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ロイヤルロード銀座

春のユーラシア大陸横断 説明会開催
春のユーラシア大陸横断 説明会開催
出発決定!! ※募集受付は締め切りました

西安からローマへ
春のユーラシア大陸横断 説明会開催
(予約制)
2018年1月17日(水) 14:30〜16:30ロイヤルロード銀座サロンにて

説明会参加のお申込みは 03-6731-7672
※個別のご相談も承ります。お気軽にお電話ください。

現地レポート全線添乗 二村忍

日程20日目 2018年4月18日(水)タシケント→サマルカンド

目まぐるしく変わる天気。曇り時々晴れ、時々雨。気温は4〜13度と今年の中央アジアは寒く、ダウンジャケットを離せません。例年なら30度を越えるサマルカンドも、まだ冬の装い。カザフスタン、キルギスと道路が整備されても、ウズベキスタンは相変わらずのデコボコ道。これが観光立国の現実です。

1.ナボイ劇場のプレート
日本人抑留者が建設に従事したナボイ劇場。劇場が改装されたのと同時に、プレートも一新されました。どこかの国では一新されると撤去されるのが常ですが、ウズベキスタンは違います。

2.昼食
昼食はサモサとラグマン。普通のツアーではこんな一般食堂での食事は、ほとんどないとか。衛生面、味ともに何も問題ないのですが。

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3.「一緒に写真を撮って下さい」
人なつっこいウズベク人。「一緒に写真を撮って下さい」と声を掛けられ、自撮棒を持った女の子と一緒にパチリ。みんなニヤニヤしています。

4.雪山とビビハニムモスク
雪を頂くパミールアライ山系のゼラフシャン山脈。ここまで真っ白な山とビビハニムモスクのコラボは初めてです。いかに今年が寒いかが分かります。

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日程19日目 2018年4月17日(火)カザフスタン・タラズ→ウズベキスタン・タシケント

中央アジア3か国目のウズベキスタンへ。区別しにくい中央アジアの国々も、実際に来てみれば、それぞれの国の特徴を、カザフスタンはステップの国、キルギスは山の国、ウズベキスタンは農業の国として理解できます。
ウズベキスタンでは、ビザと税関の申告書が今年から廃止されました。キルギス、カザフスタンに遅れること数年。やっと名実ともに観光立国となりました。おかげで国境越えはあっという間。カザフスタンの道路が高速化されたので、タシケント到着は15時。到着後日本人墓地、博物館の見学まで可能となりました。

1.グレイギーチューリップ
グレイギーチューリップ。野生のチューリップが、大輪の花を咲かせ、群生しているのは壮観です。

2.アイリス
グレイギーチューリップの群生地に自生していたアイリス。相手がグレイギーチューリップでなければ主役になれるのですが、ここでは脇役です。

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3.天山山脈
新疆ウイグル自治区から一緒に旅をしてきた天山山脈もここが西の果て。同時に武帝や張騫等の東の登場人物の歴史はここまで。今度は西から、アレキサンダー大王等が歴史の舞台に登場してきます。

4.国境
ウズベキスタンの国境手続きが簡素化され、国境付近の施設も整備されました。ジベック・ジョリ(ロシア語でシルクロードの意味)国境。シルクロード国境も新たな時代を迎えています。

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5.ポーター
いつものポーターは他の仕事に転職。新たなポーターを雇ってウズベキスタンへ。税関の手続きが簡単だったのも、顔の利く、彼のおかげもあったかも知れません。

6.ヤッカサライ
ホッジ・ロータさんから親子孫三代にわたる墓守。ヤッカサライ墓地の日本人墓地も、彼らのおかげで守られて来ました。日本政府からも勲章を授与されたそうです。よかった。

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日程18日目 2018年4月16日(月)キルギス・ビシュケク→カザフスタン・タラズ

本日の日程表では、ただの移動日で観光はなし。しかしそんな日こそ、この旅の面白さがあります。国境越えしかり、道中の景色しかり。
国境越えはスムーズ。バス移動も高速道路が開通したためスムーズ。例年タラズ到着は20時。今回は15時と5時間も短縮されました。

1.高速道路のトイレ
カザフスタンでは西ヨーロッパ中国西部高速道路が建設され、格段に道路がよくなりました。片側2車線のコンクリートの道。そのうえ高架ではないので景色も楽しめ、許容範囲内でバスも止めることが可能。旅の醍醐味は変わりません。しかしサービスエリアは未整備。トイレは、匂い漂うポッチャン式なのが玉にきずでした。

2.グレイギーチューリップ
予定外の場所でグレイギーチューリップを発見。野生種最大のチューリップで、カザフスタンのレッドリストにも登録されているとか。球根から花が咲くまで8年も掛かるそうです。

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3.チューリップと記念写真
敦煌を出てから、日本のツアーどころか外国人のツアーにも出会いません。今年も私たちだけの独占チューリップウォチングツアーとなりました。

4.タラス河
アラブと唐の天下分け目の戦いが行われたタラス河畔。関ヶ原同様、歴史を知らなければ普通の場所です。

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日程17日目 2018年4月15日(日)ビシュケク

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ビシュケクに2泊して、イシククル湖の往復。ローマまで55日で走るため、イシククル泊をやめ日程を短縮。今日は終日曇りで、天山山脈がはっきり見えません。今回は日程を短縮した事が功を奏しました。

1.アクベシム遺跡
玄奘三蔵が訪ね、李白が生まれたとされるアクベシム遺跡。今は兵どもが夢の跡。これが世界遺産?との声が。

2.バスと羊の群れ
バスを羊の群れが横切って行きました。遊牧の国キルギスならではの風景です。

3.農村
この農村の民家で昼食。土の道に、牛が自由に闊歩。リンゴやサクランボの花が咲く、長閑な農村でした。民家の中が広いのにびっくり。家族・親族との繋がりが深いキルギス。多くの人が集う、広い応接間は必須だそうです。

