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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

建造主は誰?

ヘレンキームゼー城 日本でもお馴染みのバイエルン王、ルートヴィヒ2世は、3つの城を建てさせました。小規模なリンダーホーフ城は内装も含め1878年に完成しましたが、ノイシュヴァンシュタイン城とヘレンキームゼー城は未完のまま、1886年、王の死と同時に工事が中止されました。

それもそのはず、王はリンダーホーフ城を除けば、これらの城に数えるほどの日数しか滞在していなかったのです。つまり、莫大な費用をかけて建てさせるだけで、ほとんど使用していませんでした。

ルートヴィヒは、1867年と74年、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿を訪れ、フランス・ブルボン風の建物に深い感銘を受けました。

そもそも王の名付け親は祖父ルートヴィヒ1世で、祖父の名付け親があのフランス革命後処刑されたルイ16世ということもあり(「ルイ」はドイツ語の「ルートヴィヒ」)、ブルボン家に対しては幼少の時から憧れを抱いていたようです。

そして1873年、王はバイエルン州最大の湖キームゼー(「ゼー」は湖の意)の中州にあるヘレン島を購入し、自分だけの「ヴェルサイユ宮殿」、すなわちヘレンキームゼー城を建てさせました。

建物の内外装、庭園も含めすべてにヴェルサイユ宮殿が意識され、多くの部屋はルイ14世と15世の肖像画や、宮廷生活が描かれた絵画、両王時代様式の装飾などで飾られています。

城内を見学すると、一見、建造主が誰なのか分からなくなるくらいです。何故ならブルボン家の百合の紋章はいたるところで目に付くものの、肝心の王の家系であるヴィッテルバッハ家の紋章はおろか、王の名前すらどこにも刻まれていないからです。

特に注目すべき部屋は「鏡の回廊」で、当時の銅版画や記述を忠実に真似て作られました。1881年、王は完成した「鏡の回廊」を見に来ています。 その時初めて52の燭台と33のシャンデリアに、約2000本のローソクの火が灯されましたが、明かりに照らされた「鏡の回廊」は、まさに王が夢の中で描いていた世界そのものだったと伝えられています。

他にも「魔法の食卓」のある食堂や「青い寝室」と呼ばれる私用の寝室などは、伝説的なエピソードを残す興味深い部屋です。

前者では、孤独を愛した王が、誰にも会わずに食事ができるよう、配膳された「食卓」が下の厨房からエレベーター式に直接上下する装置をつくらせたり、後者では、部屋全体が王のお気に入りの青色に均等に見えるよう、1年半もかけて特別な照明器具をつくらせたと言われています。

ルートヴィヒ2世というと、ロマンチック街道の代名詞的な存在であるノイシュヴァンシュタイン城を思い浮かべる人が多いでしょう。ヘレンキームゼー城は、旅行者には少し不便な場所にありますが、ルートヴィヒ2世の現実離れした夢の世界を知るために、むしろ見学をお勧めしたい城です。ミュンヘン〜ザルツブルク間を移動する機会があれば、是非途中、立ち寄ってみてはいかがでしょう。

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