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新しい旅の価値:心に残る感動の旅

新しい旅の価値 心に残る感動の旅 コンテスト結果発表! 感動のそばに、いつも。旅にはまだまだ奥深い魅力があり、そこにはいつも感動がある。家族と分かち合う幸せな旅、思い出と寄り添う特別な旅…まだ気付いていない旅の魅力がある。

『エピソード募集ダイジェスト動画』

この度は『家族の絆を深めた感動の国内旅行エピソードコンテスト』に、大変多くのご応募を頂き誠にありがとうございました。厳正な審査の結果、受賞エピソードが決定致しましたので、審査結果をここに発表致します。

受賞作品

グランプリ

  • 『 少し変わった我が家の家族旅行 』 田辺真穂さん

    我が家では、毎年家族旅行に行きます。年に1度の、楽しみなはずの旅行ですが、
    私はいつも憂鬱でした。我が家の家族旅行は、少し変わったものなのです。

    私には、自閉症という障がいを持った弟がいます。
    自閉症とは、こだわりが強く、他者とのコミュニケーションが上手くとれない病気です。
    弟が通う、障がいをもった方々が集う施設では、毎年旅行に行きます。
    弟はいつも、とても楽しんで帰ってきます。そして、言うのです。「また行きたい」と。

    我が家の旅行は、弟が施設の方々と旅行した先に、家族でまた行くというものなのです。
    こだわりの強い弟ですので、多少の妥協も許されません。
    行き先、回るコース、食べるもの、泊まるところ、通る道路までもが、同じでないといけないのです。

    私と妹は、行きたいところには行けず、楽しんでいるのは弟ばかり。
    そんな旅行でしたので、私はあまり乗り気ではありませんでした。
    去年は静岡へ行き、弟のマニュアルどおり、自動車工場の見学をしました。
    「うなぎパイファクトリーに行きたかったな〜」なんて言いながら。
    つまらなさそうな顔の私達を見て、弟は少し悲しそうな顔をしましたが、あまり気に留めていませんでした。

    工場見学のあとは、海鮮丼を食べに行きました。
    その海鮮丼がとっても美味しくて、私と妹は「おいしい!」と思わず、笑みがこぼれました。
    そんな私達を見て、弟は本当に嬉しそうな顔をして、「みんなで食べるとおいしいね!」と言いました。
    その笑顔を見て、私と妹は、心が痛みました。
    弟は、単純に自分が楽しかったから、また来たかったのではなく、自分が楽しかった旅行に、
    大好きな家族を連れて行って、私達家族を楽しませたかったのです。
    そんな弟の想いに気づき、思わず私は弟に言いました。
    「連れてきてくれてありがとう。」弟は、その日一番の笑顔をみせてくれました。
    それ以来、少し変わった我が家の家族旅行が、とても愛おしく、楽しみなものになりました。

準グランプリ

  • 『 父と息子の鹿児島男旅 』 加治屋健さん

    先祖、亡父、息子との「絆」が繋がった瞬間の話です。現在は、私は60歳になります。
    丁度5年前息子が小学5生になったときに鹿児島に二人で「男旅」をしました。
    私も小学校の頃お盆の時期先祖の墓参りに鹿児島の田舎に行きました。 夏の蚊取り線香と墓に供える線香の混じった匂いが、今でも思い出です。
    羽田から息子と飛行機に搭乗し一路鹿児島に向かいました。
    残念ながら亡父は戦後生まれの時代の企業戦士で、多忙で家族と旅行したことはほとんど無く、
    ましてや息子の私と二人で旅行等は夢のまた夢でした。
    無意識のうちに亡父との二人「男旅」に憧れていたかもわかりません。

    鹿児島空港に到着。ボーディングブリッジを二人でわたる際に南国独特の蒸し暑さと、
    何故か「お帰り」という亡父の声を聴いた気がしました。
    不思議でした。息子はきょろきょろと辺りを見渡し、「ここがおじいちゃんが生まれたところ?」と言いました。
    高速バスで一路鹿児島市内へ向かい、小高い丘に建つ有名な城山観光ホテルに宿泊しました。
    鹿児島に出張の際もこのホテルは宿泊する私のお気に入りのホテルの一つです。
    ホテルの目の前から見える桜島は雄大で素晴らく亡父を思い出します。
    食事を済ませホテル内の城山温泉に二人で入りました。
    息子は何も言わずに私の後ろに回り背中をごしごしと洗い、
    温泉から見える桜島を眺め「おじいちゃんが画いていた桜島?」と一言。
    実は亡父は日本画が得意でよく桜島を画いていました。
    そんなことを思いながら息子を眺めていると仕草から何故か亡父に見えてきて嬉しい気持ち、
    暖かい気持ちで一杯になりました。

