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JTB交流文化賞

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交流文化賞 ジュニア体験部門

第9回 JTB交流文化賞 受賞・入選作品

中学生の部

入選

初めての鹿児島

荒川 悠香

キャリーバッグを引っぱりながら、スロープになったタラップを登って、私は船に乗った。甲板の上で別れの紙テープをにぎった時、胸が不思議とドキドキした。船の別れでは、昔から岸にいる見送りの人と旅立つ人とで紙テープをにぎり合い、ちぎれるまでずっと別れを惜しんでいたらしい。私の紙テープの相手は他の人を見送りに来た知らない人だったが、その人とテープをにぎり合っている時、不思議と前から知っている人のように感じた。だから船が岸を離れてテープが切れた時は、なぜだか少しさみしい気持ちになった。きっと昔の人達はこんな気持ちでテープがちぎれるまでにぎり続け、家族や友人とのしばらくの別れを惜しんだのだろう。船はどんどん外海を目指して、静かにすべるように進んで行き、しばらくすると私は、太平洋の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。今まで感じたことのないくらい気持ち良くて塩辛い風だった。初めての船旅を経験した私にとっては、そんなことも、とても不思議な体験だった。

こうして大阪を出航した船は、ひと晩かけて私達を鹿児島に連れて行ってくれた。「ゆくさ、南九州へおさいしゃったもした」。これは「ようこそ、南九州へおいでくださいました」という意味だ。この温かい鹿児島弁に迎えられ、私達の九州の旅が始まった。鹿児島に着いて、まず初めにおどろかされたのは、桜島だった。私達が着いた時、丁度噴火が起こっていたのだ。桜島は非常に噴火が多い山で、噴火する度に火山灰が付近の町をおおう。だから、桜島の近くに住んでいる人達は、屋根の角度を急にしたり、洗たく物を干す場所を工夫したりする。私にとっては程遠い存在の噴火が、鹿児島の人達にとっては生活の一部になっているのだ。鹿児島にはもう一つすごい自然現象があった。五月から十月の間、引き潮によって、普段は陸と離れている、知林ヶ島という島につながる道ができるのだ。その道は約八百メートルあり、歩くとおよそ二十分程かかる。道が消えるまで五時間ほどあるので、みんなおにぎりを持って知林ヶ島に遊びに行き、潮が満ちて道が消えるまでに陸に戻るのだという。鹿児島の人達は桜島もこの知林ヶ島の潮の道も、自分達の生活の一部として受け入れ、楽しく暮らす工夫をしているように感じた。

美しい自然に恵まれたこの土地には、すごく美味しい水があった。その水を使って作ったものも、とても美味しかった。名物のかるかんや黒豚ラーメン、さつま揚げやマンゴーアイスなど、どれもみな美味しくて本当に食べて良かったと思うものばかりだった。また来る機会があれば、必ず食べたいと思う。

今回の旅で雄大な自然や美味しい食べ物に感動していた私が、真剣に重く受けとめ、考えさせられたことがあった。それは知覧の歴史についてである。太平洋戦争の陸軍基地であった知覧では、十七歳から二十歳くらいまでの人達が、国のため敵の空母に自分ごとつっこんで、一緒に爆発するという戦いをしていた。この特攻隊と呼ばれた人達は、国から戦争に行けという命令が来た時、もう生きては帰れないことが決まっていたから、飛行機に片道分の燃料だけを積んで飛び立って行った。最後に飛行機の羽を三回ふり、さつま富士と呼ばれ土地の人に愛されていた開聞岳に別れのあいさつをして、戦地へと向かったのだそうだ。きっと目的地に着くまでの二時間半の間、国に残してきた家族や友人のことを考えていたのだろう。できることならずっとその人達のそばにいたい、つらい思いをさせたくない。そう思っても国のためにと信じ、飛び立って行ったのだ。なんと悲しいことだろう。こんな悲劇を招いてしまう戦争というものを、もう二度としてはいけないと心から思った。

鹿児島の人達に昔から愛されてきた歌に「南国情話」というものがある。漁に出た愛する人の帰りを待ち続ける女性の思いを歌ったものだ。この歌について泊まった旅館で語り部さんから聞いたとき、昔は連絡を取る方法も限られていたし、船の設備も今ほどしっかりしていなかったから、待っている人にとって大切な人が漁に出てから帰ってくるまでの間は、不安で眠れない日々だったのだと知った。現代に暮らす私が、この歌の女性の気持ちを想像することは難しいが、それでも歌詞を見ると切ない気持ちが伝わってきた。

こうしてたくさんの感動を味わった二日間の鹿児島での旅は終わった。帰り道は、九州新幹線さくらに乗り、四時間ちょっとで新大阪に着いた。さくらの中では、家族にはいつも通りの日常が戻ってきていた。父はポータブルDVDレコーダーで映画を観て、母と兄はスマートフォンの無料ゲームに夢中だった。私はそんな三人を横目で見ながら、この作文を書いている。

受賞作品

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