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ライブ 旅のコラム

ライブデスク・プランニングマネージャー山本直幸が旅のコラムをお届けします。

偉大な人物の陰に偉大な人物が・・・

モーツァルト・レリーフ 2006年は、モーツァルト生誕250年という「モーツァルトイヤー」です。ヨーロッパ各地でモーツァルトに関わるイベントが盛んに開催されます。それもそのはず、ヨーロッパ中いたるところにモーツァルトゆかりの地があるからです。

モーツァルトは、35歳10ヶ月の短い人生の中で、10年2ヶ月、つまり約3分の1を旅しました。記録に残っているだけでも、ザルツブルクとウィーンから18回旅に出ています。

飛行機や車のなかった時代なので、1度の旅に1年以上も費やしたこともありました。 オーストリア以外に訪れた国は9ヶ国、訪問都市は単に泊まるために立ち寄った街も含めると200以上にもなります。

モーツァルトが初めて旅に出たのは6歳の時、ミュンヘンでした。そしてウィーンを訪れたのは、そのすぐ後の1762年10月のことです。

帝都ウィーンは、「女帝」と呼ばれた偉大な人物、マリア・テレジアの治世で賑わいを見せていました。「神童」来るの知らせは、宮廷の貴族たちの間にすぐに広がり、モーツァルトは到着早々の10月13日には、シェーンブルン宮殿に招かれ、マリア・テレジアの御前で演奏する機会に恵まれました。

まだ上下関係の区別も分からない幼い子供がその時に残した幾つかのエピソードはあまりにも有名です。モーツァルトは絶対的な権力者だったマリア・テレジアの膝に無邪気に飛び乗って何度もキスをしたり、滑って転んだ際に手をさしのべた末娘マリー・アントワネットに求婚したりしたそうです。

現在のウィーンは、その主たる観光資源となっているハプスブルク家の遺産で賄われているといっても過言ではありません。当然のごとくマリア・テレジアのような偉大な人物は、今なおそれ相応の扱いを受けています。

王宮とリンク通りを挟んで建つ二つの立派な博物館の間にあるマリア・テレジアの巨大な座像がその一例でしょう。最も多くの人が訪れる目立つ場所に据えられているので、誰の目にもとまります。さすがに膝の上にはモーツァルトはいませんが、座像をぐるり回ってみると、目立たない取り巻きのレリーフの中に偉大なモーツァルトもいることに気づきます(写真)。

このような旅先での意外な出会いも楽しいものです。マリア・テレジアの像を前にしては、モーツァルトの存在も小さく映ってしまいますが、今年の主役はモーツァルトですから、普段目立たないところにもスポットライトが当てられ、大きくクローズアップされるでしょう。

※ライブデスクは、ウィーンを訪れるツアーを多数企画しています。

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