    露天風呂から桜島を眺めながら、普段は話すこともない他愛のない「好きな子はいるのか?」から始まり、
    友達、先生、母親、人生のことまで色々と話をしました。 どれくらい露天風呂にいたでしょう。
    時間をすっかり忘れるくらい貴重な貴重な親子の時間を過ごすことが出来ました。
    翌朝、ホテルをチェックアウトして先祖の墓がある垂水に船で桜島を横目で見て向かいました。
    その時の桜島の男らしい雄大さには、私も息子も圧倒されました。
    目的地の墓地に到着。持参した線香に火を点けようとしたら、
    息子が僕にやらせてと言って線香に火を点け、花を添え、手を合わせました。
    この瞬間に先祖と亡父、息子。私の「絆」を感じました。
    あの時の息子の真剣な眼差しは今でも鮮明に覚えていますし忘れることは一生ないでしょう。
    エピソードを読む

  • 『 車椅子でまわるふるさとの街 』 中村昌美さん

    父のふるさと、愛媛県宇和島市。子どもの頃は、父の運転でよく訪れた。京都からはずいぶん遠く感じた。
    紺碧の宇和海。テーブルサンゴの日振島。牛鬼の和霊神社。闘牛。西江寺。
    郷土料理の鯛めし、フカの湯ざらし。揚げたてのはらんぼの天ぷらは、アツアツでおいしかった。 そこでしか食べられない、大好きなご馳走だった。父の母校、宇和島東高校が、春の選抜初出場で優勝したこともあった。
    父の昔話を聞きながら、自分のルーツを感じていた。

    私も、いつしか大人になった。定年を迎えた父が何度目かの病に倒れ、辛い治療を始めた。
    日に日に変わっていく父の姿を見て、皆何かを感じていた。
    ある日私は「宇和島に行こう」と父を誘った。父は迷ったが、「行きたい」と言った。
    近所のかかりつけ医は、快く車椅子を貸してくれた。
    今度は私が運転―。車椅子でまわる、ふるさとの街。いつもより思い出話をする父。
    重いから私が押すと言うのに、「私が押したい」ときかない母。
    育った家はもうなかったけれど、いっぱい遊んだ神社や川や海が、
    --歴史がそこにはあった。

    旅から戻ると父は「ありがとう。わしにとっては特別な旅やった」と言った。
    私が宇和島に誘った意味を、父は解っていたんだ。そりゃそうか。
    ささやかな日々の積み重ねが、一生を創る。
    身近な人がその重ねた時間を終えようとするとき、私に何ができるのだろう。
    この旅は、自己満足な親孝行なのかもしれないと迷ったのだったが、行って良かった。
    そしてその時撮った写真が今、遺影となって閑かに笑っている。
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  • 『 心に残る従業員さんの思いやり 』 匿名希望

    次男が生まれるまでは、「次の休日は、どこに旅行いこう?」と わいわい時間を忘れて話していました。
    でも待望の次男は、生まれた時から 重度のアレルギーで、
    離乳食から 幼稚園まで米と一部の野菜、魚少々しか食べれない日々が続きました。 だんだん疲れていく私に気づいたのでしょうか?主人から、今までがんばってきたご褒美旅行の提案がありました。
    夏休み、車に積んだクーラーボックスの中には
    おむすびと蒸したサツマイモ、鮭 梅干し。あらかじめ、旅館には、3人分の食事をお願いしていました。
    食堂で、いろいろなお皿、いろいろな料理に歓声をあげる長男を前に、
    私は次男の前にラップで包んだおむすび、タッパーの蓋をあけた鮭とサツマイモを並べました。
    「これ何?うわーーーめっちゃおいしい」「これ見てー。すごい。変わってる、おいしいなー」
    大喜びするに長男を前に、私は、次男に「ちゃんと食べてね」としか言えませんでした。
    そんな様子を見ていたのでしょうか、従業員の方が私の横にそっと立ち、優しく話しかけてくれました。
    最初は、「夏休み? 虫一杯捕れた?」といった感じでしたが、
    私にさりげなく次男の食事の事を聞いてくれました。
    食物アレルギーの話をすると、私達にできる事なら何でもさせていただきます、との温かい言葉。
    その後、料理長さんまで、話を聞いてくれる事になりました。
    翌朝、食堂に案内されて席に着いたとき、次男の今まで聞いた事のない大絶叫の声に驚きました。
    テーブルの上には、温かいおむすび 焼き魚、お吸い物(味噌はダメなので)
    卵焼きならぬカボチャのマッシュ 
    おひたし、それぞれが 綺麗なお皿にのせて置かれています。
    お皿に顔がくっつくほど身を乗り出し、
    「兄ちゃん、見て、おいしそう」「これ何やろ?おいしい」「見てこれ、いいやろー」 
    兄弟でワイワイ パクパク食べていきます。
    帰りの車の中、虫かご一杯に入った虫を抱え熟睡している兄弟を見て、
    一生忘れられない心に残る温かい旅行をさせてくれたあの従業員の方に感謝の気持ちで一杯でした。
    エピソードを読む