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4.イシククル湖で記念撮影
イシククル湖と天山山脈とはいかないので、透明なイシククル湖畔で記念写真。琵琶湖の9倍の面積があります。

5.チューリップ
私とガイドのタラスさんしか知らない秘密の場所で、今年もトルケスタンチューリップを発見。「うっふっふっ」

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日程16日目 2018年4月14日(土)カザフスタン・アルマトイ→キルギス・ビシュケク(2)

昼間はチューリップに国境越え。夜は民族音楽鑑賞。
通常の観光はなくても、昼から夜まで充実した一日となりました。

1.イスラム化
キルギスでは、スカーフを被り、身体の線を隠した長い服を着た女性達の姿やあごひげを生やした男性の姿も目立ちました。イスラム化が進むキルギス。イスラム化が過激な方向に進まないことを望みます。

2.レーニン像
95年当時は博物館の正面に立っていたレーニン像も、今は裏手に寂しく立っています。「レーニンさん。引き倒されなかっただけ幸いですよ」

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3.バザール
中国のように検問もなく、カザフスタンのように写真撮影禁止もないキルギスのバザール。やっと普通のバザールと出会えました。ガイドはいつもタラスさん。「チョッと太りましたね?」と聞いたら「幸せ太り」との答えが返ってきました。

4.民族音楽鑑賞
4人グループの簡素な演奏でしたが、心に響く演奏。ムックリの演奏あり、尺八のような笛の演奏あり、どこか日本と共通する音楽でした。有名なグループだそうです。

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日程16日目 2018年4月14日(土)カザフスタン・アルマトイ→キルギス・ビシュケク

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国境を越えてキルギスのビシュケクへ。いつもバスで寝ている添乗員二村も、本日は朝から必死にチューリップ探し。今年もチューリップは我々を待っていてくれました。
カザフスタンからキルギスへの国境越え。カザフスタン側で2名がスーツケースを開けられたものの、その他の手続きはスムーズ。わずか45分で国境を越えました。カザフスタンとキルギス両国の関係が良好な事を示しています。

1.野生のチューリップ
アルマトイを出れば、至る所で野生のチューリップが見られます。中央分離帯にも、自生しているほどです。

2.撮影会
バスを停めると、即席のチューリップ撮影会となります。

3.バスとチューリップ
天山山脈はうっすらとしか見えませんが、チューリップと競演。バスは早春の草原の道を走って行きます。

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4.赤いチューリップ
しっかり赤いチューリップも見つけました。自分達で見つける楽しみを知ると、ただ名所や保護区での花見やフラワーウォッチングがつまらなく思えます。

5.チューリップの大群落
最初の写真ストップでは「これだけ?」との声も。しっかりその声に答えを出すことが出来ました。

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日程15日 2018年4月13日(金)アルマトイ

ロシアの文化が漂う街アルマトイ。街には樹木が生い茂り、景観にあった家々が並んでいます。道路を渡れば車が停まり、歩行者優先。人々にも笑顔がありました。
中国新疆ウイグル自治区。かつては日干しレンガの家が並び、ロバ車が行き交い、弾けるような笑顔で我々を迎え入れてくれました。広大な自然、悠久の歴史を持つ遺跡の姿は変わりませんが、街は無機質のビルが林立し、ロバ車はバイクや車に、笑顔は消え失せました。
のんびりとしたアルマトイの1日。中国、特に新疆ウイグル自治区での緊張感、疲れがいやされたとは、お客さんの声でした。

1.イースター
教会ではイースターの祈りが捧げられていました。カザフスタンはイスラムの国?いやいやすべての宗教が認められている政教分離、信仰は自由の国なのです。

2.「百万本のバラ」
公園でアコーディオンを弾いていたおじいさんに「百万本のバラ」をリクエスト。緑に囲まれた公園、ギリシャ正教の教会、この風景で聞く「百万本のバラ」は、また格別。

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3.ロープーウェー
新しくなったロープーウェーでコクトベへ。写真では見づらいですが、リンゴの花、サクランボの花、ナシの花、ライラックの花等、アルマトイは春真っ盛りでした。

4.コクトベ
頂上のコクトベも遊園地に大変身。平日でありながら、親子連れ、恋人や友人同士で賑わっていました。背景には真っ白な天山山脈。我々も散歩したり、コーヒーを飲んだり、ゆったりとした時間を過ごしました。

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日程14日目 2018年4月12日(木)伊寧→ホルコス国境→カザフスタン・アルマトイ

中国が積極的に推し進める「一帯一路」構想の要・ホルコス国境。物流面での施設は充実したようですが、人の往来についてはより厳しくなりました。
中国を出国してバスに乗り込み、最後の中国のゲートが開くまで、パスポートチェックは6回、荷物をX線に通す手荷物検査2回。以前より2時間半も出国に時間を要しました。新疆問題が大きく影響しているようです。
しかしホルコス国境〜カザフスタンのアルマトイまで高速道路が完成。2時間以上も時間が短縮されたため、到着時間は以前と変わらず19:30に到着できました。
毎回筋書き通りにいかないのがユーラシアの旅です。

1.ホルコス国境へ
寒村だったホルコスも今は市に昇格。人口8万人。経済特区にも指定され、ビルも立ち並んでいます。北には天山山脈の支脈ジュンガルタグの白い頂が。あまりに煩雑な出国手続きでイライラする私たちの心を癒やしてくれました。

