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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

ボンのシンボル

ベートーヴェン像 この銅像ほど後生に愉快なエピソードを伝えているものはないでしょう。歴史上に名を残した人物の多くは、没後、ゆかりの街などに立派な銅像が建てられます。
ベートーヴェンの生まれた街として知られるボンには、1845年、ベートーヴェンの生誕75年を記念して、現在も街のシンボルになっている有名なベートーヴェン像が建立されました。除幕式はイギリスのヴィクトリア女王やプロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム王が列席して盛大に行われましたが、現在中央郵便局の建物になっているベランダに立ったフリードリヒ・ヴィルヘルムが、幕が除かれベートーヴェン像が姿を見せた瞬間、「何ということだ、我々に背を向けているではないか・・・」と叫んだそうです。すると隣にいた自然科学者アレキサンダー・フンボルトが間髪入れずに、「そうです、彼は生前も無礼な奴でした・・・」と答え、その場の笑いを誘ったとのことです。
ベートーヴェンが、本当に主君やパトロンとなった貴族たちにいつもお尻を向けていたということはないでしょうが、生前、ベートーヴェンが多くの人に愛されたように、この像も同様に愛されている理由が、このエピソードから理解できそうです。
ちなみにこの像の建立には、ピアニストで作曲家のリストが費用の1/5を寄付し、何度も資金集めの演奏会を開きました。さらに「ベートーヴェン記念碑の除幕式のための祝祭カンタータ」という曲も書いています。
そもそもボンは、戦前は大学しかないような小さな街で、ベートーヴェンが生まれた当時は、市民勢力にケルンを追われた大司教の宮廷があるだけでした。ベートーヴェン家は祖父の代から音楽家としてその宮廷に仕え、ベートーヴェンは、ハプスブルク家出身、マリア・テレジアの末息子のマクシミリアン・フランツ公に仕えました。マクシミリアンが、大学を設立したり、宮廷音楽を奨励したり、文化・芸術にとても理解のある名君であったことは、ベートーヴェンにとっては幸いでした。勿論後のウィーン行きにも力を貸してくれたからです。
ベートーヴェンが生まれ、22歳まで住んだボンは、西ドイツ時代、その首都として人口40万人を超える大都市に発展しましたが、現在は首都機能がベルリンへ移転してしまったため、今後益々ベートーヴェンの存在に活路を見いだすようになるかもしれません。ベートーヴェンが好きなら、やはり一度は訪ねてみたい街でしょう。

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