佳作

  • 『 家族を一つにしてくれた沖縄の海 』 石田可奈恵さん

    私の両親は自他共に認めるおしどり夫婦。
    日課である晩酌の際には母の漬けた漬け物をツマミにいつも同じ会話。

    「いつかでっかい指輪を買ってやる」
    「旅行にも連れてってやる」

    口癖のようにいつもと同じ話しをする父。

    そして、その話を微笑みながら聞く母。

    「じゃあ、私は沖縄がいいわ」

    「わかった。」
    「絶対連れてってやるからな」

    ありふれた日常。

    両親の晩酌姿は毎日見ることができるものだと思っていた。

    あれから、数年後…

    父の持病が悪くなり両親の晩酌姿は無くなった。
    それと同時に両親が沖縄の夢を語ることもなくなり、我が家は少しずつ変わっていった。
    運命とは残酷なもので父は天国へと旅立った。

    それからの我が家は文字通り真っ暗だった。

    無理して笑う母の姿が余計に辛かった。

    それでも月日は流れ、私は結婚し二人の子どもにも恵まれた。孫が真っ暗だった我が家を明るく照らしてくれました。

    妻となり、母となった私。

    自分が妻、そして母となって初めて気付くあの頃の母の想い。

    もし、自分だったらと思うと想像しただけで胸が張り裂けそうだった。

    私には何もできないのだろうか?

    そんな時、両親の晩酌姿を思い出した。

    叶わぬ夢となった沖縄を。

    早速、家族会議。

    もちろん全員賛成だった。

    しばらくしてから、母にも伝えた。
    嬉しそうに涙を流す母。

    旅行当日は小さい子ども達がいるので、ドタバタだった。
    急いで飛行機に乗り、沖縄へ向かう。

    沖縄へ着くと心配していた天気にも恵まれ、母の希望で1日目は海へ行くことにした。

    海へ着くと、砂浜に座り沖縄の透き通る海を静かに見つめる母。

    海を見つめながら母は私に教えてくれた。
    なぜ晩酌の時にいつも沖縄に行きたいと言っていたのか。

    「お父さんが海が好きだからよ。」
    「お父さんに綺麗な海を見せてあげたかったの。」


    私はそっと母の手を握った。

    家族が心から1つになった瞬間でした。

    沖縄の海が、真っ暗だった頃の私たちの心と記憶を優しく溶かし、家族を1つにしてくれました。

    沖縄の海、ありがとう。

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  • 『 心に残る城崎温泉外湯巡り 』 匿名希望

    妻との二人だけの旅行は瓢箪から駒の出来事だった。
    息子の婚約者の実家に挨拶に行った日の夕方、私たち夫婦は鳥取市内のシティホテルに一泊、翌朝には帰京の予定だった。
    それがいきなり城崎温泉行になったのは、妻の発案だった。
    「このまま真っ直ぐ帰るのも芸がないと思わない?」
    型通り挨拶を終えたら帰ることしか頭にない私は戸惑った。
    「城崎温泉に行ってみない?山陰本線で1時間半ちょっとなのよ」
    妻はバッグに忍ばせていたパンフを出した。
    後は用意周到な妻のペース、翌日、城崎温泉に足を向けた。
    考えてみれば、息子、娘を引き連れた家族旅行には何度となく行ったが、夫婦だけの旅は、新婚旅行以来だった。
    城崎への車内で妻は普段と打って変わったハシャギぶりだった。
    そんな妻を見るのも実に久々だった。こちらまでが気持ちが浮き立ち楽しくなってきた。
    城崎温泉の宿でゆっくりと湯に浸って暖簾を潜ると、妻が自販機で買ってあった缶ビールを二人で立ち飲みした。
    「美味いっ」。思わず口を揃えた。それが景気づけのつもりか妻が言った。