2.ホルコス国境
以前はここまで直接バスで乗り付けていました。出国手続きが煩雑になったためでしょうか、出国者の数が減り、この日出国検査場は閑散としていました。

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3.カザフスタンへ
各所でパスポートチェック、荷物検査を強いられたた中国・新疆ウイグル自治区ともおさらば。Facebook、グーグル、ライン等も自由に使えるカザフスタンへ。ホルコス国境を越えれば、自由な国に入って来た開放感を感じます。「バンザーイ」。写真ではひとり足りませんが、全員無事にカザフスタンへ入国しましたのでご心配なく。

4. 天山山脈と高速道路
ホルコス国境から約10キロメートル地点からアルマトイまで、昨年高速道路が完成。2015年には6時間40分(355キロメートル)掛かった道のりも、わずか4時間(320キロメートル)に短縮。
1時間も走ると、北の天山山脈の支脈は消え、南に別の支脈ザイリスキーアラタウが見えてきます。裾野までステップや畑が延々と続く風景は、カザフスタンならでは。目に入るのは牛・羊・馬だけ、人の姿を見かけることは、ほとんどありませんでした。

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日程13日目 2018年4月11日(水)ウルムチ→伊寧(イーニン)

今回はウルムチから伊寧まで列車で移動。以前の1泊2日が、わずか6時間に。バス旅なら通過していた果子溝大橋が、本日は大雪のため通行止めとか。列車に切り替えたのが幸いしました。長い旅は、天候、運にも左右されます。

1.ウルムチ駅
空港のようなウルムチの駅は、高鉄(中国新幹線)の開通にあわせて新設。しかし見かけは立派でも、手荷物検査2回、切符の検札3回と、不便この上ない駅でした。ハードは整っていても、ソフトはそれに追いついていない中国の現実を体験させてもらいました。

2.4人のコンパートメント
席は4人のコンパートメント。ウルムチ〜伊寧まで6時間の旅も、おしゃべりをしていれば、あっという間だったようです。

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3.荒れ果てた山 4.雪 5.緑の草原
景色は目まぐるしく変わります。茶→白→緑。雲っていてもこれだけの景色。晴れていたら、さぞ素晴らしかったでしょう。

6.イリ河
イリ河は中国の天山山脈に流れを発し、カザフスタンのバルハシ湖に注ぐ内陸側。明日、再びカザフスタンで目にします。それにしても高層マンションが増えました。

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日程12日目 2018年4月10日(火)トルファン→ウルムチ

トルファンからウルムチへ。新疆博物館を見学した後は自由行動。今日で中国編のみ参加した遠藤夫妻が離団となります。夜はさよならパーティー。しゃぶしゃぶも大好評で、ビールも11本+ワイン3本も開けてしまいました。

1.風力発電所
中国はエネルギーの消費ばかりに目を向けられますが、自然エネルギーの生産でも世界有数の国。砂漠での風力発電、太陽光発電にも力を入れています。新しいシルクロードの風景です。

2.天山山脈
ここ数日、砂埃が舞う天気続き、天山山脈が顔を現しませんでした。トルファン〜ウルムチの高速道路で見えた天山山脈。ここから約2,500キロメートル。ウズベキスタンとの手前まで、天山山脈との旅が続きます。

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3.遠藤夫妻お別れ会
遠藤さんが、王維の詩を詩吟で唄ってくれました。まさかこんな特技があるとは。趙海龍とは旧知の仲。遠藤ご夫妻とも、趙海龍と一緒に念願の新疆の旅をすることができ、喜んでおられました。ツアーをうまく盛り上げてくれて、ありがとうございました。

4.趙海龍絶唱
趙海龍の奥さんも日本語ガイド。本日は夫婦で「さよならパーティー」に参加してくれました。趙海龍も奥さんの前では「星影のワルツ」を歌うのも緊張したのでは?

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日程11日目 2018年4月9日(月)トルファン(夜)

1. 屋台風の食堂で夕食
シシカバブ、内臓料理、牛肉麺、地元のヨーグルト等々。しかし一番美味しかったのはスイカとか。この時期は新疆のスイカがないので、雲南省産だったのですが。

2. シシカバブ
レストランで食べるのと、このように目の前で焼いてもらう熱々のシシカバブとは、うまさが違います。

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3. 内蔵づくし
食べられなくても何でも試してみるのが、この旅。内臓づくしの料理はいまひとつだったようです。今、新疆では刃物の携帯は禁止され、屋台では刃物はチェーンで括られています。

4. 馬車で観光
トルファンではロバ車は電動バイクに変わり、一台も見られません。そこで少しでも昔のシルクロードの雰囲気を味わってもらうため、馬車をチャーターして、夜のトルファン観光。パカパカという、馬の走る音が、心地よく感じられました。

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日程11日目 2018年4月9日(月)トルファン

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中国で最も暑いトルファンも今日は13〜28度と比較的爽やか。暑さで体力を消耗する事なく元気いっぱい。高昌故城、アスターナ古墳、ベゼクリク千仏洞、民家訪問、カレーズ、交河故城、バザールと一日で回ってしまいました。そのぶん、たくさん食べて飲んでいますが。

新疆ウイグル自治区では、至る所で検問や荷物検査があります。ホテル、観光地、レストラン、サービスエリア等を問わず、どこでもX線を通しての荷物チェック。現地の人は、それに加えて身分証明書もチェックされます。しかし我々はパスポートのチェックは一度もなし。日本人である事、ガイドの趙海龍の顔が効く事、お客さんに愛嬌がある事等々。これなら国境越えも問題なさそうです。

1.高昌故城
電動カートで高昌故城の見学。ロバ車と比べ、情緒はなくなりましたが、そのぶん周囲6キロメートルの高昌故城を隅々まで回ることが出来ました。

2.焼きたてナン
おいしそうなナンを売っていれば、バスを停めてパクパク。食は重要な観光です。

3. 携帯で精算
中国が誇る携帯での精算。壁に貼ってある2次元バーコードをスキャンすれば、その場で精算は終了。ナン5枚で10元も、キャッシュレスで精算ができます。

