お勧めです。

他のヨーロッパのレパートリー歌劇場の中では、チケット代が高く、特に著名なスター指揮者や歌手が出演する公演は、チケットの入手が極めて難しくなります。

ウィーン国立歌劇場の特徴として、毎公演、約550枚の立席券が当日発売されますので、並びさえすれば確実に中へ入れます。シーズンの客席占有率は、95%以上を維持しているので、毎公演ほぼ満席状態です。

(座席数:1709席、立見席567席 )

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