    「さぁ、出陣する?」
    城崎温泉に来たらこれしないでは帰れないと妻が言う外湯巡りに出た。
    浴衣がけにカラカラと下駄の音をさせながら温泉街を歩いた。
    せっかちに先を行く私の後ろでリズミカルな下駄の音がした。歩く音ではない。
    振り返ると、妻がケンケンパをしていた。日頃そんなことをするような妻ではなかっただけに驚いた。
    いっこうにやめる気配がない。
    見ているうちに止める気がなくなり、"よし、俺も"と、私もケンケンパを始めた。
    息せき切って私に追いついた妻が、「あ〜疲れたぁ」と音を上げ体を預けてきた。
    そのとき、背後からいくつものケンケンパが聞こえてきた。
    私たちと同年輩の何組かの二人連れがケンケンパをしていたのだ。それを見た妻が初めて顔を赤らめた。
    その童顔を可愛いと思い、自然に「ありがとう」と言っていた。いつまでの心に残る、本当に楽しい旅だった。

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  • 『 家族で10年ぶりのディズニーランド 』 匿名希望

    私が18歳の時、母と父が離婚の話を進め始めていました。
    毎日ケンカばかりで、怒鳴り声を聞きたくなくて
    家に帰らなかったり悪い事をしたり親にも反抗していました。

    ですが、本格的な離婚の話を母からされた時、
    どうしても離婚をしてほしくなかった私は人生で初めて親に内緒で全て予約の手配をして
    サプライズで両親を旅行に連れて行く事にしました。
    なにも言わずにこの日は空けといてと両親にお願いして、
    当日どこに行くかも告げず取り立ての免許片手に運転して千葉まで行きました。
    家族で10年以上ぶりのディズニーランド。
    最初はビックリしていて父も母も気まずい感じを出していたが徐々に会話をするように。
    並んでる待ち時間も久しぶりに家族で会話をしていてあっとゆー間の時間でした。
    夜のパレードの頃には父も母もとても仲良く隣で並んで見ているのを見て、
    「やっぱり離婚はして欲しくない!」と泣きながら説得しました。
    その日は予約していたホテルに行き、父と母はお酒を飲みながら色々話したと思います。
    あえて違う部屋を取っていたので内容はわかりません。

    あれから10年。
    今、父と母はすごく仲良く過ごしています。
    一年に一度は必ずディズニー旅行に夫婦でしています。
    あの時の旅行、ムダではなかった。
    大好きな父と母が一緒にいてくれる。
    これだけでとても幸せです。
    反抗期や親離れやヤンチャしていた18歳の私もあの離婚未遂のおかげで両親と過ごす時間が増え、
    今では3人の子供を産み、父と母に孫を見せることができてすごく幸せです。

    あの日は二度と忘れられない日になりました。

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  • 『 幸せを気づかせてくれた、五能線の旅 』加藤啓子さん

    去年の夏、秋田出身の私は、母と5歳になる一人息子を連れて、五能線の旅をしました。
    不妊治療をあきらめて、1年後に自然妊娠により授かった奇跡の子です。
    治療中はもちろんですが、子供が生まれてからも面倒を見てもらい、母に感謝の気持ちを伝えたい旅でした。
    あんなに悩んだこと、つらい子育ての事もすべて忘れてただ海を見ていました。
    五能線は、日本海沿いを走る電車で、夏の空と海のコントラストは、今も忘れられない風景です。
    いずれ老いていく母、成長していく息子、二人を支えていく私、その時間を共有している旅という、二日間の濃密な時間。
    日常の、かけがえのない輝きを感じました。