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4.パンフレットの写真の女の子
パンフレットに掲載した写真の女の子たち。いとこ同士のふたりは10歳と9歳に。更にふたりに弟も。持参したパンフレットを嬉しそうに何度も見ていました。こんな風にパンフレットが使われるのも嬉しいものです。

5.民家訪問
女の子の両親の家で昼食。シシカバブ、ラグメン、ピラフ。葡萄棚の下での食事は、また格別です。

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日程10日目 2018年4月8日(日)敦煌→トルファン

敦煌→ハミ→トルファンは列車で移動。1泊2日の旅が、乗車4時間+アクセスのバス3時間=7時間に。23年前にこのツアーが始まった時は、がたがたの国道。それが高速道路になり、今回は高速鉄道での旅に変わりました。
蜑駅で、ガイドは郭さんから趙海龍へ交代。中国も最終章に入ります。

1.敦煌賓館にて記念撮影
西安から敦煌まで、安全に連れてきてくれた運転手揚さんとも蜑駅でお別れ。約3,000キロメートルを運転してくれました。敦煌賓館の副総経理と日本語のスタッフも参加して、一緒に記念撮影。多くの方がこのツアーを支えてくれています。

2.反弾琵琶
敦煌のシンボル反弾琵琶の像。正倉院の五弦琵琶もこのように弾かれていたのでしょうか?

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3.高鉄(中国版新幹線)
蘭州とウルムチを12時間で結びます。昨年西安まで開通した高鉄ですが、西安まで直通の列車はなく、蘭州で乗り換えなければなりません。切符に名前、パスポート番号まで打刻されているのは、管理が厳しい中国ならでは。

4.高鉄車内
中国人しか乗っていないのに車内は静か。一番騒いでいるのは私たち?バス内ではいつも私たちだけなので、一般の中国人と同乗出来るのも楽しみの一つ。荷物のスペースが少ないので、一部スーツケースは棚の上へ。55日分の荷物が詰まった平均25キログラムの荷物を上に載せるのは、容易ではありません。

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日程9日目 2018年4月7日(土)敦煌

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午前中は莫高窟、午後は郊外観光。昨日鳴沙山を訪れているので、本日はゆったりと観光。お客さんに意見を聞きながら、ツアー内容を自由自在に変えていくのがこのツアーの特徴です。毎回天気も違えば、交通事情も、お客さんの好みも体調も違うのですから。
清明節の三連休の最終日。この時期にしては、どこも多くの観光客の姿を見かけました。

1.莫高窟にて記念撮影
記念写真大好きグループ。観光地では、いつも記念写真のリクエストが。

2.逃げ水
先日の雪が嘘のよう。日中は気温が上がり26度。道路には逃げ水が、地平線の彼方には蜃気楼が見えました。敦煌でも2日前は雪が降ったといいます。

3.河倉城にて記念撮影
玉門関、漢の長城、河倉城を巡る郊外観光。歴史に興味のない中国人観光客は、河倉城までは足を延ばしません。そのため観光客が多い玉門関と比べるとひっそり。かつては疎勒川の水運によって物資を運び、防衛・駐屯のために物資を蓄えていた唐代の東西132メートル 南北17メートルの巨大な倉庫。郊外観光で、最も見ごたえのある遺跡です。

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4.敦煌賓館うさぎ
中国のホテルでもこんなサービスが。水が出ない、お湯が出ない、トイレが流れない等々のクレームはほとんどなくなりました。排水が悪く、多少水漏れするのはご愛敬。

5.夕食
よく食べ、よく飲むグループです。あまり変わり映えしないホテルでの食事は避け、極力一般のレストラン、食堂での夕食。一般のレストランの設備でも、このように豪華な所も。丸テーブルが一周する間に、皿が空になることもしばしばです。

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日程8日目 2018年4月6日(金)嘉峪関→敦煌

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道が良くなり、瓜州に宿泊せず、途中楡林窟を観光しても、1日で敦煌へ行くことが可能になりました。最近は楡林窟を訪れる中国人観光客が増加し、周辺を整備中。今回は3年ぶりの中国シルクロード。観光地周辺の景観や観光方法が変わったり、入場料が値上げされたりしていました。3年も来ないと、以前の情報は役に立ちません。改めて中国の変化のスピードの早さに驚かされています。

中国では統一の北京時間を使用しているため、敦煌まで来ると夜19:30位まで、陽が残っています。敦煌の到着が18時。まだ明るいので、鳴沙山まで足を伸ばしました。

1.祁連山脈
スコーンと抜けるような快晴。青空に祁連山脈の雪山が顔を出しました。

2.楡林窟へ
高速道路を降り、一般道を楡林窟へ。高速道路より、多少デコボコがあり、途中停車が出来る一般道の方が、この旅に似合います。

3.楡林窟のアンズの花
アンズの花が谷を埋め尽くしていました。今年は春が早めにやって来ています。花のシルクロードの旅です。

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4.無事に登頂
鳴沙山の砂山に登頂。往路は砂丘に作られた木の階段を登りますが、復路は砂まみれになりながら、砂丘を下ってこなければなりません。結構ハードです。それでも女性5人男性6人の参加者の内、女性4人男性3人が挑戦し、無事登頂。やはり女性は強い。

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日程7日目 2018年4月5日(木)張掖→嘉峪関

河西回廊を西へ。張掖、酒泉、嘉峪関と辿っていきます。どの街にも巨大なビルが立ち、道路は片道2車線で、碁盤の目のように整然とし、各街は高鉄(中国版新幹線)で繋がれています。改めて、中国の発展ぶりに驚かされます。

