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北の果てに続く道

高橋 史郎
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あの秋 アラスカ・ハイウェイ〜ダルトン・ハイウェイ
北の果てに続く道の写真  カナダ・ユーコン準州の州都ホワイトホースで借りたアメリカの小型車で1,300キロの道をヨチヨチと北上して来た。季節は9月下旬、ユーコンは黄葉の秋でも北極圏は既に冬で、北上するにつれて、ちらつき始めた雪がやがて本格的な降りに変わった。ホワイトホースからフェアバンクスまでの区間はアラスカ・ハイウェイと呼ばれる道の一部。アラスカとロウアー・フォーティ・エイト(下部48州。アラスカとハワイを除くアメリカ本土の48州のことをアラスカの人々は自負とコンプレックスの入りまじった感情を込めてこう呼ぶ)を繋ぐ唯一の幹線道路だ。
 カナダ側からこの道を北上して来る車がアラスカに入って最初に通る町らしい町がトクだ。トク(Tok)とはTokyoの略。アラスカ・ハイウェイの起源は1942年にわずか6ヵ月の突貫工事で建設された2,446キロの軍用道路。道路建設の直接的な誘因はその前年の日本軍の真珠湾攻撃だ。侵攻して来る日本軍に危機感を抱いたルーズベルト大統領の命により、この道は当初カナダ・アルバータ州のエドモントンからアラスカのフェアバンクスまで、点在する軍用滑走路を繋ぐ道として建設に着手された。
 工事が開始された後も日本軍のアリューシャン列島への進撃が島伝いに行なわれ(アッツ島、キスカ島の占領とダッチハーバーの爆撃)、道路建設の緊急性がにわかに高まった。積雪期を含む過酷な工事は一万人を越える兵士と民間人を動員し不休で行なわれ、1942年の9月に完成した。ハイウェイ工事のアラスカ側での重要な建設基地がキャンプ・トーキョー(Camp Tokyo)であり、カナダ側から北上してくる建設部隊の合言葉がトーキョーをめざせだった。その場所は現在トクと地名を省略し、やはりアラスカ・ハイウェイ上の重要な拠点となっている。トクを過ぎてからアラスカ第2の都市フェアバンクスまで325キロ、そしてその先の最北の道ダルトン・ハイウェイに入れば北極海の油田まで路上に町はない。
 そんな道の中で、コールドフットは頻繁にダルトン・ハイウェイを往き来する者にとってはオアシスのような場所だ。そこにはトラッカー宿ともいうべき簡素な宿がある。宿や食堂のスタッフは無口なだけでおしつけがましい個性など何もないが、無愛想は不親切とは違う。僕は食堂に入り、ミネストローネを啜りながらテレビで放映されているローカル天気予報をながめた。長距離ドライバーたちにとっては最も重要な情報なので食堂でくつろいでいた男たちの視線がテレビ画面に集中する。雪の予報が出ている、慎重に運転せねばなるまい。給油中、タイヤの周辺にダンゴ状態でこびりついた雪を見たスタッフに、その車でここから先はやめた方がいいと真剣に諭された。その忠告を十分に念頭には入れたが、僕はまだ引き返す気はなく、予備のポリタンクにも10ガロン程のガソリンを補給した。
北の果てに続く道の写真  午後1時に雪の舞うダルトン・ハイウェイの北上を再開した。このあたりはダルトン・ハイウェイでも森の美しいところ、明るければ水墨画のような針葉樹の陰影を楽しめるが、今あたりは雪の中、コーヒーを飲みチューインガムを噛みながら運転に集中するのみだ。カーブを曲がるときにヘッドライトが森の中を照らし込むが、僕はその奥の闇の濃さが好きだった。
 時に陽が差せば風景にも一気に平和が訪れるが、雪が降れば空が曇り、車は沈鬱の底に沈みこむ。その繰り返しの中を100キロも運転しただろうか、Farthest NorthSpruce(最北のトウヒ)とよばれる地点に達した。ここから先は潅木とツンドラの世界だ。この後、道はぐんぐん登り始め分水嶺のブルックス山脈を越える。最後の峠アティガン・パスを過ぎればノース・スロープと呼ばれる北側のツンドラ斜面を下り北極海までの平らな道が続いている。そのはずだった。しかし、今日は雪を帯びた岩山の間の暗闇に道の先が消え先が見えない。「最北のトウヒ」の前は広い駐車スペースになっているが今停車している車はない。だが、Farthest North Spruceの看板の蔭で何かが動く気配がある。

