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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

「第九」が誕生した家

シラーの家  ベートーヴェンの「第九」(交響曲第9番)は、年末になると日本でよく演奏されるのは何故でしょうか。色々な説があるようですが、大戦中の12月に、ある音楽大学の繰り上げ卒業式に合唱の入る第4楽章だけ演奏され、戦後無事生還した人たちによって亡くなった仲間への追悼のために再び演奏されたのが「年末第九」の始まりだそうです。そして定着のきっかけとなったのは、日本を代表するあるオーケストラが、収入の少ない楽団員の越年の助けになるようにと、人気のあった「第九」を年末に演奏するようになったからとのことです。
 「第九」はベートーヴェンの最後の交響曲で、新しい試みとして独唱と合唱を加えた最初の交響曲です。そしてこの成功により、後の交響曲の一スタイルを確立したと言えます。 1824年5月7日に初演された時、すでに耳が全く聞こえない状態だったベートーヴェンは、ウムラウフという指揮者と共に舞台に立ちましたが、終演後、聴衆に背を向けて立っていたので、熱狂的な拍手喝采には気づきませんでした。独唱者の一人が、ベートーヴェンを正面に向けさせ、ようやく演奏会の成功を確かめることができたという有名なエピソードがあります。 バーデン・ベートーヴェンの家
 さて前置きが長くなりましたが、ベートーヴェンを生んだ国ドイツでは、「第九」を年末に演奏するという習慣はありません。しかし例外的に戦前から演奏されている街があります。それは偉大な劇作家・詩人シラーが、「第九」の4楽章に使われた「歓喜に寄す」という詩を書いたライプツィヒです。シラーが当時住んでいた家は、現在記念館になっていますが、1785年、世界中の人に愛され歌われている「愛と平和と喜び」をテーマにした詩が、こんなに小さな部屋で書かれていたことに誰もが驚かされてしまうでしょう。ベートーヴェンは、10代の時に「歓喜に寄す」に出会い、平和と人類愛を謳った内容に感動し、かなり早い時期からこの詩をもとに作曲しようと思っていたようです。そして曲の完成までに実に30年以上の歳月を要したことになります。ちなみにベートーヴェンは、「第九」の大半をウィーン郊外のバーデンで作曲し、ウィーンで完成させました。
 余談になりますが、大指揮者カラヤンとこの「第九」に関わるエピソードを一つ紹介しますと、音楽CDの標準規格が74分というのは、カラヤンが、1枚のCDに「第九」が全て収録できるようにと注文をつけたことによるものだそうです。もっともカラヤンの演奏はもっと短く、またもっと長く収録できるCDもありますが・・・。

※ライブデスクは、ライプツィヒを訪れるコースを企画しています。

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