1.樹氷
今朝の気温はマイナス4度。スプリンクラーで散水した水がすべて凍り付き、人工の樹氷になっていました。

2.旅游厠所
都市だけでなく、田舎にも清潔なトイレを建設し、中国全土を衛生的にする政策が推し進められています。号令一下、あっという間に主要観光地、サービスエリア等のトイレがきれいになりました。メインテランス、使い方に問題があるため「中国でトイレに困ることがなくなった」と断言する事はできませんが、かなり改善されたのは事実です。
トイレもホテルのように、星でランクが定められています。

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3.記念写真
今日は雪こそ降りませんでしたが、震えるほどの寒さ。でも突き抜けるような青空となりました。

4.火鍋料理
寒いので鍋の夕食。鍋は大鍋ではなく、ひとり用の鍋に各自で好きな材料を入れて食べるスタイル。最後のしめは麺。服務員が、その場で手打ち麺を作ってくれます。こんなサービスが日本にもあれば、商売繁盛間違いなし。でも人手不足の日本では叶わぬこと。

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日程6日目 2018年4月4日(水)蘭州→武威→張掖

シルクロードの旅は、やはり侮れません。好天が続くと思いきや、黄砂が吹き荒れ、みぞれ舞う荒天に。西安の28度から一気に0度に気温は急降下。車内の冷房を暖房に切り替えました。
黄土高原を抜け、河西回廊へ。例年なら南に見える祁連山脈も砂と雲の中。雪を被った祁連山脈ではなく、雪に覆われたゴビタン、雪を被った長城の景色となりました。それはそれで、滅多に見られない景色。570キロの移動も、充実した1日となりました。

1.変貌を遂げる蘭州の街
1991年当時の人口は100万人。27年後の今は380万人の人口を抱える西域最大の都市となりました。高さ250mのビル、地下鉄も建設中。まだまだ発展を続ける蘭州の街です。

2.黄砂
天気は一変。青空から一面の黄色の世界となりました。カザフスタンとの国境までは、連運港と霍尓果斯(ホルコス)を結ぶ、高速道路30号線(G30)を走ります。昨年西安とウルムチを結ぶ、高鉄(中国版新幹線)が全線開通。その影響で長距離バスの運行が減り、交通量が減りました。

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3.雷台漢墓内
ガイドの郭さんが、雷台漢内で熱弁をふるっています。昨日甘粛省博物館で見た銅奔馬は、この墓の副葬品でした。

4.雪のゴビタンと長城
北山山脈とゴビタン。そして明代の長城が連なっています。見えますでしょうか?雪景色もまた趣があります。

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日程5日目 2018年4月3日(火)蘭州

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蘭州に連泊。連泊の日は、洗濯が重要なお仕事。下着類は手洗い。乾燥しているので、綿の靴下やパンツも一晩で乾いてしまいます。シャツやズボンはクリーニングに。ズボンでも約300円と安いので、心置きなくクリーニングに出せます。これでしばらく続く、1泊移動も安心です。

甘粛省博物館と郊外の炳霊寺の観光へ。あさってから清明節の三連休が始まります。連休前なので、どこも観光客の姿は少なく、炳霊寺も貸し切り状態でした。

1.郵便局員
魏晋時代の墳墓のレンガに描かれた郵便局員。よく見ると口がありません。当時の郵便局員も守秘義務が重要でした。

2.記念写真
全員元気に観光中。旅も5日目。皆さん打ち解けて、ワイワイガヤガヤ。2018年ユーラシア大陸横断チームの形が、ほぼ出来上がりました。

3.炳霊寺磨崖仏
花真っ盛りの炳霊寺磨崖仏。花に囲まれた磨崖仏も、どこか嬉しそう。そういえば花まつり・灌仏会も、もうすぐです。

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4.新緑の炳霊寺石窟
劉家峡ダムから黄河をモーターボートで遡り、炳霊寺へ。炳霊寺周辺の切り立った岩山。新緑の木々。深閑とした炳霊寺。大感激の一日となったようです。

5.牛肉面
蘭州でこれを食べなければ、蘭州に来た事になりません。最近は日本でも流行っているようですが、本場で食べる牛肉面はまたひと味違います。

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日程4日目 2018年4月2日(日)平凉→蘭州 

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毎日晴天が続きます。大陸気候のため日較差が激しく、今日の温度の予想は平凉6〜27度 蘭州8〜29度。朝は長袖にライダウンジャケット、昼間は半袖。3年前と比べると空気汚染が改善されたのでしょうか。中国で大気汚染がひどい街として知られた蘭州にも青空が戻っていました。黄河を渡り蘭州へ。

1.ポーター
平凉のような小さい街では、ホテルにポーターはいません。でもホテルの従業員が総出で荷物を運んでくれました。中国の田舎では、ビックリするほどのサービスを受けることがあります。

2.山アンズ
2017年12月には、六盤山に長さ9480メートルの新トンネルが開通。以前のように山越えを味わうことはできなくなくなりましたが、山一面にヤマアンズが咲き誇っていました。万事塞翁が馬。

3.農村
高速道路沿いには、まだまだこんな農村風景が見られます。高速道路を降りて、ゆっくり撮影をしたくなるような風景です。

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4.中山橋
1時間も早く蘭州に到着したので、黄河に架かる黄河第一橋・中山橋の観光へ。1907年の清の時代、ドイツによって建てられた初めての固定橋。周辺にはボーっと橋を眺める人、トランプに興じる人、デートを楽しむ人々の姿が。中国人が日本を訪れてビックリするのが、ブラブラしている人を見かけない事だとか。特に日本の田舎では人影も見かけなくなりました。

5.ガイド交代
蘭州で西安(陝西省)のガイド楊保華さん(右)から、蘭州(甘粛省)のガイド郭嘉(左)へ。広い中国では、省ごとにガイドが交代します。楊保華さんお疲れ様でした。無事トップバッターの役割を果たしてくれました。楊さんの案内、サービスには、みんな大満足でしたよ。