 それは最初人間には見えなかった。雪に覆われた体がむっくりと車に向かって歩み寄って来たとき、暗い雪道にありがちな幽霊の話をやっと僕も体験できるのかなと思った。時間は午後3時、あたりは急速に翳りを帯びはじめていた。天気、時刻、車、どう考えてもそろそろ引き返し今夜はコールドフットに泊まった方がいいだろう。そう考えて「最後のトウヒ」に停めた車をUターンさせ、じわりとアクセルを踏み込もうとしたそのとき、雪に覆われたかたまりが車の前にふらりふらりと姿を現した。ライトをハイビームに変えた瞬間、降りしきる雪が照らされきらきらと美しい。黒い影が右手を上げて眩しそうに顔を覆った。
 人間だ、白と黒二色の。頭の上にも肩の上にも雪が積もり、白く覆われている。白くない部分は全て影のように見える。防寒着で着ぶくれしているが、荷物は小さいザックが一つだけ。そのザックを大事そうに両手で胸に抱きしめている。髭と雪の奥に光る目の輝きのみがかろうじてこの白黒の物体が人間であることを語る。踏みかけたアクセルからゆっくりと足を離す。不思議だ。なぜこんな場所に、しかも一人で。
 「もしよかったら、コールドフットまで乗せてくれないかな。」
 男が控えめな抑揚で言葉を発したとき、口髭から粉雪が舞い上がった。けして少なくはないこれまでの僕の旅の中で、自分がヒッチハイカーとして拾われた経験は多かった。いま自分が車を運転する立場となり、僕は一つの誓いを立てていた、ヒッチハイカーは拒まないと。
 「コールドフットの先はどこまで行きたいんだ。」
 「いや、コールドフットまででいいんだ。」
 今夜はトラッカー宿に泊まるしかないだろうが十分な金の持ち合わせはあるのだろうか。
 「いいだろう乗って行け。」
 そう言って後部座席のドアを開け、男のリュックサックを受け取り積み込んでやる。
 「サンクス・ア・ロット。」
 ドアを開けたときトランクの食料が目に入った。どうせまともなものは食っていないのだろうと思い、腹が減っていないかと尋ねるが、
 「いや、大丈夫だ。サンクス・ア・ロット。」
 どうやら、「サンクス・ア・ロット」が口癖らしい。他人の好意を繋ぎながら細々とした旅を続けて来た結果、自然と身についたものだろう、僕も身におぼえがある。
 Uターン後しばらくして、ムースをよけて路肩に落ちた。ムースというのは大きなヘラジカ。尾根を曲がるカーブで、二匹のムースが悠然と横断していた。アラスカの雪は湿度のない冬ならば普段はあまり滑らない。しかし秋のこの時期、カーブのうえ急ハンドルでは滑落は避けきれず、急な斜面の路肩を滑り針葉樹に激突して停止。路上から二匹のムースが表情も無くこちらを見下ろしていた。
 リヤ・ウインドウが割れ、窓ガラスが粉々になっていた。ヒッチハイカーはゆっくりと後部座席から起き上がり、車体の損傷の度合いを調べている。幸いエンジンに異常はなさそうだが、針葉樹に激突したフロント・ボディがタイヤにくい込んでいる。彼はトランクの中にあった工具を手に取り、タイヤとボディの間に噛ませ、慣れた手つきでボディの歪みを修正していく。窮地に立ったとき最も頼もしいパートナーは落ち着いて物事を処理するタイプの人間だ。
 車輪を軋ませながら巨大なトレーラーが停まった。ヒッチハイカーが熾した焚火の灯りに照らされて大男が下りてくる。油で汚れたカーキ色の作業着はこの辺りの長距離ドライバーの定番だ。のっそりとした動作でじゃらじゃらとチェーンを引っ張って来る。髭だらけの顔の奥で光る眼が優しい。口数は少ないが動作には全く無駄がない。路肩に落ちた車の後部にチェーンを引っかけてトレーラーに戻って行く。トレーラーに引っ張られた小型車はあっさりと路肩から脱出。運転手は御礼の言葉も聞かずに先の道のりを急ぐ。そんなふうにして、あの秋の旅はFarthest North Spruceまでで終わった。


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