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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

魂は故国に

聖十字架教会  ポーランドは、EUに加盟し、今では日本人もビザなしで簡単に出入国できるようになり、ここ数年旅行者は急増しているようですが、第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けた首都ワルシャワなどは、戦前の古き良き雰囲気を伝えてくれる場所も少なく、いわゆる観光的な魅力はあまりありません。戦災にあわなかったため多くの観光客で賑わうチェコの首都プラハとは対照的な存在でもあります。
 そんなワルシャワですが、ショパンに興味のある方なら、1度は訪れてみたい街でしょう。ショパンは、ワルシャワ近郊の小さな村、ジェラゾヴァ・ヴォラで生まれましたが、すぐに両親と共にワルシャワに移り、ポーランドを去ることになる二十歳まで住んでいました。市内には住居跡などゆかりの場所が残っていますが、ショパンの聖地のように誰もが足を運ぶ場所が、聖十字架教会です。
 ショパンは、出国後、1849年10月17日、パリで39歳の生涯を終えるまで、結局一度も祖国ポーランドの土を踏むことはありませんでした。遺体は、パリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬され、ポーランド出国の際に友人たちから受け取ったといわれる祖国の「土」がかけられたそうです。そして遺言により心臓はショパンの姉の手によってポーランドに持ち帰られ、納められた場所が聖十字架教会なのです。
 祖国を愛し、望郷の念に駆られながら他国で作曲活動を続けたショパンは、魂だけは祖国に戻りたいと願っていたようです。ショパンは7歳の時にポーランドの民族舞曲であるポロネーズを作曲しました。それが最初の作品で、死の直前に書いた最後の作品が、やはり民族舞曲であるマズルカでした。それは単なる偶然ではなく、作曲家として、生涯祖国への思いを胸に秘めていたからだと言われています。
 ショパンの心臓は、中央の柱に壷に入れて納められています。聖十字架教会も大戦時には破壊され、その際ドイツ軍によって持ち出されましたが、後にショパンの命日に元の場所に戻されました。

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