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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

近代コンサートホールの原点はサーカステント

フィルハーモニー外観  1882年に設立されたベルリン・フィルは大戦でホールを失い、1950年代に入ってようやく、世界最高のオーケストラに相応しいコンサートホールを建設しようという機運が高まりました。そして1956年、国際コンペが開催され、「人・空間・音楽の新しい関係」というコンセプトを示したベルリンの建築家ハンス・シャロウンの設計が採用されました。ホールの中心に舞台を配置し、それを四方から観客席で取り囲むというもので、当時は非常に斬新な設計として大きな話題を呼びました。それまでの伝統的なシュー・ボックス(靴箱)形式のホールに代わって、近代的なコンサートホールの主流となった、いわゆる「アリーナ形式」ホールの原点がここにあるのです。サントリー・ホールなど、今や日本の近代的なホールの多くは、この「アリーナ」形式を採用しています。
 舞台が中央にあるということで、例えば客席を18のブロックに分けて仕切る、舞台の上に10枚の反響板を吊るす、壁に木製の反響材を使用するなど、音響面での様々な工夫が施されました。  1992年には、音響効果をさらに高めるための大規模な修復工事が行われ、残響が1.6秒、まさに世界最高のオーケストラの拠点ホールに相応しいホールになりました。 1963年10月15日の柿落とし公演は、、常任指揮者カラヤンが指揮したベートーヴェンの「第九」でした。
フィルハーモニー内部 実はこのホール、外観がサーカスのテントを連想させることから、「カラヤン・サーカス」の異名で知られています。それは、「音楽界の帝王」と呼ばれ、音楽界で絶大な権力を誇示し、ベルリン・フィルの黄金時代を築いたカラヤンが、終身常任指揮者として1989年までこのホールを中心に活躍していたことに起因しています。
 偉大なカラヤンの後も、ベルリン・フィルの地位と名声は有能な指揮者アバド、そしてラトルへと立派に引き継がれていますが、このホールの存在なくしてベルリン・フィルを語ることもできません。ホールがオーケストラを育てるというは真実で、例えばベルリン・フィルの桁外れに大きな音量は、まさにこのホールの巨大空間が生んだものです。拠点ホールで聴く演奏に優るものはなく、最高のオーケストラの最高の演奏を聴くには、やはりベルリンまで足を運ぶしかないでしょう。
 ベルリンは東西ドイツ統一後の首都になりましたが、東西分断の象徴だった「壁」の跡地は、世界最大規模の再開発地区といわれるほど数多くのにビルが建てられました。跡地に隣接するフィルハーモニーの裏には建設用クレーンが林立して異様な光景でしたが、アバド指揮のベルリン・フィルの演奏に合わせて「クレーンが踊る」と形容されました。
 フィルハーモニーは、統一ベルリンの中央に位置し、今ではまさにベルリンのシンボル的な建物として親しまれています。

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