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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

伝説のチョコレートケーキ

ザッハートルテ  恐らく「ザッハートルテ」ほど多くのエピソードを世に伝えているケーキはないでしょう。その中から幾つかをご紹介します。
 まずは誕生にまつわるエピソードですが、1814年、「会議は踊る」のウィーン会議で活躍したオーストリア宰相メッテルニヒが、会議を円滑に進行させるため、レセプション用に列席者が過去に食べたこともないようなデザートを出すようにと料理人に命じたことがきっかけだったとか。こうしてできあがったものが、当時はとても高価なものだったチョコレートと砂糖をたっぷり使ったチョコレートケーキで、口にした誰もが絶賛したことから、銘菓としてウィーンに残ったということです。それでも会議は終わらなかったようですが・・・。
 しかしことの真相は、どうもウィーン会議とは全く関係なく、1832年、メッテルニヒが高貴な客のもてなしのために特別なデザートを作るようにシェフに命じたところ、たまたまそのシェフが病床に伏せっていて作ることができず、代わって当時16歳でお菓子屋見習いになって2年目のフランツ・ザッハーが作り出し、ザッハーの名をとって「ザッハートルテ」と呼ばれるようになったということらしいのです。
 その後ザッハー家はホテルを創業し、現在に至っていますが、当然オリジナルのザッハートルテは、「ホテル・ザッハー」が作っているチョコレートケーキのはずなのに、ウィーンの名門菓子店「デメル」も全く同じ形、味で、しかも「オリジナル・ザッハートルテ」という名前で販売し始めました。門外不出のはずのレシビがデメルに流れてしまった理由も幾つか伝えられていて、定説はないようですが、ザッハーが経営難に陥った時に、デメルに資金援助を受ける代償として、「ザッハートルテ」の生産、販売を許したというのが、最も信憑性のある話のようです。
 ところが1954年、「オリジナル」をめぐって法廷闘争にまで発展してしまいました。裁判は7年も続き、結局両者は和解し、共にザッハートルテは作ってよいことになりましたが、「オリジナル」の正当性は、ザッハー側に認められ、以後、オリジナル・ザッハートルテとう標示は、ザッハー・ホテルで売られるものだけにつけられることになりました。表面全体チョコレートでコーティングされた丸い外形は同じですが、両者の違いは、ザッハーの方では、アプリコットジャムがスポンジの間に挟まれ、デメルの方には、スポンジの上にアプリコットジャムが塗られているところです。
  とにかく甘いこのチョコレートケーキは、甘さを殺すために砂糖の入っていない生クリームをたっぷり添えて食べます。長い歴史と逸話の残る銘菓ですから、ウィーンを訪れたら、是非ホテル・ザッハーとデメルのお店で、本場のウィンナー・コーヒーと一緒に食べ比べを楽しんでみてはいかがでしょう。
尚、今年になってホテル・ザッハーは、ウィーンのメイン・ストリートであるケルントナー通りに、オリジナル・ザッハートルテとグッズの専門店をオープンさせました。勿論そこで買って日本へ持ち帰ることも、送ることもできますし、デメルは日本にお店を持っていますが、やはり作りたてのケーキをウィーンの街の雰囲気の中で食べるからこそ、美味しいのではないでしょうか。

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