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北スペイン・信州そば紀行
山崎 良弘
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1 「何故スペインで信州そば?」
 誰からも尋ねられることだ。ことの発端は、2006年10月に、友人でプロのギタリストの明石現、綾夫妻が、私が経営するホテル玉之湯でのコンサートに出演するために宿泊したことから始まった。「スペイン語が話せて、そば打ちができるのは、日本中探しても山崎さんしかいないのでは?来年10月にスペインのコミージャスで“一つの花フェスティバル”という、日本とスペインの文化交流事業があり、自分たちもプロデューサー兼出演者として参加するのだが、是非一緒に行ってスペインでそばを打ってもらえないだろうか?」との誘いの言葉に、「これは正に天の声だ」と勝手に思い込んでしまったのだ。大学でスペイン語を専攻し、同じスペイン語圏のメキシコに1年間留学し、そして3年前に松本あさま温泉のまちづくりの一環で始めたそば打ちが高じて、今では自館で毎日手打ちそばを提供するようになった私にとって、これは宿命以外の何ものでもない。「行って下さい」とは言え、費用はほとんど全てボランティアである。でも、お金のことなど関係ない。しかも、そば打ちの実演会場は、あの天才建築家アントニオ・ガウディが設計し、今は高級レストランとなっている、エル・カプリッチョ・デ・ガウディだ。こんな機会求めたって来やしない。これはもう行くしかない。腹は決まった。
 でも、せっかく日本とスペインの文化交流事業として行くのなら、後々に残せるようなことをしよう。ならば、「ソバの種を蒔いて、秋に実ったら、そのスペイン産の信州そば粉でそば祭りを催しませんか?そうすれば新たな食文化として、さらに農業としても可能性が開けるかもしれませんよ」と提案したところ、スペイン側のフェスティバル実行委員会と、EU加盟後農業が低迷するカンタブリア州政府までもが大きな関心を寄せてくれた。そして、提案した手前もあり、私がフェスティバルの中の「食の交流会」のディレクターを任されることになった。とは言え、種蒔きだけならまだしも、未知なる土地での収穫から製粉までの手間のかかる作業は、地元のソバ作りの同好会で2度の経験はあるものの、ソバ栽培の専門家でもない私一人の手に負える仕事ではない。そこで、自分も会員である「信州そばアカデミー」を主宰する赤羽章司代表に相談したら、これは夢があって面白い話だと、他の2名の会員も誘って、合計4名でスペインへソバの種蒔きに行くことになった。


2 歴史的快挙! スペイン初の信州ソバの種蒔き
 6月末にスペイン政府から試験栽培の名目でソバの種20kgの輸入許可が下りた。前後して、我々が日本からカンタブリアにソバの種蒔きに来るという記事が地元紙に出た。それを見たサンタンデール市郊外に住むマリーサ・マルティンというご婦人が、即座に新聞社に4名の宿泊受け入れと、畑の提供を申し出られたとのこと。彼女は、10年前と去年と2度日本を旅行するなど、大の日本びいきで、この記事を目にした瞬間に、居ても立ってもいられず新聞社に電話したのだと、7月5日に我々が彼女の家に到着した時に話された。これも運命的な縁かと思った。
 翌7月6日。滞在日数も限られているし、畑の状態も分らなかったので、朝からすぐに農作業に取り掛かりたいと気が急いていたところ、「今日は午前中にカンタブリア州知事との面談の場が用意されているので、これから州庁舎に行く」とのこと。えっ!スペイン入り2日目にしていきなり大舞台。フェスティバルのスペイン側実行委員で在スペイン40年の山内政子さん、広告会社社長のナッチョさん、それとギタリストのハビエルさんに伴われて、州知事室で面談。我々は、日本では、そばは非常に愛好者が多く、特に健康食としての評価が高いこと、消費量の80%を中国などからの輸入に頼っている旨説明した。レビージャ知事からは、ソバの面積あたりの収穫量や、実の取引価格などについて質問されるなど、カンタブリアの農業が低迷していることもあり、相当興味を持たれたようだった。この様子は翌日の地元紙に写真入りで大きく紹介された。
 州知事にまで会ってしまった。これは何としてもソバの栽培を成功させなければならない。4人で今回の使命を再確認し、午後からマリーサさんの畑で、いよいよスペイン初の信州ソバの種蒔きをすることにした。早速畝立てを始めると、そこへ山内さん、ナッチョさんも駆けつけて来た。さあ、いよいよ信州ソバの種蒔きだ。はるばる日本から持ってきたソバの種を手に手に、顔を見合わせた。歴史に残るスペインの大地への最初の一粒は誰の手で?皆そう思ったのだ。もちろん全員一致でマリーサさんを指名した。自分の畑に最初の種を落とした時の彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。感動の瞬間だ。このために俺たちはここまで来たのだ! スペインにソバというものが全くない訳ではない。アルフォルフォンという単語はあるのだが、栽培も消費もほとんどなく、誰も知らないと言う。ならば、今日からsobaというスペイン語に置き換えてしまおう!それに、ソバの方が言いやすいはずだ。実は州知事も会話の中では、すでにソバと言っていたのだった。


3 SOBAでソバ?
 その後、あらかじめお願いしてあった標高差のある2か所の村の畑での種蒔きも、村長さんや村人たちの協力もあり、順調に行うことができた。そして、帰国まであと2日と迫った7月9日のことだった。移動中の車の中でナッチョさんがびっくりすることを口にしたではないか!「州境の山間部にSOBAという名前の村がある」と言うのだ。えっー!日本からわざわざソバの種を蒔きに来て、スペインの、しかも同じ州内にSOBAという村があるなんて!これは何という奇遇なことか!信じられない気持でSOBAなる村を地図で探した。あった。サンタンデールからそう遠くはないようだ。すぐに携帯でSOBA村役場に電話を入れてもらった。あいにく村長は不在。絶対にSOBA村に日本のソバの種を蒔いて帰るぞ!蒔かずには日本に帰る訳には行かない!何とか村長と話をさせてもらえないかと事情を話し、携帯電話番号を教えてもらい、連絡が取れた。訳を聞いたフリアン村長さんは、驚きながらも「明日の午前中には畑を用意しておくから来てくれ」と快諾。思いも寄らぬこのハプニングに我々は興奮を覚えた。
  我々に残された最後の1日。スペインに来るまでその存在を全く知らなかったSOBA村へ向かった。山内さん、ナッチョさん、ハビエルさん、それにマリーサさんも一緒だ。1時間半ほどでSOBA村役場に着いた。我々を出迎えたフリアン村長さんは、直ぐに集落に近い街道沿いの畑に案内してくれた。眼前に広がる景色に、日本から来た4名は、しばし目を奪われた。何と長野県の乗鞍高原の景色にそっくりではないか!まさにSOBAという地名の如く、ソバを植えてくれと待っていたかのようなこの風景に、何か運命的なものを感じた。早速、畝立て作業に入る。ナッチョさんら、こちらの人たちももう慣れたもので、何も言わなくても作業を進めてくれる。それを見ていたフリアン村長さんも、ゴム長を履いて鍬を手にした。突然見知らぬ外国人から「日本のソバの種を蒔かせてくれ」と電話をもらい、昨日の今日で即、畑を用意し、しかも一緒に種蒔きまでしてくれる村長さん。こんなこと日本ではあるだろうか?その気持ちと行動には頭が下がった。
 そして翌日、わずか1週間ではあったが、予定以上のことをやり遂げ、充実した気持ちで帰国の途についた。


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