    電車が好きな息子は、一番前の運転席の後ろに立ち運転手さんの気分を味わっていました。
    ふつうにしたら小さくて見えないので、私が抱っこしていましたがカーブで倒れそうになりました。
    その時、車掌さんが支えてくれたのです。
    「大丈夫ですか」若い車掌さんは、さわやかにそう聞くと、何事もなかったかのようの立ち去りました。
    この車掌さんは、みんなに見守られて育ってきた。たくさんの人の愛を感じて、やさしい子になったんだ。
    その方の生い立ちを見たようでした。

    普段首都圏で暮らす私は、競争、いじわる、無関心、など肌で感じながら暮しています。
    仕事では、速さや実績を常に求められ、子供にも「そんなことでは生きていけない」と、脅迫めいた事を言ってしまいます。
    しかしほんとにそうだろうか、こののんびりした故郷、秋田のスローな時間こそが幸せの鍵なのではないか。と、省みました。

    自分らしくマイペースで生きること。子供は、もうそんなこと知ってるよ。
    とでもいいたげな、しあわせそうな笑顔を私に、むけます。。母も、やっとあなたも子どもを育てて成長できたのね。
    と、すべてを包み込んで許してくれるあのほほえみで、私を見ています。
    わたしだけが気が付いていなかったのね、幸せの法則。人間的な未熟さを感じました。

    車窓をみると、海は変わらずそこにありました。
    中学生の時、初めて友達と自転車でいった時に見た海。その時の感動とはまた違う、深い深い色の海でした。
    年を重ねるとは、進んだり戻ったりして円熟していくものだと、日本海の海が教えてくれました。

    エピソードを読む
  • 『 50年の奇蹟 』 小松みずほさん

    「綺麗だよ」
    照れ笑いしながらその言葉を発したおじいちゃん。
    おんなじ照れ笑いでその言葉を受け止めるおばあちゃん。
    家族の心に色濃く残った。旅の最高の思い出になった。

    結婚50年の節目を迎えた、おじいちゃんとおばあちゃん。
    2人の記念日を祝うため家族総出で準備を進めた。
    50年という節目の年を今まで行ったことが無い素敵な場所で迎えて欲しい!
    その想いで企画したのが、サプライズ函館旅行だった。

    北海道に行ったことのない、おじいちゃんとおばあちゃん。
    海が見え、露天風呂付きの部屋がある宿を予約した。
    お祝いと感謝を伝えるプレゼントも用意した。
    函館の有名スポット観光や函館山での夜景も見る計画を立てた。
    旅行のしおりも作った。
    さあ、準備は万端だ!

    旅行当日。
    おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、お父さん、妹、そして私の家族6人で電車に乗り込み出発した。
    行き先を知らない2人は少しソワソワしていた。

    青函トンネルに入る直前。
    「実は今日から、北海道に行きます!」 そう言って、用意していたしおりを手渡した。

    驚いた2人の顔。嬉しかった。
    本当は行き先、途中で気付いていたかな?

    函館に着いて、五稜郭や赤レンガ倉庫群をみたり、美味しい海鮮丼や北海道名物をたらふく堪能したりした。

    夜に見た函館山からの夜景も、海辺の温泉も、用意した色紙やプレゼントも凄く喜んで貰えた。

    それでも何より心に残ったのは、旧函館区公会堂での出来事だ。

    旧函館区公会堂ではレンタルしたドレスを身に纏い、公会堂内を歩くことができる。

    せっかくの金婚式。
    恥ずかしがるおばあちゃんにドレスを着てもらった。
    綺麗な青色のドレス。綺麗にメイクアップして、髪の毛をセットしたおばあちゃん。
    おばあちゃんがメイク室から出てきたときの、
    おじいちゃんの顔。
    「綺麗だよ」
    その言葉。
    2人の照れた表情。

    この2人の記念日を祝うことが出来て良かったと、心から思った。

    おじいちゃん、おばあちゃん、これからもずっとずっと孫たち憧れの2人でいてね。
    そして、本当におめでとう。

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  • 『 強引に予定した夏休みの家族旅行 』 近藤智子さん

    主人は、土日も休みなく家族のために働いてくれている。そんな主人に休みを取ってもらおうと怒られるのを承知で言ってみた。「もうすぐ夏休みだね。家族三人でどこか行かない?」
    「…」
    「それは無理だ」予想通りの答えだった。
    その頃、丁度テレビで人気アイドルグループが関西のテーマパークでのコンサートを行うという情報を耳にした。
    「これだ!」私は、主人に少しあきらめ半分に「娘の好きなグループがテーマパークでコンサートするんだって」と言ってみた。

