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タイのバンコクから日帰り観光!アユタヤの日本人町と世界遺産

JTBタイ支店
Mr. Hideki Kawashima

かつて大いに繁栄した日本人居留地。

かつて東南アジア各地に、日本人町が開かれていたのをご存じですか。鎖国に入る前、日本人は、朱印船と呼ばれる交易船で大洋を自在に行き来し、海外に進出していました。日本人町が造られた都市では、ルソン(フィリピン)、ダナンやホイアン(ベトナム)などがよく知られるところですが、実はアジア最大の日本人町は、タイのアユタヤにありました。最盛期には1500人とも5000人とも言われる日本人が居住し、活発な交易活動を繰り広げていたのです。

そのアユタヤで特に知られているのが山田長政です。アユタヤと日本との深いつながりについて、JTB現地スタッフがご案内しましょう。

山田長政と日本人町

日本が鎖国をする前、朱印船貿易によって海外と活発に交易していた1600年代初頭、アユタヤには日本人町が開かれており、駿府の国(現在の静岡県)で沼津の領主に仕えていた山田長政も、朱印船に乗り込みアユタヤを訪れます。

戦国時代の、国を二分するような戦いを潜り抜けてきた山田長政は戦術にたけており、アユタヤの日本人傭兵部隊の隊長としてたちまち頭角を現し、アユタヤの宿敵ビルマとの戦いで功績を上げます。

宮廷の信頼を得た長政とその傭兵部隊は、やがて王の護衛兵まで務めるようになり、王朝内で力を得ていきます。しかし王の死後、後継者を巡る熾烈な闘争に巻き込まれてしまいます。

後にアユタヤの後継王となるプラサートトーンは、長政が遠征で都を離れたすきに、拠点であった日本人町を襲撃。町は破壊され炎上し、住民であった日本人は散り散りになって南方のカンボジアへと逃げ、一方、長政も遠征の地で毒殺されたと言われています。

その後、少しずつ日本人が戻り町を再建させようとしますが、すでにかつての勢いはなく、江戸幕府が鎖国政策へ傾斜していくにつれ、次第に忘れられていくようになりました。

100万人を超えるアジア屈指の都

かつて王国はこの川を行き来して巨万の富を築きました。今は観光クルーズ船で楽しみます。

1350年に開かれたアユタヤ王朝は、チャオプラヤー川の水の利を活かしてさまざまな物資を集め、中国、フィリピン、インドネシアとインドとを結ぶ、一大海運国家を築きました。最盛期の16世紀には王都は2000の寺院を抱え100万人が住む世界でも指折りの大都市となっていました。

折しも欧米列強は大航海時代を迎えていて、ポルトガルに始まりオランダ、イギリス、フランスなどが次々とアユタヤに居留地を開きます。この地を訪れた欧米の人々は、王都のあまりの大きさと、ふんだんに金を用いて光り輝く美しさに思わず息を呑み、アユタヤを「黄金の都」と称えました。

このように隆盛を極めたアユタヤですが、北方ではランナー王国が度々攻め入り、16世紀にはそれに代わって台頭したビルマが何度も侵略し、国力は徐々に衰退。1767年、ビルマの執拗な攻撃に王国はついに滅亡したのでした。ビルマは陥落したアユタヤを徹底的に破壊し、その富の大半を略奪したそうです。

現在残っている遺跡は、ビルマによって廃墟となった遺跡を修復したものですが、中には首のない仏像や土台しか残っていない仏塔(チェディ)など、ビルマの徹底した破壊ぶりを垣間見ることもできます。日本人町はもちろん、かつてはいくつもの外国人居留区が築かれた地域も、ほとんどが破壊され、今はその痕跡をかすかに感じるのみです。

日帰りも可能な世界遺産

かつて王室の寺院として繁栄した「ワット・プラ・シー・サンペット」。

アユタヤはバンコクからチャオプラヤー川を北に遡って約90km、バスで行っても1時間半程度と、日帰りも十分可能な古都です。

かつては王の守護寺院として黄金に覆われた仏像が建造されたとされる「ワット・プラ・シー・サンペット」は、現在は3人の王の遺骨を守る3基のチェディ(仏塔)が残るのみです。

一方14世紀に建立された、もっとも歴史ある寺院の一つ「ワット・マハータート」では、ビルマ軍の破壊で放置された仏像の頭に巨木の根がからまり、なんとも形容しがたい神秘的な光景を見られます。

初代ウートン王が、留学から帰った若僧たちのために建立した「ワット・ヤイ・チャイモンコン」。 16世紀中頃に、アユタヤは一度はビルマの属国となるのですが、その後再び独立を果たしアユタヤ朝をさらなる繁栄に導いたのが名王ナレースワン王。彼はこの寺院に72mもの巨大な仏塔を建立し、その周囲には多数の坐仏像を配しました。アユタヤ朝を再興した喜びが感じられる寺院です。

思わず言葉を失う不思議さの「ワット・マハータート」。

「ワット・ヤイ・チャイモンコン」。タイの三大王の一人、ナレースワン王が巨大な仏塔と坐仏像を建造しました。

東南アジアに一大王国を築いたアユタヤと、そこでさまざまな活躍をした日本人、そして日本人町に、ひととき思いを寄せてみてはいかがですか?JTBの現地発ツアーでは、日本人町跡地などもじっくり回ります。ご参考までにどうぞ!

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