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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

「魔笛」を作曲した小屋

アウフ・デア・ヴィーデン劇場跡魔笛の泉 音楽史にその名を刻んだ音楽家の銅像は無数にあります。例えばモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ドヴォルザーク、ワーグナー、ヴェルディ等々、ゆかりの街々を訪れると必ず立像や座像を目にします。特に人生の3分の1を旅したモーツァルトが訪れた街々には、モーツァルトの銅像や胸像、レリーフや銘板が必ず一つ、二つは存在します。やはりモーツァルトは別格だと思わせるのは、彼の作品をモチーフにした銅像などもよく見られることです。例えばその代表が「魔笛」で、登場人物のパパゲーノは、歌劇場外でもその人気の高さが窺えます。それはモーツァルトのオペラの中でも「魔笛」が、最も親しみを持たれているという証なのかもしれません。
ザルツブルクには、人通りの少ない小径にパパゲーノ像、大勢の観光客が必ず訪れるミラベル庭園にパパゲーナの像があります。そしてその庭園に隣接しているモーツァルテウム(コンサートホール)の裏手にある小さなバスチオン庭園には、モーツァルトが「魔笛」の一部を作曲したと伝えられている木造の「魔笛小屋」があります。作曲を依頼したシカネーダーが、約束の期日までに書かせるためにモーツァルトをこの小屋に閉じこめたそうです。テアター・アン・デア・ウィーン劇場
「魔笛」は、モーツァルトの死の直前、1791年9月28日に完成された最後のオペラで、他の作品との大きな違いは、貴族たちのためにではなく、庶民のために作曲した点です。作曲の依頼主も皇帝や貴族ではなく、長年旅回り一座を主宰していた興行師兼役者兼歌手のシカネーダーです。初演された場所も、今までのような市囲壁内の宮廷劇場とは違い、外にあったアウフ・デア・ヴィーデン劇場という民衆劇場でした。「魔笛」は、宮廷で好まれた豪壮で華麗なバロック、軽快で優美かつ繊細なロココ、そしてイタリア語によるオペラの全盛時代に別れを告げ、形式ばらない、そしてドイツ語による一般大衆向けの分かりやすいオペラを創り出したことで、新時代を先取りした作品だっと言えるでしょう。
パパゲーノ像パパゲーナ噴水台本を書いたシカネーダーは、劇場支配人でもあったので、興行的な大ヒットを狙って聴衆が喜びそうな素材をたくさん取り入れましたが、その結果幾つもの矛盾も抱えてしまいました。しかもモーツァルトとシカネーダーが入会していたフリーメイソンの博愛思想や教義に基づく歌詞や場面設定があり、特に2幕の試練の場などは、聴衆を沸かせる見せ場に乏しい退屈なものになってしまうという問題もありました。序曲の和音が3回、侍女と童子が3人で、その登場が3回、試練が3つ等々、フリーメイソンの象徴的な数字「3」にこだわったことにも無理があります。このような台本上の様々な矛盾や問題を忘れさせ、オペラとして全体的に調和のある素晴らしい作品に仕上がったのは、いうまでもなくモーツァルトの音楽のおかげです。また劇的な効果を上げるためにパパゲーノのような愛すべきキャラクターを上手く登場させたことは、間違いなく成功の一因になりました。メルヘンの世界の中で、いつも現実に生きるパパゲーノは、まさに庶民を代表するような存在でもあったからです。
モーツァルト像魔笛小屋9月30日、モーツァルトは自らの指揮で「魔笛」を初演しましたが、その後死の床に就き、「魔笛」の上演をしきりに気にしていたといわれています。「魔笛」には死を恐れずに試練に立ち向かわせる場面がありますが、死を目前にしたモーツァルト自身、避け難い死を恐れずに立ち向かおうとしていたのかもしれません。
「魔笛小屋」は、ザルツブルクに拠点を置く国際モーツァルト財団に寄贈され、カプチーナ山に移されましたが(現在はその場所にモーツァルトの胸像がある)、その後モーツァルテウムの庭に置かれました。この「魔笛小屋」を見るためにも、是非一度は音楽祭のメイン会場にもなっているモーツァルテウムの大ホールで演奏会をお楽しみください。

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