    私は、まだ行くとも決まっていないものの情報を集めだした。宿泊先を先ず調べた。空いていた。迷ったが即予約した。
    チケットはまだ発売されていない。どうしたらとれるのかいろいろな方法で調べてみた。
    発売時期があるようだった。主人に連絡してみた。
    「この日に予約したよ。お休み取れるかなぁ?」今考えれば強引な旅行計画だった。

    数日後、主人が帰宅すると、「休み取ったから・・・。」私は、ほっとした。
    主人がようやく休んでくれる。お休みが取れる。暫く行けてなかった家族旅行が行ける。私は、ほんとにほっとした。
    チケットも初めての取り方で不安だったが何とか購入することができた。
    娘もとっても喜んでくれた。ほんとに、よかった。
    普段から、家では怒りっぽい主人、何とか当日は穏やかになってほしいなと願っていた。

    旅行当日、何事もなく、テーマパークに着いた。
    どうか、引き続き穏やかにと心のなかでお願いしながらいろいろなアトラクションを体験して行った。
    娘には、「怖いアトラクションがあれば、お父さんと手を繋ぎなさいね」と耳打ちしてみたりもした。

    娘は、予想通りお父さんの手を探して繋ぎに行っていた。
    私は思わず顔が綻んだ。仕事からの疲れが少し見られるけど、娘の笑顔と小さな手に少しずつ笑顔もみられるようになってきた。

    夕食をとり、娘と三人で周れそうなアトラクションは大体周ったので宿泊先へと帰ることにした。
    テーマパークの出口を出かかったとき、とても微笑ましく思えた事があった。

    私は、「今日は、ありがとう」と主人へ感謝しながら、二人の後を歩いた。
    暫く歩くと娘の手が自然に主人の手を繋ぎに行った。主人も嬉しそうだった。やったー。思わず思った。
    私は、慌てて携帯を持ち写真を撮った。私の永久保存版写真ができた。
    強引に予定したこの旅行だったが、思い切って行く事が出来て本当に良かった。

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  • 『 最初で最後の女3人家族旅行 』 坂本佐代美さん

    今から5年前、今は亡き実家の母が脳梗塞となり、
    手術するまでもなかったものの、鬱や認知症の後遺症が残ってしまいました。
    自宅の炬燵から出ることもなく、毎日毎日ただ横になって過ごしていました。
    一緒に出掛けようと誘うも、こたつから出ることがおっくうで着替えさえできないのです。
    遠方に住む姉にたびたび状況を報告し、姉はとても心配な様子でした。
    ある日、実家へ帰省してきた姉が、湯布院行きを提案します。
    全室離れの宿を予約しました。かなり高価な宿でした。
    まったく心が動かない母を、翌日毛布に丸めて、強制的に車へ乗せました。
    何を話しかけても無言の母。食欲も落ちていたか細い母を思うと、「この旅行が最後かもしれない」という思いがよぎりました。するとふと、「雪?」という声が。由布岳山頂付近に雪が積もっていたのです。
    実家では雪が降ることが珍しいのです。「綺麗だね〜。」。
    由布岳の見えるあのあたりの眺めは最高に気持ちよく、「うーん、いい眺めじゃね〜」とつぶやくように話してくれました。
    宿に着くと、フロントを出ると小さな吊り橋があり、それを渡って離れの部屋に行きます。
    「寒い、寒い」そう言いながらゆっくり渡ります。離れの部屋は二部屋の一軒家造り。
    炬燵はすでに暖められており、少し体を休めてから部屋風呂に入り、体・頭と洗ってあげました。
    この入浴は退院後初めての入浴です。お風呂さえもおっくうで拒否しつづけてきたのです。
    お風呂から上がると、姉が着替えを手伝いました。
    「あ〜さっぱりした。いろんな垢が落ちたみたい。夕食は何だろ?」と言うのです。
    母の口から夕食を楽しみにしてるような言葉が出たのです。
    私も姉もビックリ。食事しにはまた離れを出ます。今度は「寒い寒い」とは言いません。
    少しずつですがすべての料理を口にして、「おいしいね〜」と言うのです。
    残したご飯を宿の方が夜食にどうぞと竹の皮に包んでくださいました。部屋に戻ると会話が軽快になっていました。
    夜も更けてきた頃、母が「小腹がすいた」というのでさきほどのご飯を差し出すとおいしそうに食べ、お茶を飲み、布団へ。
    翌朝の母は、前日の朝の母とは別人になっていました。
    その後は、父と毎日ウォーキングまでするようになったのです。娘ふたりと母との三人旅行は、あれが最初で最後。。
    昨年8月5日、母は脳幹出血であっさりと天国へと旅立ってしまいました。あの旅行が母の命を少し長引かせた気しています。