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日程3日目 2018年4月1日(日) 西安→茂陵・霍去病の墓→大仏寺→平凉

西安を出発し、15,000キロ先のローマへの旅。今日から本格的なバス旅が始まりました。55日の日数に驚かされますが、毎日が変化のある刺激的な一日一日。あっという間の55日となるでしょう。道、トイレ、ホテル等のインフラは以前と比べると隔世の感があります。安心して旅ができるようになりました。私も夜はぐっすり眠れます。

1.西安の城壁
明代に作られた西安の城壁は周囲13キロ。それでも唐代の城の七分の一にしか過ぎません。お客さまは、改めて中国のスケールの大きさに度肝を抜かれたようです。

2.出発式
絲綢之路起点群像前での出発式。陝西省国家旅游局の局長が、王維の詩(送元二使安西)を朗読してくれました。
渭城朝雨潤※注1軽塵(いじょうのちょうう けいじんをうるおす)
客舎青青柳色新(かくしゃせいせい りゅうしょくあらたなり)
勧君更尽一杯酒(きみにすすむさらにつくせ いっぱいのさけ)
西出陽関無故人(にしのかたようかんをいずればこじんなからん)
しかし陽関を出ても、各地で友人のガイド(故人)が迎えてくれるので心配はありません。
※注1 実際の字はさんずい。右に口と王

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3.お線香
何でも見てみよう、何でもやってみよう、何でも食べてみよう。
その気持ちがなければ、この旅は続けられません。3日目で皆さんが好奇心の塊であることが分かりました。大仏寺で売っていた巨大なお線香。すぐに購入して、現地の方に手ほどきを受けながらお参りをしていました。

4.黄土高原の大地
この旅の魅力は、世界遺産や観光地を巡るだけではありません。忙中閑あり。いやいや道中観あり。初日から日本の1.5倍の面積を持つ黄土高原の景色が、皆さんをバス旅の面白さに引き入れてくれました。

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日程2日目 2018年3月31日(土)西安

2015年以来3年ぶりのユーラシア大陸横断の旅。今回は55日間でローマを目指します。かつては55日間ではイスタンブールまでがやっとでした。それが20年経ち、交通事情の改善により、ローマまで足を伸ばせるようになりました。中国は一帯一路政策を掲げ、新シルクロードの発展を推し進めています。2018年のユーラシアはどんな変貌を遂げているのか?お客様は何を思い、何を感じるのでしょうか?55日間、最新のユーラシア大陸横断の旅情報をお伝えしていきます。

1.兵馬俑
兵馬俑には1,700体が並びます。最近では、兵馬俑の数より観光客の数の方が多くなりました。観光客の増加に合わせ、新しい駐車場、ゲートを建設。3年ぶりの兵馬俑坑はすっかり変わっていました。

2.花の長安
八重桜、桐、ハナズオウ等の花で埋め尽くされた長安の街。今年の中国は、日本と同様に例年より一足早い春が訪れていました。

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3.清真寺
長安に伝わったイスラム教は、中国の仏教文化と交わり、お寺風のモスクを作り上げました。清真寺を訪れるのは外国人観光客ばかり。しかし周辺の回族街は中国人でごった返しています。回族街は食の街ですから。

4.鐘楼の夜景
今年旧正月のライトアップのコンテストで一番になった西安の夜景。徳発長の餃子でお腹いっぱいになった後は、ホテルまで夜景を見ながらの散歩。夜でも人波が絶えない西安の夜は、活気に溢れていました。

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日程1日目 2018年3月30日(金)晴れ

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出国ゲート前に全員で集合写真

例年より早く桜が満開!快晴で出発日和の東京。
正午、羽田空港国際線ターミナルに11名のお客様がご集合されました。
それぞれ二村添乗員とご挨拶後、荷物を持って中国国際航空のチェックインカウンターへ。
しかしいつもはすんなりチェックインできるカウンターのはずが、今日はなかなかチェックインさせてもらえず・・・?!!
いきなり足止め?!!

普通の日本人旅客なら中国への往復の航空券を持っているはずなのに、中国行きの片道切符しか持っていない私たちを見て、カウンターの係員は「なぜ帰りの航空券がないのですか?中国からどうやって出るのですか?」と不審な様子。「帰りの航空券はありますが、中国から帰ってくるのではありません。西安からローマに行く55日間の長い旅なのです。中国には査証不要な14日間だけいます。その後、バスで国境を越えカザフスタンに抜けていきます。最終的にはローマから飛行機に乗って帰ってきます。」と、旅程表を見せながら説明。
いきなりここで止められるのは初めてのことで、世界の動きを反映し益々セキュリティが厳しくなっていることを感じつつ、ようやく理解してくれた係員に荷物を受け取ってもらい、全員チェックインが済みました。

JTB担当よりご挨拶後、二村添乗員からのブリーフィングでは、「北京も広い空港、セキュリティも厳しいです。はぐれないように!1日かけて西安まで行きます!」とお話しがあり、いよいよ一同は出国ゲートへ。

さあ、参加のみなさんそれぞれの思いを胸に、待ちに待った西安からローマへ55日間の旅が始まりました!いざ、ローマをめざして!良い旅に、実り多い旅になりますように。一路平安!

本日のスケジュール
12:00 羽田国際線ターミナル空港集合
13:33 羽田発 CA182便(中国国際航空)
16:45 北京着
20:20 北京発 CA1205便
22:30 西安着 西安皇城豪門酒店 宿泊。
東京羽田〜西安までの飛行時間は計6時間!

ツアーコーディネーター JTB藤崎みほ

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定番の赤ベストを着てブリーフィングする二村添乗員

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二村添乗員と藤崎・中島とでがっちり握手して出発!

※この旅日記は、二村添乗員からの日記が届き次第、毎週更新します。

春のユーラシア大陸横断バスの旅へようこそ!!