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  • 『 常寂光寺の美しい紅葉 』 匿名希望:STさん

    「すごいなあ、この紅葉は……。こんな紅葉、見たことない。」
     あまりの美しさに、思わず私は、そんな陳腐な言葉を発してしまったのだが、傍らの妻も、
    「本当、きれいねえ……。」
     と、言葉がなくなるほど圧倒されている様子だ。
    11月下旬。常寂光寺。門を入ると石段の両横に紅葉が広がる。太陽の光が紅い葉を、さらに際立たせている。美の饗宴。
    美しすぎて言葉が出ない。茫然自失。何を言っていいのかわからない。
     ゆっくり石段を登りながら紅葉を眺めているうち、次第に心の中に何かあったかいものが湧き出してきた。
    『こんな綺麗な紅葉に感動しているのに、つまらないちっぽけな考えを持つなんて変だぞ。
    もっと、心を大きく持って優しくならなくちゃあ』
     妻の手を軽く握った。すると、妻は、より強く握り返してくるのだった。

     実は、旅行前、私の心は大荒れに荒れていた。妻とうまくいっていなかったのだ。
    食事をしていると、加齢臭がするから、少し離れてよ、だ。
    洗濯物は、一緒に洗うとにおいが移るから、俺のは後で洗うと言う。
    何年か前まで二人でドライブに行くと、嬉しそうにいろいろとお喋りもしていたのに、
    この頃は加齢臭が染み付いている車に乗るなんて耐えられないから、私は友だちとドライブに行くと、女子会で温泉旅行だ。
    顔を合わせるたびに、何かいやなことを言われるのではないかと、最近は、私が距離を置くようになっていた。
    心の中では、熟年離婚なんていう言葉が時折浮かんでは消えていた。
     今回の京都旅行は、結婚30年のお祝いで組合からプレゼントされたものだ。妻は仕方なしのようだった。
    私は妻の顔を見ると、この旅行は必要最小限のことしか話はしないことにしよう、と思ったものだ。
     
     ところが、常寂光寺の美しい紅葉が悪心を洗い流してくれ、私は人間的な気持ちを取り戻すことができた。
    そして、昔のように妻への優しい思いが心に溢れてくるのだった。
     妻の手を握り、ずっと離さずに紅葉の下を歩き続けた。妻の笑顔が、とても美しかった。
     また何かあったら、妻と常寂光寺の紅葉を見に来よう。

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  • 『 長女と行った「思い出」の宿 』 服部雅充さん

    この宿に来るのは2度目だった。15年ほど前2人の娘と4人で旅をした。
    不登校になって家に閉じこもりがちだった15歳の長女に気分転換をさせようとようやく連れ出したあの日。
    観光地で記念撮影をしても、写真の中には無表情の長女がいた。
    この旅行で少しでも気分がかわり、前向きな気持ちになってくれればと思っていたが、そんなに簡単なものではなかったようだ。私の目論見はもろくも崩れ去ったように思えた。
    夕方、宿に入って温泉につかり、夕食となった。
    「今日は楽しかったか?」
    私は努めて明るく長女に話しかけるが、長女は無表情に料理を口に運んでいる。
    「初めてきたけど温泉も良いし、食事もおいしいわね。」と妻。
    話が尻切れトンボのように一方通行になってしまい、全く盛り上がらない。
    「テレビでも見るか?」
    いよいよ場が持たなくなった私はテレビのリモコンを手に取った。
    そのときだった。
    「おいしい・・・」
    蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
    「えっ!」
    私はびっくりしてテレビのリモコンを落としてしまった。
    「おいしい・・・」
    長女の声だった。久しぶりに聞く長女の声だった。
    「そうか、おいしいか・・・」
    私はようやくそう言って、笑顔を作って長女を見た。目には涙が溢れていた。