1995年にスタートした「ユーラシア大陸横断バスの旅」。これまで23年間、途中、政情不安により設定できない時期があったものの、シルクロードをたどるロマンあふれるツアーとしてお客様にご支持いただき、計25回、のべ370名の“旅人”が、西安からイスタンブール、ローマに至るルートを走破されました。

一見すると、毎回同じルートをご案内用しているようにみえる「ユーラシア大陸横断」ですが、実は毎回、現地の最新情報に即した細かなベターチェンジをはかり現在に至ります。とりわけ近年のインフラの整備はめざましく、車窓の風景も年月と共に相当な変化を遂げ、ホテルも格段に良くなりました。2018年春のツアーでは、基本はバス旅としながらも発展著しい鉄道を一部区間(柳園〜敦煌、ウルムチ〜イーニン、サマルカンド〜ブハラ、マシャッド〜テヘラン、コンヤ〜イスタンブール)で利用しつつ、55日間で西安からローマをめざすルートに改めました。95年当時、西安からイスタンブールまで55日間かかったとの比べると隔世の感があります。また、物事には始めがあれば必ず終わりがある。本ツアーは諸般の事情により今回、2018年春のツアーをもっていったん、最終走となります。

55日間、シルクロード沿いの歴史的に重要な史跡等を訪ねながらひたすら道を行く旅。しかし、この旅で最も重要視しているのは、目的地の観光地ではなく、途中の変化に富んだ景色と現地の人々との触れあいです。

春は草原が緑に変わり、花が開花する季節。中国のりんご・なし・あんずの花、中央アジアのチューリップやポピー、イラン高原やトルコのアナトリア高原、マケドニアのオフリド湖、クロアチアのプリトヴィツェ国立公園等の野に咲く花々が、目を楽しませてくれるはずです。

笑顔を絶やさないトルファンのウイグル人たち、底抜けに明るいウズベク人、人なつっこいイラン人、一緒に写真を撮ろうと声をかけてくるトルコ人等が、心を和ませてくれるに違いありません。

それでも、ツアーは楽しいことばかりではありません。天候不順、交通渋滞、体調不良、バスの故障、長時間を要する国境越え、人間関係の悩み等々。中国の汚いトイレ、中央アジアの野外トイレ。イランでは飲酒が禁じられている上、女性は外国人・旅行者といえども肌を隠し髪はスカーフで覆わなければなりません。「寛容と忍耐」が必要となる旅です。けれど「そんな苦労や困難があるからこそ、この旅は楽しい」とは、お客様の感想です。

かつて、アレキサンダー、張騫、マルコポーロ、玄奘三蔵、チムールが辿った「シルクロード」。この道は長い間覇権を求める列強の国同士の争いや、民族間の紛争に翻弄されてきました。1991年のソ連崩壊後に生まれた中央アジアの国々、90年代の内戦後に分裂した旧ユーゴスラビアの国々、独自の道を行く中国、トルコ、イラン、そして欧州通貨危機の只中にあるギリシャ、イタリア。「国とは?」「宗教とは?」「民族とは?」。この道を走った人にしかわからない発見と感動が必ずあるはずです。それはツアー開始から23年経った今でも変わりません。それでは、いざシルクロード、ユーラシア大陸横断の旅へおでかけください!

●ご参加者について
過去のツアーの平均年齢は68歳位ですが、70代のご参加も多く、80代の方も参加されています。意外なことに1人参加が多く、ご夫婦での参加は毎回1〜2組程度です。1997年以降、途中で帰国されたお客様はいらっしゃいません。ご参加にあたり、ご自分で歩けるだけの体力と、全員に足並みを揃えられる程度の歩行力は必要です。

JTBロイヤルロード銀座・大陸横断デスク TEL : 0120-777-815 担当:西浦・中島・藤ア

西安からローマへ
春のユーラシア大陸横断 説明会開催
(予約制)
2018年1月17日(水) 14:30〜16:30ロイヤルロード銀座サロンにて

説明会参加のお申込みは 03-6731-7672
※個別のご相談も承ります。お気軽にお電話ください。

「ユーラシア大陸横断という旅」添乗員 二村忍

旅には、様々な形がある。クルーズ船に乗って日がな一日大海を眺める旅、列車に乗って移りゆく景色に思いを馳せる旅、着飾ってディナーを楽しむ旅、歴史を辿りながら観光地を巡る旅、リュックを背負って山を登る旅。しかしバスに乗り、ひたすら目的地を目指して走る旅は意外と少ない。

お客さんは、この旅を「熟年バックパッカーの旅」と称した。働き続けた若い頃は、旅に出る時間やお金がなく、そのうえ当時は海外に出ることさえ夢のまた夢であった。年をとって余裕はできたが、今度は一人でバックパックを担いで旅に出る体力と気力がない。それでも若い頃のロマンを追ってみたい。そんな熟年が求める旅なのである。日数55日間と距離15,000kmと聞けば、ロマンより数の多さに参加を尻込みさせるが、実際は過ぎゆく日々の早さと気軽さに驚くに違いない。

もちろんルートを勝手に定め、その日の宿を探し回り、バスのチケットを自分で買い求める自由さはない。しかし現地をリアルに体験するというバックパッカーの旅本来の面白さは持ち合わせている。日程に観光地は記されているが、それはお決まりのようなものであり、それほど重要ではない。実は空白の部分に、この旅の魅力が詰まっているのだ。あらかじめ農家訪問やお祭りの見学等は日程に組み入れず、空白部分はお客さんの興味と出会いによって埋められていく。だから空白は、白のままもあれば、青にも赤にも染まる。

花があればバスを停めて写真を撮り、路上販売を見かければバスを下りて食べてみる。突然の農家訪問や学校訪問、結婚式や誕生祝いに参加と、偶然の現地との触れあいを楽しむ。ガイドがいて言葉が通じる分、ひとり旅よりは更に交流は濃密である。「ハプニングがあるからこの旅は面白い」と言われる所以である。そのうえガイドの説明は、現地の農業や教育事情、風俗習慣など全般へと広がり、お客さんの知的好奇心も十分に満たしてくれる。

そんな旅の記憶が、西安からローマまで重ねられていく。そして今までは、まったく別の国や人として捉えられていた国同士や人々が結びつき、数珠玉に糸を通したように円となり、ひとつの数珠が完成される。繋がれた円は、また新しい縁を生む。結ばれた縁は一生の宝となって、心に刻まれていく。
ユーラシア大陸横断とはそんな旅である。

2012年秋 西安〜ローマに参加された川内浩司様が旅行記を出版!!

「さあ行こう、シルクロードへ
 ユーラシア大陸横断旅行記」文芸社

このたび、日本図書館協会の推薦図書に選ばれました!
61日間で旅したシルクロード沿いの民族や宗教、食に関する詳細な話から旅への想いまで、ユーラシア大陸横断ツアーの魅力がぎっしりつまった1冊。
ぜひ読んでみてください!!

大陸横断デスク

ご参加のお客様の声/田美和子 様

「ユーラシア大陸横断バスの旅」に参加して
<2013年 秋 ウルムチ〜イスタンブール>

炎天下40度の遺跡も歩きました。寒風吹きすさぶ氷点下の峠も通りました。絵の具で塗り分けたようにカラフルな山や畑に目を見張りました。見渡す限りの大平原や、荒涼とした土漠を延々と走りました。

食べ慣れないものにもチャレンジしたし、おいしいものはたらふく食べました。有名な観光地にも寄りましたが、山間の小さな可愛らしい町にも泊まりました。想像を絶する奇妙な町も見たし、その国に対する印象を激変させた人々にも出会いました。
シルクロードを熟知し、旅を楽しくしてくれた添乗員の二村さんと、彼と友人のような信頼関係で結ばれた個性的なガイドさんたちに導かれて、何の不安もなく、本当に様々な経験をすることができました。

今回、ウルムチから 8,000km強をバスで走り抜け、一ヶ月かけてイスタンブールにたどりついた時、「昔の人は、この倍の距離を、それも自分の足で歩いたんだなあ」と思ったら、シルクロードの旅の壮大さが実感できました。 快適な部屋のソファに寝転がって、NHKの「シルクロード」を見た時とは、まったく別ものの感動がありました。
シルクロードは、「TV」ではなく「自分」で、そして「点」ではなく「線」で旅して初めてわかるものなのでしょう。

私は旅が好きで、今まで100カ国近く行っていますが、このツアーは、間違いなく忘れられない旅になると思います。

(田美和子)

ご参加のお客様の声/藤井昌ニ 様

「シルクロード・西安からイスタンブール55日間」の広告を新聞紙上で見つけた13年前、私は飛びついた。何というロマンチックな響き!しかし、次の瞬間、「チョット待てよ。」と我をひき止めた。「シルクロードの歴史も、その経由地の知識も何も知らないではないか。先ずは少しは勉強してからだ。」既に65歳を過ぎ「この時を逸すると老化してこんな長い海外旅行は無理になるぞ。勉強はアトからだ。」と別の声。

かくて翌2000年、「春のシルクロード」に参加した。55日間の海外旅行なんて初めて。どんな大きな携行荷物になることか。しかし、考えてみると、別に55日分の替え下着を持参する訳でなし、1週間の旅の手荷物とさして変わらない。もっとも、他の年のグループでは3升の米と炊飯器持参や羽織袴のツワモノもおられたらしいが・・・。

参加してはじめて実感したのは、バス旅行での手荷物の扱いの楽なこと。スーツケースは西安空港でバスに一旦預けると、あとはホテルの部屋に夕方届けられ、翌朝扉の外に出すだけの繰り返し。但し、国境越えの時は例外もある。もっとも、海に囲まれ国境を実感できない珍しい民族である我々にとって、陸路の国境越えはこの旅でのユニークな経験で、空からの出入国では見られない両国の関係や人々の様子が見られる貴重な機会である。皆で協力してスーツケースを押して徒歩で歩かねばならない国境もあり、両国の関係で変化もあるが、みな後には懐かしい思い出となる。

バス旅行の魅力は他にも色々ある。少なくとも2人分の席が専用出来るので実に楽。それにめぼしいマーケットや催し物などを見つけた場合は、時間の許す限りバスを止めて予定外の見学をする。何度か結婚披露宴に招かれて、新郎新婦と並んで写真などのハプニングも楽しい思い出だ。もちろんトイレ停車も随時OK。

道中の昼食は、特に中国内ではあえて予約していない場合が多く、添乗員とガイド、それに道中に詳しい運転手(彼らもうまい食事がしたい)が相談して、ベストの食堂を見つけてくれる。特に中国人は食事を大切に考えるし、火力の強い料理法で土地の材料を短時間に供してくれるのが楽しみだ。

名所旧跡を訪ねるのみが、この旅行の楽しみではない。人々の暮らしに少しでも近づいてみることが出来るのがこのバス旅行。また、自由度も大きい。その自由度のために4度も参加したというリピーターもいらっしゃる。彼女は脚があまり丈夫ではないので、場所によっては見学をパスして車中で休憩される。移り変わる車中からの景色は何度見ても楽しく、また、その都度新しい発見があると。旅は人それぞれの楽しみ方で千差万別ともいえよう。そして、あれだけ長かったはずの旅も、終わってみればあっけない。楽しい思い出はいっぱい詰まっているが。事情が許せば私だってもう一度参加したい。他の旅では感じない不思議なリピート願望がある、それが「ユーラシア大陸横断」ツアーだ。

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