    あれから15年。あの旅も少しはきっかけとなったのだろう。
    長女はその後無事中学を卒業し、高校に入学、高校では演劇部で活躍した。
    今は結婚をして、夫の海外赴任で異国の地で元気に生活している。
    時々、当時の話をしても、「そんなこともあったわね」と話をそらす。
    次女も独り立ちし、私と妻とふたりの生活となった。
    「あなた、あの宿に行ってみましょうよ。」
    妻からそう持ちかけられたのは今年になってからだった。私には意外な言葉だった。
    長女の不登校という重荷は、私以上に妻の中では簡単には下ろせない荷物だと思っていた。
    思い出したくないつらい体験であり、夫婦でも簡単には触れてはいけない部分であった。
    それがようやく妻の中で「思い出」に昇華したということかもしれない。
    「そうか。行ってみようか。」
    私は笑顔で返した。
    「温泉も良かったし、食事も最高だったわよね!」
    妻はうれしそうにそう言った。

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  • 『 私、母、祖母の3人で初めての温泉旅行 』 匿名希望

    数年前、私と母と祖母と三人で初めて温泉旅行に行きました。
    私は祖母とは仲が良く二人で旅行に行ったりはしてましたが、
    母とはあまり気が合わず二人で出掛けたりもほとんどしたことがありませんでした。
    私が結婚してすぐ、祖母から三人で旅行に行こうと言われました。
    祖母が私と母との関係を少しでも近づけようとしてくれたのだと感じました。
    私は旅行なのにあまりうきうきした気持ちにはなれなかったでしたが、せっかくなので行きました。
    行く道中も祖母とはおしゃべりするけど母とは会話もはずまず、旅館につきました。
    温泉も気持ちよく食事も美味しく、だんだん私も母に心を開きはじめました。
    次の日の早朝目が覚めると、母も起きていて二人で温泉に入ることになりました。
    母と一緒に温泉なんて子供の頃の夏休みの旅行以来でした。
    今しかないと思い、私の気持ちをぶつけました。
    三姉妹で母は姉を父は妹をかわいがってるように思い、
    いつも寂しかったこと、一緒に買い物したりランチしたりしたいことなど。
    母は黙って聞いて一言言いました。
    『みんなおなじように可愛い』と。
    涙がとまりませんでした。結婚して子供ができて、子供の中でも好き嫌いができたらと不安でしたが、ふっきれました。
    もっと早く話せばよかったと。
    結婚して母になり母の気持ちがよくわかるようになりました。
    旅行以来、すごく仲がいいわけじゃないけど、子供の相談したり、ランチにいったりと距離がだいぶ近くなりました。
    祖母には本当に感謝です。また祖母と母と一緒に旅行に行きたいなぁと思います。
    旅行は気持ちを素直にしてくれました。

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JTBがご案内する感動の物語動画

『思い出と寄り添う家族の時間(とき)』

お義母さんの好きな場所

『想い出をつなぐ旅』

これからも よろしくな

物語の舞台

ドラマの舞台となった「藤龍館」でゆったりと贅沢な時間を。 湯の神が宿ると伝えられる良質で湯量豊富な湯野上温泉の
    お湯を全てのお風呂で源泉かけ流し、全室離れ的な宿で心行くまでゆったりとご堪能いただけます

 

旅行の詳細はこちらから

大内宿

江戸時代の宿場の雰囲気が残る大内宿 重要伝統的建造物群保存地区として、江戸時代の宿場の面影を今もなお残している大内宿。そこでは本場のそば打ちも体験することができます。当時の魅力に触れて、ゆったりとした時間を過ごしてみては。

只見川

穏やかな自然漂う 新緑の只見川 越後三山を闍゚に仰ぎ、豊かな水を湛えてとうとうと流れる只見川。大自然に覆われた秘境を流れる川は、なつかしい日本の景色を今なおそのままに残し、現代に伝えてくれる存在です。2人が終の住み処に選んだこの地を是非一度訪れてみては。

 

そのとき、その場所でなければ決して出会えない風景はこちら。〜JTB特設サイト 感動の瞬間〜

五色沼

五色沼には伝説の鯉がいる 吸い込まれるような深い瑠璃色の沼に、明るく澄んだ水色の沼、さらには周囲の草木を鉄さび色に染める沼など、性質の違う個性豊かな湖沼が集まった五色沼湖沼群。そこには伝説の鯉がいると言われています。あなたも一度、伝説を探してみては?

 

そのとき、その場所でなければ決して出会えない風景はこちら。〜JTB特設サイト 感動の瞬間〜

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